一般社団法人 日本経済団体連合会
Ⅰ はじめに~なぜ投資関連協定が必要か~
海外直接投資は、投資国側の企業にとって事業機会の拡大につながるのみならず、投資受入国にとっても国内雇用の創出、革新的な技術およびビジネス・モデルの導入など多くのメリットをもたらすものである。実際、国境を越えた投資は急速に拡大しており、1980年に5.3%であった対内直接投資残高の対GDP比が2017年には39.5%に拡大#1するなど、世界経済の健全な発展に大きな役割を果たすようになっている。
他方、世界の海外直接投資はフローで2015年を境に減少傾向にあり、2017年には前年比23%、2018年には前年比13%の減少を記録している#2。昨今、激化する米中貿易摩擦、刻々と迫る英国のEU離脱、緊迫の度を強める中東情勢など、国際情勢は混迷、世界経済は先行き不透明感が増しており、海外直接投資の減少傾向に拍車がかかることも懸念される。こうした中にあって、海外直接投資の自由化を推進するとともに、投資資産の保護を確実にするなど、少なくとも制度面において海外直接投資を促進する環境を整えておくことは喫緊の課題である。
グローバルに事業活動を展開する企業にとっては、貿易と同様に、投資においても、多数国間ルールを整備することが理想的である。この点については、かつて世界貿易機関(WTO)の場で投資自由化に関する議論が行われたが、交渉を開始するには至っていない#3。現在、WTOの場では、投資円滑化に関する有志国会合#4が立ち上げられ、投資関連規制の透明化・予見可能性向上、投資許可プロセスの迅速化、技術協力、投資相談窓口の充実、オンブズマン制度等のあり方が検討されている。B20東京サミット共同提言記載の通り、経済界として、こうした共同イニシアティブを支持する#5ものであるが、そこでは、投資関連協定の根幹を成す投資の自由化(外資制限の緩和等)、技術移転要求の禁止や紛争解決が検討の対象外とされているのが現状である。こうした状況に鑑みれば、二国間または複数国で投資関連協定(投資協定ならびに経済連携協定の投資章)を締結することで、投資自由化・保護の両面でレベルの高い投資ルールを形成していくことが現実的であり、重要である。
翻って投資関係協定をめぐる現状を見ると、近年、グローバル企業に批判的な立場から、協定に投資家に義務を負わせる規定を盛り込むケースや、国家の規制権限を侵害しかねないとの誤解の下、投資する企業にとっては「駆け込み寺」とも言える紛争解決の仕組みそのものを排除しようとするケースなどが散見される。このような動きに歯止めをかけるべく、経済界としてメッセージを発信していくことが不可欠である。
Ⅱ わが国にとっての投資関連協定の重要性
次にわが国に目を向けると、2018年度の貿易収支が約1.2兆円の黒字であったのに対し、所得収支は約20.8兆円の黒字を記録しており#6、国際投資によるリターンが国際収支黒字の源泉となっている。このような中、わが国は2020年までに100の国・地域を対象とする投資関連協定の署名・発効を目指している#7。こうした方針の下、最近では、CPTPPの発効(2018年12月)、日EU・EPAの発効(2019年2月)、日アルゼンチン投資協定の国会承認(2019年6月)など、多くの成果が挙がってきており、本年7月現在、76の国・地域をカバーしている。
他方、既に投資関連協定が締結されているとは言え、日中韓投資協定、日中投資協定ならびに日露投資協定といった中国、ロシアとの協定は、いずれも自由化型ではない。中国以外のアジア主要国との投資関連協定も、その内容の充実が望まれる。米国については、同国がTPPから離脱したことにより、現在、日米間には投資関連協定が存在しない。さらに、ブラジルや南アフリカなど日本企業のビジネス上の関心が高い国との協定は実現していないのが現状である。わが国企業による海外直接投資の一層の推進に向けて、投資関連協定を質量両面で充実させる必要がある。
Ⅲ 投資関連協定に盛り込むべき内容
経団連が実施した「投資関連協定に関するアンケート」#8には、会員企業・団体から、外資制限の緩和、現地調達要求(ローカルコンテンツ要求)の排除、ビジネス環境の整備、公正・中立な紛争解決等、海外で投資プロジェクトを行う上で改善すべき点が数多く寄せられた。以下は、そのアンケート結果も踏まえ、投資関係協定に盛り込むべき内容を取りまとめたものである。
二国間交渉が基本とは言え、その合意事項は、他国との交渉にも影響を与えかねないことから、安易に妥協することなく高水準の内容を目指すべきである。同時に、交渉相手国の第三国との協定締結の有無等によっては、下記内容相互間の優先順位も異なってくると考えられる。
1.投資財産を幅広くカバー
投資財産について、投資関連協定に基づく自由化・保護の及ぶ範囲を直接投資のみならずポートフォリオ投資を含む幅広いものとすべきである。この点、短期資金の流出により十分な資金準備の水準を維持し難くなった際に国際収支バランスを確保する上で必要不可欠な措置以外は認めるべきではない。
2.内国民待遇の確保
経団連はかねて自動車、鉄鋼、資源・エネルギー、造船、食品、金融、建設、不動産、流通、広告等の主要製造・サービス分野、また、電力、通信、交通等の主要インフラ分野において投資前段階の内国民待遇付与(外資制限、参入制限等の撤廃)ならびに投資後の内国民待遇付与(売却、清算、撤退等に対する制限の撤廃)を求めてきた。例えば、CPTPPは自国の領域内で行われる投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営および売却その他の処分に関し、投資家ならびに投資財産に対して内国民待遇を与える旨を定めており#9、これをモデルとすべきである。
なお、外資制限や外国企業のみを対象とした規制の撤廃・緩和の利益を最大限享受する観点から、ネガティブ・リスト方式(原則として全ての分野について規制を撤廃し、例外的に規制を残す場合に留保をつける方式)に基づく自由化約束を行うべきである。また、ネガティブ・リストに基づく留保表についても、自由化の後退を防止すべく、ラチェット義務を課し、将来留保は排除すべきである。
3.最恵国待遇の確保
最恵国待遇については、当該投資関連協定がカバーする全ての事項について、第三国の投資家に与えられる待遇より不利でない待遇を与える旨を規定すべきである。投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営および売却その他の処分のみならず、公正衡平待遇、紛争解決等にも最恵国待遇が及ぶことが投資家保護の観点から求められる。
4.特定措置の履行要求の禁止
仮に外資制限や参入規制等が撤廃されたとしても、投資受入国で活動する企業等に対し、事業活動の条件として特定措置の履行が要求された場合、ビジネス上の障害となる。そこで、投資関連協定においてこれら要求を禁止する旨明記すべきである。具体的には、輸出要求、ローカルコンテンツ要求、輸出入均衡要求、国内販売制限要求、技術移転要求、現地人雇用要求、ライセンス契約の下での使用料・期間の制限要求等を禁止することが不可欠である#10。
ローカルコンテンツ要求は、輸入品の方が性能やコストの面で優位にある場合でも、現地調達を義務付けるものであり、投資受入国の国際競争力を確保する観点からも問題が少なくない。とりわけ、現地での調達が困難な物品についてまでもがローカルコンテンツ要求の対象となる場合、生産コストの上昇や納期の遅延に直結する。また、輸出入均衡要求は、本来、市場原理で決定されるはずの輸出入量を作為的にコントロールすることであり、貿易を明らかに歪曲するものである。さらに、ライセンス契約の下での使用料・期間は、本来、契約自由原則の下、実施許諾者と実施権者との間で私的に決定されるものであり、行政が介入すべき事項ではない。
5.資金移転の自由
投資が自由化され、外国投資家や企業が投資受入国において自由に活動できたとしても、収益を本国に送金できなければ十分にその利益を享受できない。また、本国で親会社が課税され、かつ、投資受入国でロイヤルティ対価の送金の否認による移転価格課税を受けた場合、国際的な二重課税が生じる。そこで、投資関連協定において、以下に掲げる資金の移転が遅滞なく自由に行われる旨明記すべきである#11。
- (1)資本に対する拠出
- (2)利益、配当、利子、資本利得、使用料、運営に関する報酬、技術支援に関する報酬、その他報酬
- (3)投資財産の売却または精算によって得られる収入
- (4)融資契約その他に基づいて行われる支払い
- (5)武装紛争または内乱の際の待遇、収用および補償の規定に従って行われる支払い
- (6)紛争処理から生じる支払い
6.公正衡平待遇の確保
投資家を投資受入国の一方的な国内法変更などに伴う不利益から保護すべく、公正衡平待遇に関する規定を設けることが重要である。この点に関し、EUカナダ経済連携協定(CETA)では、公正衡平待遇に違反する要素として、裁判拒否、デュープロセス違反、明らかな恣意性、差別、投資家に対する強要・ハラスメントを列記している#12。しかしこの場合、列挙事項に該当しない限り投資家が保護されないという解釈の余地が残る。そこで、例えばエネルギー憲章条約第10条1項のように「締約国は、不当な措置により、投資財産をいかなる意味においても阻害してはならない」という内容の条項を挿入することが望まれる#13。
またCETAは、「締約国が投資家の期待に反する行動をとるという事実のみでは、結果として投資家の投資財産に損害が生じても、公正衡平待遇違反を構成しない」と定める#14。このような条項は投資家が救済される余地を狭める可能性を否定できず、挿入すべきではない。
7.セーフガードの禁止
投資に対する恣意的な制限を抑止する観点から、外国資本の流入、既存の外国資本の活動を一時的に制限するセーフガード措置の発動は禁止すべきであり、国際収支のバランスを確保する上で不可欠な場合の例外措置以外は認めるべきでない。例外措置は、以下を要件とする#15。
- (1)無差別であること
- (2)国際通貨基金(IMF)協定の規定に適合するものであること
- (3)商業上、経済上、資金上の利益に対し不必要な損害を与えないこと
- (4)状況に対処するために必要な制限を超えないこと
- (5)状況が改善するに伴い漸進的に廃止すること
8.投資紛争解決
投資受入国との間に万一投資をめぐる紛争が生じた場合、これを公正に解決することが投資関連協定の実効性を担保する上で最後の砦として重要である。実際、国際投資紛争解決センター(International Centre for Settlement of Investment Disputes: ICSID)に付託されたISDS(Investor-State Dispute Settlement)の件数だけでも、1989年の年間1件から2018年の年間56件へと、過去30年間で大幅に増加し、特に過去20年の増加が顕著#16であるなど、世界的にISDSがますます活用される傾向にある。また、ICSID案件(1966年~2019年の累計)の約64%が投資関連協定に基づいて付託されており#17、投資紛争処理に際して投資関連協定が果たす役割が大きいことを裏付けている。実際、CPTPPをはじめ、わが国が締結している主要な投資関連協定にはISDS条項が挿入されている。
他方、国際的には新たな動きもみられる。現在、国連国際商取引法委員会(United Nations Commission on International Trade Law: UNCITRAL)の作業部会において、ISDSの改革が本格化しており、国家の規制権限を重視する方向での見直しを主張する立場も多い。また、EUは最近締結したEPAの投資章において、裁判官があらかじめ指定され、二審制を採用する投資裁判所制度(Investment Court System: ICS)を導入している。さらに、今後、投資紛争を国際仲裁に付託する前に、投資受入国の国内裁判所において救済手続を尽くすことを求められるケースが増えることも想定され得る#18。
こうした動きの中で、海外直接投資を推進する観点から最も重要なことは、これまで紛争解決に重要な役を果たしてきた、投資家が本国の外交的保護権を介することなく、投資受入国を直接相手取り仲裁に付託する制度を堅持することである。紛争解決の手段を国家対国家に限定する、また、紛争解決の仕組そのものを否定しようとする動きには与しない。
投資家対国家の紛争解決手続が有効に機能するためには、以下の点が確保される必要がある。
(1)公平性・中立性・独立性
公平性・中立性・独立性の観点から、原則、仲裁人は国家と投資家が選定し、第三の仲裁人は両当事者の合意によって選定する、また、そうすることでビジネスに詳しい人材がその任に当たることが求められる。なお、現在UNCITRAL作業部会において論点となっている仲裁人の倫理の向上、利益相反の防止、第三者資金提供の透明性も、公平性・中立性・独立性確保の観点から重要であり、同作業部会における議論が具体的な成果に結びつくことが期待される。(2)仲裁の迅速性
判決取消、修正手続や、二審制における上級審への上訴は仲裁の長期化につながり得るため、その要件を限定すべきである。具体的には、ICSID仲裁規則を非ICSID案件にも類推することで、判決後に決定的な影響を与える新たな事実が発見され、かつ、当該事実の不知が当事者の不注意によるものでない場合、ならびに、法廷に明らかな権限踰越があった場合に限り、判決の取消、修正や上訴を限定する運用を行うことも一案である#19。実際、欧州司法裁判所(ECJ)は、CETAのEU法との整合性に関する意見の中で、ICSが中小企業にとってアクセス可能な制度であることが不可欠としている#20。上訴要件を限定することによって投資裁判の長期化と裁判費用の膨張を防止することは、資金力に限りのある中小企業を保護する観点からも重要であると言える。(3)付託案件の妥当性
投資紛争解決制度は、個別の紛争解決が目的であり、投資受入国の国内法を解釈するものでもなければ、その公共政策の変更を求めるものではない。したがって、紛争案件が公共政策(公衆道徳、生命・健康の保護、環境保護、労働安全衛生、消費者保護、文化的多様性の保護など)に関係していることを理由として、一概に付託の対象外とすべきではない。他方、UNCITRAL作業部会においても論点となっている通り、同一の案件を別個の投資関連協定に基づいて二重に提訴する事態は防止する必要がある。(4)執行の確実性
第三国における執行力を含め、ICSID判決の場合と同程度の執行力を確保する必要がある。
Ⅳ 投資関連協定を締結すべき相手国・地域
上記Ⅲと同様、以下は、経団連が実施したアンケート結果を踏まえて取りまとめたものである。
1.アジア
わが国はASEAN主要国、インドと既に経済連携協定ならびに投資協定を締結しているが、依然として投資障壁が少なからず残存する。また、中国との間には自由化型の協定が存在しない。そこで、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)における高いレベルでの投資・サービス貿易章の実現、これを受けた日中韓FTA交渉における深掘りが求められる。併せて、既存の二国間EPAの見直しの着実な推進が期待される。さらには、タイが関心を示しているCPTPP加盟について、これを支援することが重要である。協定を通じて撤廃・緩和すべき障壁の事例は以下の通り。
- 【内外差別的取扱い】
輸送、流通、金融、建設等の主要分野で外資に上限が設定されている事例(インドネシア、タイ、インド、ミャンマー、フィリピン)、外国投資家が投資する際に純資産と年間売上げの下限が設定され、事実上参入規制として作用している事例(インドネシア)、法令に不明記の外資制限が運用上残存している事例(ミャンマー)が挙げられる。また、外資による土地取得が認められない事例(タイ、ベトナム)も事実上外国投資家の活動を制約する要因となっている。このほか、現地企業のみを対象とした政府による税制上の優遇・設備投資補助等による競争条件の歪曲(中国)も指摘されている。
- 【特定措置の履行要求】
電力、鉄道、石油等、多くのインフラ投資案件において、ローカルコンテンツ要求が存在する(インドネシア)。また、投資に際して詳細な技術関連資料の提出を求められる、就労ビザ取得にあたり、知識・技術移転を行う旨の誓約書提出が求められる等、技術移転要求の事例もある(中国、インドネシア)。このほか、外国人一人当たり複数の現地人を雇用する義務(インドネシア、タイ、インド)、外国人雇用人数の増大に応じて累進的に税負担が増大する制度(シンガポール)、取締役の一定割合の現地居住義務付け(インド)、販売する製品を一定期間内に現地製造する義務(インドネシア)、電子商取引を展開する際のサーバー設置義務(インドネシア、ベトナム)等が特定措置の履行要求の事例として挙げられる。
- 【清算・撤退の制限】
投資案件の清算・撤退時、地場企業は届出制であるのに対し、外資の場合は政府の許可が必要(中国)、また、移転・清算手続が煩雑(ベトナム)等の事例が挙げられる。
- 【送金規制】
外貨送金に際しての許認可手続が煩雑(ベトナム、韓国)、ロイヤルティの送金が売上高5%までに制限される(中国)、限度額を超えた送金について管轄税務局に事前照会し審査を経る必要がある(中国)等の事例が挙げられている。
2.米州
(1)米国
米国については、日米貿易協定および日米デジタル貿易協定が最終合意に達した。上記協定が発効後、協議を経て第2段階において、投資、サービス貿易分野が交渉の対象となる場合、CPTPPと平仄のあった内容とすべきである。併せて、米国のTPP復帰についても、引き続き働きかけていくべきである。(2)ブラジル
ブラジルでは、金融業(銀行、保険、再保険)、鉱業、医療等の分野で外資の参入規制がある。また、自動車、電気電子、石油掘削、建設、造船等の主要分野におけるローカルコンテンツ要求をはじめ、現地人雇用義務、ロイヤルティ比率の上限規制(最大5%、業種によっては5%以下)、ライセンス契約期間の上限規制などの特定措置の履行要求が厳しい。このほか、ロイヤルティの送金が5年間に限定され(1回に限り5年間延長可)、年間総額にも上限があるなどの規制も課されている。
ブラジルにおける投資障壁を解消すべく、日メルコスールEPAあるいは日ブラジル投資協定の締結が望まれる。経団連は2018年7月にブラジル全国工業連盟(CNI)と共同で「日本メルコスール経済連携協定へ向けたロードマップ」を発表し、投資・サービス貿易に関してはネガティブ・リスト方式による自由化、特定措置の履行要求の廃止、送金の自由等について規定することを提言している#21。また、本年7月には「日メルコスールEPAに向けた共同声明」において、早期の共同研究会の設立もしくは交渉の開始に向けた政治の強力なリーダーシップの発揮とコミットメントに対する期待を表明している#22。
なお、メルコスール加盟国のうち、ウルグアイ、アルゼンチンとの間にはすでに投資協定が締結されており、パラグアイについても交渉中である。日メルコスールEPAの投資章がこれらを上回る質の高い内容となることが期待される。(3)コロンビア
コロンビアについては、既に日コロンビア投資協定が発効しているほか、日コロンビアEPA交渉が断続的に行われている。これに加えて、日本とコロンビアを二国間の枠組みにのみ留めるよりも、さらに広域のアジア・大洋州市場に統合した方が有益であることから、「第10回 日本コロンビア経済合同委員会共同声明」において、日本の経済界は、コロンビアがCPTPPに参加することについて、歓迎の意向を示している#23。(4)キューバ
予備協議が開始したキューバについては、基幹インフラの更新や医療分野におけるわが国企業の投資ポテンシャルが存在する。日キューバ投資協定の実現に向け、着実に対応することが期待される。
3.欧州
(1)英国
英国のEU離脱に関しては、今後確定される英国・EU間の貿易投資に関する枠組を踏まえつつ、日英間で、投資・サービス分野を含め、日EU・EPAを上回る内容の経済連携協定を実現する、あるいは、英国が関心を示しているCPTPP加盟を実現することで、同国との自由な貿易投資関係を維持・発展させるべきである。(2)ロシア、CIS
ロシアでは、金融、建設、資源・エネルギー等の分野における外資の参入規制や、政府が推進する輸入代替政策(特別投資契約)に伴う現地調達の問題等がビジネスを阻害する要因となっている。投資の自由化・保護ならびにビジネス環境の整備に向けて、現行の日露投資協定の改定に取り組むことが期待される。
このほか、地政学的な重要性に鑑み、トルクメニスタン、ジョージア、アゼルバイジャン、キルギス、タジキスタンなど、中央アジア・コーカサス諸国との投資協定交渉についても、着実な進捗を期待する。
4.中東・アフリカ
(1)トルコ
欧州・アジア・中東・北アフリカの結節点に位置し、約 8,200万の人口を有するトルコは、欧州向けの生産拠点、消費市場としての重要性が増大しており、日トルコ経済連携協定の早期実現が不可欠である。投資章に関しては、ローカルコンテンツ要求や、現地人雇用義務(いわゆる「1:5ルール」)などの特定措置の履行要求の撤廃・緩和が求められる。(2)イスラエル
近年、「中東のシリコンバレー」と称されるイスラエルとの貿易・投資や進出日系企業数が飛躍的に増加している。こうした現状を踏まえ、イノベーション・デジタル等の分野を中心に戦略的なWin-Winビジネスを一層拡大・深化させるべく、日イスラエル経済連携協定の交渉立ち上げを検討すべきである。(3)湾岸諸国
カタールでは、原則としてすべての分野において外資の上限が49%に制限され、特別許可がない限り、現地パートナーとの合弁が求められる。また外国企業のみを対象とした納税義務、現地人雇用義務といった特定措置の履行要求が存在するほか、外国人の土地保有が制限されている。バーレーンでは、銀行・証券業の国内取引、貿易、建設業に外資の参入制限があるほか、現地人雇用義務が課される。現在行われている投資協定交渉を通じて、これら制約の緩和・撤廃を働きかけることが重要である。(4)アフリカ
ナイジェリアでは、インフラ事業、プラント建設等において、外資制限があるほか、ローカルコンテンツ要求、ロイヤルティの送金制限が課されている。エチオピアでは、通信分野における外資制限や、送金規制が存在する。アルジェリアでは、主要分野において外資の上限が49%に制限される。現在投資協定交渉が行われているこれら各国には、潜在的なビジネスチャンスがあり、交渉の進展が期待される。
また、将来的には、南アフリカ共和国との経済連携協定締結が求められる。同国はアフリカにおける日本企業の拠点であるほか、老朽化したインフラの更新需要など、投資機会が多い。しかし、事業許認可や公共調達への過度な規制やローカルコンテンツ要求等が投資障壁となっている。既に投資協定が発効しているモザンビークとの連結性を確保する上でも、同国の政治状況を勘案し、経済連携協定交渉開始の機会を模索すべきである。
Ⅴ 結びにかえて~国内規制の透明性確保・ビジネス環境整備の必要性~
投資に係る規制が撤廃・緩和され、市場アクセスが改善しても、国内法が不透明で恣意的に運用されている場合、あるいは行政手続が煩雑な場合、事実上の投資障壁となる。そこで、国内規制の透明性を確保すべく、以下の措置が求められる。
- (1)行政手続等の公表
- (2)投資に係る問題を解決するための照会所の設置
- (3)法令・行政上の決定に対する質問に対する合理的期間内の回答
- (4)パブリック・コメントの受付
- (5)地方政府の措置の中央政府の措置との整合性ならびに透明性確保
- (6)行政上の行動に対する迅速な審査、必要に応じた是正手続の確保
- (7)法令・行政手続の公表と実施との間のリードタイムの設定
- (8)申請手続の規則化と透明性確保
また、現地で活動を展開する企業が直面する国内法上の問題に対処すべく、政府と経済界の代表で構成される「ビジネス環境の整備に関する小委員会」を設置し、これを有効に運用すべきである。
- 経済産業省「2019年版不公正貿易報告書」495頁参照
- UNCTAD "World Investment Report 2019" 2頁
- シンガポール閣僚会議(1996年)において、投資分野をWTO体制下に取り込むか否か検討することが決定。ドーハ閣僚宣言(2001年)では、投資の定義、投資前約束(投資財産の設立)、無差別原則、透明性、開発条項、セーフガード、紛争処理等について検討することが盛り込まれたが、途上国の反対が原因でドーハ・ラウンドの交渉項目に含まれず。
- 参加国は中国、韓国、香港、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、チリ、コロンビア、メキシコ、カザフスタン、カタール、ナイジェリアなど
- B20東京サミット共同提言13頁
- 財務省「国際収支状況」
- 投資関連協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン(2016年5月)
- 2019年 7月~9月に会員企業を対象に実施
- TPP第9・4条1項、2項
- TPP第9・10条1項、2項参照
- TPP第9・9条参照。
- EUカナダ経済連携協定(CETA)第8.10条2項
- 同条項に基づくISDS案件「Masdar Solar対スペイン事件」では、スペインが太陽光発電の固定価格買取に関する国内法を一方的に変更したことによって投資家の期待が裏切られ、利益が侵害されたことが認められた。(Masdar Solar & Wind Coopertatief U.A. v. Kingdom of Spain, ICSID Case No. ARB/14/1, Award of 16 May 2018, paras. 484-522.)
- CETA第8.9条2項
- GATS第12条2項より類推。日本シンガポール経済連携協定第84条に同様の規定あり。
- The ICSID Caseload- Statistics (Issue 2019-2), p. 7 なお2019年は6月末時点で22件。
- The ICSID Caseload- Statistics (Issue 2019-2), p. 10
- 例えば、「2016年インド・モデル投資協定」は、投資家に対して国際仲裁に付託する前に最低5年間国内的救済を尽くすことを要求。このような要件が付された場合、国際仲裁に付託する前段階で投資家にとって不利な判断が下される可能性が高まるほか、仲裁開始までにかなりの時間を要することが想定されるところ。
- ICSID仲裁規則第50条1項c(ii)(iii)を類推
- EU-Canada CET Agreement, Opinion 1/17 of the Court, 30 April 2019, paras. 210‐222
- Roadmap for an Economic Partnership Agreement between Japan and Mercosur, 23 July, 2018, http://www.keidanren.or.jp/en/policy/2018/062.html
- http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/061.html
- http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/046.html