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Policy(提言・報告書)  税、会計、経済法制、金融制度 持続的な成長に向けたコーポレートガバナンスのあり方

一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに

企業統治の方法は、各国の法体系、歴史的経緯などにより多様である。日本では、フランスやドイツ等の商事法を基盤とする法体系に、イギリスやアメリカの市場ルールの影響を強く受けながら、①経営陣が自らリスクを取りつつ自律的に経営判断を行うこと、②それを支え、適度な緊張関係をもたらす、株主・取締役会・経営陣の間の信認の連鎖を形成することを追求してきた。会社法上、統治機構に複数の選択肢が認められているのも、これらの歴史的経緯等を背景としている。

政府は「『日本再興戦略』改訂2014」で、成長戦略のひとつとしてコーポレートガバナンスの強化を位置付け、2014年2月にスチュワードシップ・コードを策定、翌15年6月にはコーポレートガバナンス・コードの適用を開始した。

コーポレートガバナンス・コードの制定から10年を経て、企業では、社外取締役の増加、政策保有株式の減少、情報開示の充実が進んだ。また、東証の「資本コストや株価を意識した経営」の要請(2023年3月)や機関投資家の議決権行使基準の高度化等を契機に、自己資本利益率(ROE)や投下資本利益率(ROIC)、株価純資産倍率(PBR)といった指標を意識した経営が浸透しつつある。日経平均株価は、2024年2月に34年ぶりに最高値を更新したが、その後も上昇を続けており、引き続き、わが国のコーポレートガバナンス改革の進展に対する内外の投資家の期待は高い。

一方、ガバナンスの形式は整ったものの実質が伴っていないとの指摘や、企業利益が株主への分配に過度に偏り、成長投資や従業員・取引先等への還元が十分でなく、「稼ぐ力」の強化に繋がっていないという指摘もある。こうした課題の背景には、短期的な利益の確保を求めるアクティビストのほか、一律的な経営指標を重視し、形式的な議決権行使を行う一部のパッシブ投資家、さらには、これらの投資家を支える、議決権行使助言会社、ESG 評価・データ提供機関などの存在がある。そして、これらの市場関係者が必ずしも、企業との建設的な対話を通じた中長期的な価値向上に資する機能を発揮していないという実態が指摘される。コーポレートガバナンス・コードに比し、内外の投資家に対するスチュワードシップ・コードの実効性が低く、株主・投資家の行動も、なお形式の域を出ていないとの指摘もある。

企業の経営資本は、中長期的な企業価値の向上を実現するために、株主・投資家との建設的対話を行いつつ、ビジネスリスクを取り、適切に投入すべきものである。その過程においては、株主のみならず、従業員、取引先、地域社会などを含めたステークホルダーへの適切な分配に配意すべきである。

このような企業の果敢な成長投資への主体的・自律的な取り組みと、投資家がその挑戦を後押しするために必要な環境整備こそが、コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードの役割である。コード制定10年を経て、これから求められるのは、細則化によってさらなる形式の整備を求める改革ではない。企業が自ら中心となって、価値創造を支える、実質的なガバナンス改革を推進し、自律的な企業活動を後押しする施策・仕組みに転換していくことが必要である。

本意見書は、ここまでのコーポレートガバナンス改革の進捗を踏まえつつ、中長期的な企業価値の向上に資するガバナンスへの移行に向けて、企業・投資家それぞれにおける課題・果たすべき役割について、経団連の基本的考え方を提示し、経営者のマインドセットの変革を促すとともに、政府への提言とするものである。

Ⅱ.これまでのコーポレートガバナンス改革を踏まえた今後の課題

1.企業(事業会社)の課題

長らく続いたデフレ経済下でのコストカット型経営とリーマンショックやコロナ禍等による先行きへの警戒感から、日本企業の現預金の保有率は諸外国の企業に比して高い傾向にある。こうしたなか、東証より資本コストや株価を意識した経営が要請されて以降、自社株買いや配当を強化する企業が増加し、短期的には経営指標の改善や株主還元の拡大につながった。他方で、企業が、目先の資本効率改善に囚われた縮み志向のマインドを転換し、持続的な成長に向けて、研究開発投資、設備投資、人的資本投資、さらには新規事業への投資など、中長期的な価値創造に資する投資を一層積極的に進めていくことが極めて重要である。

30年来のデフレを脱し成長と分配の好循環が回り始めた一方、内外の不透明感が強まるなかで、これからの企業経営には、従業員、取引先、株主等、マルチステークホルダーへの適切な分配を果たしつつ、中長期の価値創造を通じて持続的な成長を実現するための戦略が問われている。今こそ、経営者は、アニマルスピリットを呼び覚まし、積極的な成長投資へと本格的に舵を切るべきである。そのために、経営者は、自社のパーパス(存在意義)と中長期的な成長の方向性を経済的価値と社会的価値の両面から価値創造ストーリーとして明示し、それに基づき、積極的に成長への投資を行うことが重要である。

経営判断の核心は、機会とリスクを踏まえながら、成長に向けて経営資源をどのように配分していくのかということにある。経営者は、その基本方針と優先順位を明確にし、株主を含む多様なステークホルダーとの対話を通じて、経営判断の合理性を明らかにしたうえで投資を行うことが必要であり、株主はそれを最大限尊重すべきである。その観点から、取締役会での検討結果のみならず、検討にあたっての考え方やプロセスなども可能かつ適切な範囲で、株主等に説明することが望ましい。

また、取締役会は、経営・戦略・技術・人事・財務・法務・国際ビジネスなどの知見を有する多様な人材を迎え、執行状況を監督するとともに各ステークホルダーの視点に立ち、戦略策定とその遂行について多面的に支援するという機能を強化する必要がある。とりわけ、経営者出身の社外取締役の登用については、厳格過ぎる独立性基準に縛られるのではなく、求められる能力とリーダーシップの観点から、各企業の事業特性等を加味し自律的かつ柔軟に判断されるべきである。

現在、コーポレートガバナンス・コードの第3次改訂に向けた検討が進められているが、企業の積極的な成長投資を後押しするよう、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原点に立ち返り、過度な細則化を避けて大胆なスリム化・プリンシプル化を図ることが求められる。コーポレートガバナンス・コードの改訂に際しては、①「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象となる原則等は、可能な限り最小限にとどめる、②経営者自らが考え抜き、自らの言葉で語ることを促すような原則等とする、③本コードの原則等から例示は除き、別途、多様な好事例を示して周知するなど運用面で企業の取り組みを促す、の3つを柱とすべきである。また、企業は、形式的な遵守よりも、個々の判断に基づく説明(エクスプレイン)を行うべきであり、投資家は、その説明を受け止め、提案する、建設的な対話を推進すべきである。

なお、コーポレートガバナンス・コードはあくまで企業の創意工夫による自律的経営を支える枠組みであり、企業行動を制御したり、特定の政策目的の実現手段として用いたりするべきではない。

さらに、政府には、建設的な対話を後押しする環境の整備を求めたい。例えば、企業の主体性を尊重した自律的経営の実現に向けて、中長期の企業価値創造ストーリーの評価にも通ずるインパクト投融資の指標開発などが一案である。こうした取り組みを通じ、人的資本投資や研究開発投資をはじめとする企業による成長投資を後押しするとともに、それらによって生み出された収益・成果については顧客・地域社会への還元やサプライチェーン全体での価格転嫁など、幅広いステークホルダーへの適切な分配を促すべきである。

2.株主・投資家の課題

企業による中長期的な価値創造に対する投資は、その企業の価値向上を通じて、株主・投資家への中長期のリターンをもたらす。そのため、コーポレートガバナンス改革においては、企業とともに、投資家が「共創者」としての役割を果たすことが求められる。

① アセットオーナー・アセットマネージャー

スチュワードシップ・コードに署名したアセットオーナー・アセットマネージャーは、企業のパーパス・経営理念・ミッション等や価値創造ストーリー、そして事業や業態の特性を踏まえた企業の資本配分戦略を理解したうえで、投資判断を行うべきである。その際、企業の成長が投資リターンに結びつくまでには、事業や業態の特性に応じて一定の時間を要すること、想定される事業リスクに応じてバランスシートの構成も異なること等を踏まえ、中長期の企業価値向上を共通の目的として、短期的な株価変動に左右されない対話文化を定着させることが求められる。加えて、受託者責任を踏まえて、投資方針やエンゲージメント方針を明確に示し、その方針に沿った建設的な対話を継続することが重要である。

議決権行使においては、原則の遵守(コンプライ)だけではなく、原則と異なる経営判断の説明(エクスプレイン)を尊重し、企業の説明を踏まえた自律的・実質的な判断が求められる。形式的な指標や外部評価のみを機械的に用いるのではなく、企業の成長に向けた活動を汲み取ったうえで、自社の投資方針に基づき、主体的に行使されるべきである。

とりわけ、近年、世界の投資残高の過半を占めるパッシブ運用のスチュワードシップ活動については、インデックス運用の対象企業数が多すぎること、アセットマネージャーが企業との建設的な対話を行うためのコストに見合う報酬を十分に得られていないこと等の構造的課題を抱えており、また、アセットマネージャーへの期待・評価の洗練度が十分ではない一部のアセットオーナーの存在が指摘されている。これらについては、アセットオーナーがアセットマネージャーとの協働のもと、ビジネスモデルの改善策を検討する必要がある。

アクティブ運用に関しては、アセットオーナーがアセットマネージャーを評価するにあたり、3年以内の運用成果だけでなく、5年を超える期間における対話の質や提案の実効性を考慮することや、その成果に応じた報酬体系を整備することなどを通じて改善を図ることも重要である。

政府には、2025年6月に改訂されたスチュワードシップ・コードや、2024年8月に策定した「アセットオーナー・プリンシプル」の実効性の向上(署名している主体のうち、説明が不十分な場合における勧告や公表等)が求められる。

② 議決権行使助言会社

議決権行使助言会社は、投資家が企業の経営や議案を判断する際の重要な情報源として、一定の役割を果たしてきた。他方で、その影響力が拡大するなか、助言の透明性・中立性の向上と説明責任の強化が急務となっている。

とりわけ、助言に至る判断基準や分析プロセス、組織体制を明示し、企業がその内容を理解・検証できる仕組みを整備することが求められる。企業は、自らの経営方針や取締役会の判断がどのような根拠で評価されているかを把握できなければ、建設的な対話を行うことができない。

また、助言作成の過程においては、企業の個別事情や業種特性、経営環境を十分に踏まえるための直接的な対話を行い、その内容を助言に適切に反映すべきである。企業規模や成長段階を問わず、一律の基準で機械的に評価することは、ガバナンス改革の形骸化を招くおそれがある。助言の質を担保するには、専門人材や分析体制など、十分なリソースの確保が不可欠である。

助言会社は、単なる形式的チェック項目のデータ提供者ではなく、投資家と企業の建設的対話を媒介する責任ある存在である。形式的判断の積み重ねが市場全体の創意を損なわぬよう、実質的な企業理解に基づく助言を通じて、中長期的な企業価値向上に寄与する姿勢が求められる。

政府は、議決権行使助言会社の登録制への移行、関係者との意思疎通を行うのに十分かつ適切な人的・組織的体制の整備と運営の透明化など、その影響力に応じた規制のあり方を検討すべきである。

③ ESG 評価機関・データ提供機関

サステナビリティへの取り組みなど、企業の非財務情報が投資判断に大きな影響を与えるようになった今日において、評価機関・データ提供機関の分析結果が、企業経営や市場形成に及ぼす影響はかつてなく大きい。それにもかかわらず、その評価プロセスや基準が不透明である場合、企業は自らの評価を検証・改善することができず、結果として市場の公正性が損なわれるおそれがある。

したがって、評価指標や重みづけの根拠(メソドロジー)を明確化し、企業が自らの評価を主体的に確認・検証できる環境を整備することが不可欠である。単なるスコアリングではなく、企業の非財務戦略、人的資本の蓄積、イノベーション活動など、価値創造のプロセスを踏まえた情報の質や文脈を重視した評価手法への転換が求められる。

また、評価の過程では、企業の実情を的確に把握するため、双方向のコミュニケーションを重視し、そこで得た知見を評価結果に反映させることが重要である。公開情報のみを機械的に分析するだけでは、企業の成長戦略や社会的価値創出の努力を十分に捉えられないおそれがある。利益相反回避の観点から公開情報を基本としつつも、企業からの補足説明や見解を適切に活用し、実情を正確に反映する仕組みを整えるべきである。

評価機関の透明性を高め、説明責任を明確化することは、サステナビリティ投資の信頼性を確保し、企業の自律的な価値創造に向けた努力を正当に評価する市場の形成につながる。政府は、2022年12月に公表した「ESG 評価・データ提供機関に係る行動規範」の取り組み状況を検証し、必要な規範の改訂とともに、国際的な連携のもと、実効性を高める仕組みを検討すべきである。

3.株主総会や開示、株主権等の課題

これまでのガバナンス改革により、企業と株主・投資家の関係は多様化した。また、情報開示に関する実務負担が増加していくことを課題として認識する企業も増えている。こうした状況を踏まえれば、株主総会のあり方や開示の内容及び手法、株主の権限のあり方も見直すべき時期にきている。

既に法制審議会や金融審議会において会社法や金融商品取引法の改正に向けた検討が始められているが、今後の制度の見直しにあたっては、関連する法令について、東京証券取引所上場規程等を含めた見直しが求められる。法令によるハードローを整備するとともに、コーポレートガバナンス・コードや上場規程などのソフトローは、制度の実効性の向上に向けて相互に機能させる必要がある。

本年、大臣要請によって株主総会前に有価証券報告書の開示が求められ、多くの企業が対応した。しかし、本来、企業に多大な実務負担を強いて形式的に総会前開示を求めるのではなく、各企業と株主との対話のなかで、株主にとって議決権行使をするうえで真に必要な情報を個別に提示するなど、建設的対話が自律的かつ実質的に促されることを目指すべきである。①株主が議決権行使をするにあたり現行制度で不足している情報、②その開示・提供方法、③監査・保証の方法、④企業実務・コスト負担を踏まえた実現性を精査したうえで、総合的な視点からの抜本的な見直しを行い、企業および株主の双方にとって望ましい枠組みとすることが重要である。その際、有価証券報告書の提出会社においては、会社法上の開示を不要とすることはもとより、一切の書面交付の不要化・電子化、単体決算開示の廃止、決算短信やコーポレートガバナンス報告書など取引所規則による開示書類の合理化、株主に提示する書類に係る監査のあり方の見直し、法的責任範囲の合理化等について、制度横断的に検討を進めるべきである。

近年、株主提案の件数は著しく増加しており、一部では提案内容と事業との関連性に十分な精査を要する事例もみられ、それらに対応する企業の負担は増大している。また、諸外国に比べて相対的に強いとされるわが国の株主権を背景とした手段等を用い、アクティビストが短期的利益追求の目的で業務執行事項に関する提案を行っている現状もある。これらの背景には、会社の規模や種類を問わず、議決権を300個以上有していれば一律に株主提案権を行使できるとする現行の制度の存在があり、取引所から投資単位引下げの要請があるなかでも、より少ない投資額で要件を満たしやすくなるため、企業は株式分割に対して慎重にならざるを得ない。このような観点から、株主提案の議決権300個要件は合理性を有するとはいえず、廃止すべきである。あわせて、株主提案権の行使期限の見直しや、業務執行事項に関する定款変更の株主提案は認めないことを検討すべきである。

さらに、企業の中長期的成長を志向する経営の実現に向けて、種類株を活用した長期保有株主を優遇する仕組みなども検討すべき課題である。

Ⅲ.おわりに

わが国のコーポレートガバナンス改革は、大きな進展を遂げたものの、改革はまだ途上にある。コーポレートガバナンス・コード制定から10年の節目に、形式的な対応を超え、実質的な経営改善へと結び付けていくための環境整備が、今後の課題である。

改革の目的は、規範の遵守そのものではなく、健全で持続的な経済成長を支える企業行動を定着させることである。そのため、制度横断的に不断の見直しを図り、重複排除等による企業の負担軽減、一律的で企業活動の足枷となる規則の見直しなど、企業が自律的かつ柔軟に成長を果たせるような制度設計が求められる。これまで築いてきた基盤の上に、実効性ある取り組みを積み重ねることが重要であり、企業・投資家・制度がそれぞれの役割を果たしつつ、着実に前進を続けていくことが期待される。

以上

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