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会長コメント/スピーチ  会長スピーチ 「日本経済の再生に向けて」 ~読売国際経済懇話会における米倉会長講演~

2011年6月27日(月)
於:帝国ホテル 3階 「富士の間」

1.はじめに

本日は、読売国際経済懇話会の会員の皆様の前でお話しする機会をいただき、大変光栄に存じます。

申し上げるまでもなく、3月11日に発生いたしました東日本大震災を受け、わが国はまさに国難ともいうべき状況に直面しております。政治の強いリーダーシップの下、国をあげて復興にあたるとともに、山積する課題に取り組み、新たな日本を創造していかなければなりません。

しかしながら、昨今の政治情勢を見ますと、国会審議は遅々として進まず、震災から3カ月以上経ってようやく復興基本法は成立したものの、特例公債法案成立の目途も立たず、第二次補正予算の編成も遅れております。今なお大変なご苦労を強いられている被災地の方々の状況を考えますと、与野党は危機意識を共有し、迅速な予算関連法案の成立や適切な震災対応など、復旧・復興に最優先で取り組んでいかなければなりません。同時に、日本の真の復活・再生を遂げるためには、経済成長戦略の実行や、社会保障と税・財政の一体改革、そしてTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉への参加などについても、国民的な合意を得つつ、着実に実現を図っていくことが必要であります。

本日ははじめに、日本経済の現状と見通しについてお話し申し上げ、それを踏まえて、最重要課題である震災からの復旧・復興と、日本経済の再生を果たしていく上で特に重要な、社会保障と税・財政の一体改革、ならびにTPPへの参加をはじめとする経済連携の推進について、経団連の取り組みや考え方をご紹介したいと存じます。

2.日本経済の現状と見通し

(1)日本経済の現状

ご案内のとおり、東日本大震災が発生する以前、日本経済は、緩やかながら回復過程に入っておりました。しかし、大地震と津波、それに伴う電力供給の制約等によりまして、日本企業を取り巻く環境は一変いたしました。サプライチェーンの寸断は、被災地だけでなく、地震の影響を受けていない地域においても原材料不足により製品を生産できない状況を招き、輸出も滞ることとなりました。また、原発事故に関する風評被害の影響は、国内の消費マインドの悪化に加え、海外においても日本製品を敬遠する動きに繋がることとなりました。こうしたことから、企業収益の大幅な悪化も影響し、2011年度通期の経済成長率はゼロ%近くにまで落ち込むとの見通しが、現在主流となっております。

(2)日本経済の今後の見通し

しかしながら、復興に向けた足音も聞こえてきております。各企業が一日も早い復旧に向けて昼夜を問わぬ取り組みを進めた結果、足もとの生産活動は、当初の想定を上回る勢いで回復の動きを見せております。昨今の鉱工業生産や資本財出荷の持ち直しは、日本企業の底力を示しているとも申せますが、こうした生産活動の回復や、今後被災地を中心に復興需要が顕在化してくることも伴いまして、日本経済は、年度後半にかけて、徐々に持ち直していくものと考えております。

一方、円高の継続、国際的に高い法人税負担、現実味の乏しい温暖化対策、柔軟性に欠ける労働法制、経済連携推進の遅れなど、日本経済が震災以前から抱える構造的な問題は、依然として成長の足かせとなっております。

これに加えまして、夏場の電力供給制約といった課題が、新たに生じております。休止中の火力発電所を再稼働させるという計画も立てられておりますが、火力発電の稼動に必要な重油や液化天然ガス、石炭といった燃料が、新興国の経済成長に伴い世界的に需給が逼迫していることから、今後、その価格が大幅に上昇する可能性があります。その影響がいずれ、電気料金の値上げという形で顕在化すれば、国民生活や企業活動に大きな影響を及ぼすこととなります。

民間企業は、厳しい国際競争に勝ち抜くため、成長市場であり生産コストも低い新興国などに生産拠点を移すということを、これまでも、合理的な行動として進めてきたところであります。今回の大震災で、立地のリスク分散という考え方に加え、日本における事業コストが一段と高くなれば、企業の海外移転の動きが一段と加速するのではないかと危惧しております。産業の空洞化の進展、それに伴う雇用の減少、さらには優秀な人材の流出によって、イノベーションや技術開発といった、世界の中で強みとしてきた「日本の力」そのものまでもが失われてしまうのではないかと、危機感を持っているところでございます。

3.東日本大震災の影響への対応と復興に向けた取り組み

(1)経済界の震災への対応

こうした状況に置かれている中で、今、何よりも優先すべきは、東日本大震災からの復旧・復興であることは、改めて申し上げるまでもございません。大震災の後、3カ月半が経過いたしましたが、いまもなお、8万人を超える方々が避難所等の施設での生活を強いられており、また、5万戸必要とされている仮設住宅は3万戸しか完成していない状況です。津波の大きな傷跡として被災各地に残されている「がれき」も、いまだ約3割しか撤去できておりません。さらに、個人や企業からの約2,900億円の義援金のうち、実際に被災者の方々の手元に届けられたのは15%程度にとどまっている状況です。被災者の方々の生活がすでに限界を超えている中で、必要とされている仮設住宅や生活資金などが一刻も早く円滑に届けられるよう、強い政治のリーダーシップと行政の実行力を、改めて切に望むものであります。

ここで、震災に関する経団連としての具体的な取り組みを、いくつかご紹介したいと思います。

第一に、3月14日、私を本部長とする震災対策本部を立ち上げ、会員企業・団体に対して、被災者の方々に直接お見舞い金としてお届けする義援金やボランティアが被災地支援を行うための活動資金への寄付を働きかけました。現在、経団連の会員をはじめ、わが国の企業・団体等がホームページ等で支援を表明した義援金・支援金・救援物資の総額は1,000億円を超える規模となっております。

第二に、救援物資を被災地に届ける「救援物資ホットライン便」の開設に取り組みました。震災直後は、物流機能がマヒし、必要な食料や日用品などの救援物資が被災地に届かない状況が続いておりました。そこで経団連では、震災発生後1週間で、被災された県とネットワークを構築し、自治体や自衛隊、さらには日本郵船グループや全日本空輸の協力を得て、救援物資を被災地に届ける支援スキームを立ち上げました。被災された県のご要望に沿った救援物資を企業や団体からご提供いただき、陸・海・空のルートから、食料品や日用品など約300トンを被災地までお届けいたしました。

第三は、災害ボランティアセンターへの支援であります。被災した市町村ごとに設置される災害ボランティアセンターに対する活動資金に加えまして、センターの立ち上げや運営に必要な資材・機材等も、企業や団体の協力を得て提供しております。また、被災者が必要とする学用品や日用品を集め、各世帯へ個別に配付できるよう1セットごとに袋詰めをし、応援メッセージとともに被災者に届ける「うるうるパック」と呼ばれる取り組みも実施いたしました。

加えて最近では、被災地のご要望に応じて、企業人ボランティアの被災地への派遣に力を入れているところであります。阪神淡路大震災では、震災発生後1カ月で約62万人のボランティアが集結しました。これに対し今回の東日本大震災では、被害が甚大かつ広域でボランティアの受け入れ態勢の整備が遅れたことや、被災地へのアクセスが悪いこともございまして、震災発生後約3カ月間の累計でも42万人ほどにとどまっているところでございます。

経団連では、被災地におけるボランティアの受け入れ態勢が整備される時期を待って、4月下旬から、NPO等とも連携・協力し、企業人のボランティアを、岩手県、宮城県、福島県に派遣するプログラムを実施しております。学生や一般のボランティアが減少する時期も考慮しながら、きめ細かな対応を心がけ、これまで45社から延べ約1,500人の企業人にご参加いただきました。また、経団連とは別に、独自のボランティアプログラムを実施している企業も数多くあり、支援活動の広がりを感じるとともに、引き続きこうした取り組みを継続していきたいと考えております。

第四は、震災や風評被害で深刻な打撃を受けている農水産業者や食品関連事業者への支援であります。経団連では、関係自治体、農業団体等との連携体制を整え、会員企業に、社員食堂での食材使用や、企業内での産直市である「企業マルシェ」といった被災地応援フェアの実施をお願いしております。私が会長を務めている住友化学におきましても、社員食堂で被災地の食材を使った義援金付き応援メニューの提供を行っているほか、4月22日と5月24日には「企業マルシェ」を開催いたしました。私も、茨城県産の新鮮な野菜や福島県産の加工食品などを購入いたしましたが、こうした取り組みを継続し、被災地域の経済の活性化のお手伝いができればと考えております。

今後とも経団連では、関係自治体やNPO等と連携をとりつつ、被災者や被災地のご要望に応じた支援に取り組んでまいります。

(2)復興に向けた取り組み

次に復興の面での取り組みについてお話しいたします。経団連では、3月24日に「震災復興特別委員会」を設置し、さらに31日には早期復興に向けた緊急提言を取りまとめました。

被災地域の復興にあたっては、予算権限や企画・立案・総合調整機能を有する強力な司令塔の下で、国の施策を一元的に実施すると同時に、地方自治体との連携強化を図ることによってはじめて、まちや産業の復興が円滑に実現するものと考えております。こうした考え方も踏まえまして、経団連は4月22日、「震災復興基本法の早期制定を求める」と題する提言を公表いたしました。この提言におきましては、復興庁の設立を含めた復興体制を迅速に整備することをはじめ、「震災復興広域地方計画」において、まちづくりと産業、インフラの復興を広域的かつ一体的にとらえた全体像を明確に示す必要性や、被災地域全体を復興特区に指定し前例にとらわれないありとあらゆる支援措置を講じること、さらにはPFI(Private Finance Initiative)の活用等により、民間の活力を有効に復興に活かしていくことの重要性を訴えております。

こうした基本的な考え方を含め、復興そして日本の再活性化に向けたプランを具体的にとりまとめましたのが、先月末に公表いたしました「復興・創生マスタープラン」であります。

(まちの復興)

まず、被災地域での「新しいまちづくり」を進めていくためには、それぞれの地域の特性や意向を踏まえた地域主導型であることはもちろん、災害に強いこと、地域の資源・労働力が活用されること、新しい技術やサービスを活用し、社会的課題に対応した先進的な地域づくりであること、などの考え方が大切であると考えております。そうした点を実現していくためには、地域振興協議会など地域の中や自治体間、官民の連携を図るための仕組みを構築した上で、被災状況の分析と検証を踏まえたまちづくり計画を策定し、そしてこれを迅速に実行に移していくことが重要であります。経団連は、昨年末、民主導の競争力強化のためのアクションプラン『サンライズ・レポート』を策定し、その具体的な施策として「未来都市モデルプロジェクト」の取り組みを進めております。これは、企業の持つ最先端の技術やノウハウを活用して、防災や福祉、医療、環境、交通、電子行政などの高度な機能を備えたまちづくりを目指していくプロジェクトでありますが、こうしたことを例えば東北地方で展開していくことも、復興には有効であると考えております。その際には、各種の税・財政・金融上の支援をはじめ、用地確保や都市計画、住宅や建築物の再建等にかかる規制緩和や制度改革などが必要となってまいります。

(産業の復興)

被災地における産業の復興に関しましては、東北地方が培ってきたものづくりの集積を活かしつつ、高齢化や労働人口の減少、環境・エネルギー制約といった将来的な課題の解決を念頭に置いた産業振興を考え、新たな付加価値を生み出す産業への投資を増強し、高付加価値化を進めていくことが重要であると考えております。震災前の東北地方の産業構造を分析いたしますと、電子部品やデバイス、精密機械、化学工業などの分野で活発な生産活動が行われておりました。例えば、これらの分野を中心に、高速道路沿いなどの輸送効率の高い地域に特区を活用した工業団地を創設することや、産学連携を通じた研究機関の拡充を図ることも有効と考えられます。さらに、災害に強く堅固な交通・通信インフラ網の構築も重要であり、整備にあたってはPFIの活用によって効率化を図ることも必要ではないかと考えております。

(農林水産業の復興)

また、被災地域の重要産業である農林水産業につきましては、これからも、国民全体への食料供給はもとより、環境・景観の保全に大きな役割を果たす産業であります。原状の回復にとどまることなく、大規模化やトレーサビリティの強化なども図ることによりまして、成長力のある強い農林水産業として創生するという視点が大切であると考えております。その実現のためには、大胆な特例措置を講ずることが求められます。例えば、公的機関が農地の集約化を図った上で民間企業が農業経営主体に参画することで、大規模かつ先進的な経営の実践と、意欲あふれる担い手の確保・育成が可能となります。併せて、農林水産物の輸出促進など、いわゆる農商工連携を進めていくことも、農林水産業の成長産業化に繋がるものと考えております。

(観光産業の復興)

豊かな自然や景観を数多く有する東北地方を活性化するためには、観光産業の復興も進めていく必要があります。イメージの回復に向けた適切な情報の発信や、国際会議の積極的な誘致などに戦略的に取り組んでいくことはもとより、ソフト面の振興やPRなども、国内外の観光客の誘致には大切と考えております。

(風評被害に対する対応)

ものづくりや農林水産業そして観光と、被災地域の産業復興のためには、震災とそれに続く原発事故によって大きく傷ついた日本ブランドの回復が欠かせません。漠然とした不安が国内外に広がり、訪日外国人の減少や工業品や農産品の買い控えや受入拒否といった風評被害が発生しております。この問題は、被災地とは関係のない地域において製造・管理される製品などにも影響が及んでおりまして、政府による国際社会に向けた正確で十分な情報発信が欠かせません。

経団連といたしましても、風評被害の対応に努力しております。一例を申し上げますと、先月中旬、経団連のミッションで北京を訪問し、中国の官民リーダーと風評被害を含めた震災復興について意見を交換してまいりました。中国側からは「日本の被災者のことを、わが事のように感じている」とのお話をいただき、特に、温家宝総理からは、対日輸入検査の緩和や観光事業の回復による対日支援の推進など、具体的な協力策について、直接お言葉をいただくことができました。

このように中国を含めた海外における風評被害の対応につきましては、すでに在外公館を通じた取り組みも進められておりますが、今後も引き続き、科学的根拠に基づいた冷静な対応が行われるよう、官民協力の上で、繰り返し訴えていく必要があると考えております。

(復興基本法に対する緊急アピール)

大震災から106日が経過した先週24日、ようやく復興基本法が施行されることとなりました。今後は、基本法に定められた手順を加速していく必要があります。経団連は、基本法施行日に合わせ、速やかに基本方針と復興基本計画を定めることや、大胆かつ柔軟な復興特区制度の創設、ならびに復興庁の早期設置を強く求める「復興創生に向けた緊急アピール」を公表したところです。

今回の復興を、国民全ての団結により成し遂げることで日本全体の創生につなげ、そして世界から称賛されるものにしていく必要があります。力強い政治のリーダーシップの下、あらゆる施策を総動員して、それを実現していかなければなりません。

(3)電力不足への対応と今後のエネルギー政策

これまで申し上げてまいりました復旧・復興を確実に進めていくためには、国民の生活や企業活動の最重要基盤である電力の安定供給が欠かせません。

電力は、社会の基本インフラであり、供給不安や料金の上昇は、国民生活や企業活動に極めて大きな影響を直ちに及ぼします。経団連では、今回の事態に際して、会員企業に節電の呼びかけを行うとともに、電力需給対策のあり方について、政府や電力業界関係者と密接に意見交換し、連携を強化してまいりました。その結果、経団連として、3月31日に、「電力対策自主行動計画」を推進する方針を打ち出しました。東京電力管内の電力需要は、大口、小口、家庭がそれぞれ3分の1ずつとなっており、全てのユーザーが節電努力を行う必要がありますが、産業界がまず率先して積極的に取り組むことが、社会全体の節電を促す上で効果的と考えております。

4月11日には、全ての会員団体・企業に対し、政府が大口需要家に、7月から9月の平日の最大使用電力を、前年比25%程度削減するよう要請したことを踏まえて、それぞれが自主行動計画を策定するよう正式に呼び掛けを行いました。その結果、4月28日までに、637社から策定状況が報告されましたが、約8割の企業が、「昨年のピーク比25%以上削減」を目標とする、という集計結果が得られました。

これらの計画を実現していくための対策は、大きく3つの類型に分けることができます。

第一は、ピーク外の時間や対象地域以外の拠点の活用であります。代表的な例といたしましては、複数の企業、事業所、オフィスのフロアなどが輪番で休業・操業することや、西日本で代替の生産をすることがあげられます。

第二は、節電であります。LEDをはじめとする省エネ機器の導入や、照明やエレベータなどの間引き運転等が予定されております。

第三は、自家発電の最大限の活用であります。特に素材産業では、自ら使用する電力を賄うだけでなく、電力会社や他社にも電力を供給していくことも計画されています。

この他にも様々な取り組みが計画されておりますが、主要なものを「160の事例」として経団連のホームページに掲載し、さらなる対策の参考に供しているところであります。

こうした電力対策を実践していくに当たっては、制度的な障害も多いことから、経団連では、様々な規制緩和を政府に働きかけております。その結果、自家発電設備の設置・運用や夜間操業、労働時間の変更にかかる規制や届出などの柔軟化が実現しております。

大震災以降、電力会社や関係の企業が、電力供給力の回復に向け懸命に努力したこともあり、本年夏の予想需給ギャップは縮小しております。政府も、5月13日に、需要家の削減目標を、当初の25%から15%に縮小いたしました。しかし、各地における定期点検後の原発の再稼働も不確実性を残した状況であり、また地域間の電力の融通も見直しが議論されるなど、電力需給は予断を許さない状況となっております。このような状況に対応するためにも、経団連といたしましては、生産や事業活動への悪影響を極力抑えられる範囲内で、最大限の電力節減に努めていくことが肝要であると考えております。

こうした短期的な電力対策とは別に、中長期的なエネルギー政策のあり方についても、再検討が求められております。

まず認識すべきことは、内外の企業が安心して国内で投資できるよう、エネルギーが適正な価格で安定的に利用できる環境を整備することが、わが国の将来にとって極めて重要な課題である、ということであります。近年、高コスト構造や円高傾向などにより、日本の立地競争力は急速に低下しておりますが、今回の大震災による電力不足は、これに追い打ちをかけております。電力供給の不安定な状態が続けば、わが国の国際競争力がさらに低下し、空洞化に拍車がかかり、ひいては雇用の減少にまで繋がってまいります。経団連ではかねてから、エネルギー安全保障すなわちEnergy Security、環境、Environment、経済性、Economyの3つのEのバランスが重要であると主張してまいりました。国民生活や産業の発展を支える最も重要なエネルギーである電力政策に関しましては、供給の安定性や需給バランスはもちろん、国民生活や産業政策の観点も総合的に踏まえた現実的な方策を、冷静に議論していく必要があります。それが被災地をはじめとする地域経済の復興、そして日本全体の活性化の前提であると考えております。

原子力発電につきましては、福島原発の早期収束はもとより、徹底した原因究明と安全基準の見直しを急ぎ、国民の信頼回復を図る必要があります。そして、定期点検に入った発電所が円滑に再開されるよう、政府は責任を持って取り組むべきであります。浜岡原発の突然の停止要請によって、原発が立地している地域の自治体や住民が不安感と不信感を抱くこととなりました。政府には、今後も十分な説明責任を果たしていく必要があると考えております。

一方、多くの専門家も言及している、LNGや石炭などの化石燃料への依存度を高める方策につきましては、わが国として調達に支障をきたさないよう、官民の協力体制を一層強化する必要があります。日本が有する世界最高水準の火力発電技術に一層磨きをかけ、積極的に活用していくことも必要であります。

また、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの取り組みにつきましても、着実に進めていく必要があります。しかしながら、供給力が不安定で効率が悪く、コストが高いのが現状であります。まずは技術開発に全力を挙げ、高効率で、安定供給できる低コストの仕組みを確立し、その上で普及を図っていくことが現実的であり、合理的な施策であると考えております。政府は、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度の導入のための法案を国会に提出しておりますが、性急な導入が電力価格の上昇をもたらすことになれば、地域経済の弱体化や、ひいては雇用の喪失などにも繋がりかねず、国民生活に及ぼす影響は計り知れないものがあると危惧しております。

繰り返しになりますが、エネルギー政策は、国民生活や経済活動を支える最重要の国家戦略であります。政府は、7月中旬に基本原則などを決める方針であると伝えられておりますが、透明で国民に開かれた検討の場を設置し、地に足の着いた議論を進めるべきであります。

4.日本経済再生に向けて取り組むべき重要課題

(1)社会保障と税・財政一体改革について

これまで申し上げてきた、震災からの復旧、復興とともに、わが国の再生に向けて欠かすことのできない重要課題への取り組みについても、同時に進めていかなければなりません。その一つが社会保障と税・財政の一体改革であります。

昨年12月、政府は、23年度半ばまでに社会保障と税の一体改革に関する成案を得る旨を閣議決定いたしました。これを受けて設置された、総理を議長とする「社会保障改革に関する集中検討会議」は、6月初めに改革案をとりまとめたところであります。

その後、この改革案は、政府・与党社会保障改革検討本部の成案決定会合をはじめ、政府税制調査会、国と地方の協議の場、与党調査会などで検討されたものの、現在のところ成案を得るには至っておりません。

改めて申し上げるまでもなく、高齢化により社会保障給付費が増加を続ける中で、現役世代の保険料負担は限界に来ており、歳入改革を通じて社会保障の安定財源を確保する必要があります。また、経済が活力を持つことは、国民の安心の基盤であり、財政健全化の前提となります。社会保険料を増やすことで雇用創出を阻害することがあってはなりません。

そして、一体改革を実現するには、問題の共有化・見える化によって、国民に「何が変わるか」、また「なぜ変わる必要があるのか」を分かりやすく提示し、国民に新たな負担をお願いするための説明責任を果たすことが求められます。

こうした基本姿勢に基づき、経団連は、各社会保障制度における税負担の割合を拡大するとともに、全世代が幅広く費用を負担し、現役世代の社会保険料に過度に依存しない安定的な制度とすることを提案してまいりました。また、そのための財源として、消費税率をできるだけ速やかに、まずは10%まで引き上げるべきだと考えております。

集中検討会議の改革案では、消費税を社会保障の目的税として法律上・会計上明確にすること、そして、2015年度までに消費税率を段階的に10%まで引き上げ、安定財源を確保することとされております。この改革の大きな枠組みについては、経団連の考えと一致するものとして、評価しているところであります。

一方、いくつか気になる点もございます。第一に、今回の改革案全体を通して、効率化・重点化の視点が薄い点であります。限られた財源を有効に活用し、真に必要な人への給付を確保するためにも、給付の効率化や重点化への取り組みを強化すべきであります。

第二に、社会保険料の負担が税負担よりも大きな幅で増えていくという推計が示されている点であります。こうした将来の姿は、現役世代に今まで以上に重い負担を求めることになり、雇用に大きな影響を及ぼすことになります。

第三に、消費税の社会保障目的税化についてであります。集中検討会議の改革案では、消費税の増税分の多くを現在の高齢者三経費、すなわち年金、高齢者医療、介護関連の経費と現在の消費税収の差額を補てんすることに使おうとしていますが、それでは国民が社会保障制度の充実を十分実感することができず、安心を提供することにはなりません。

最後に、高齢者医療・介護において、税の投入割合の拡充が不十分である点があげられます。これは、最も危惧される問題であります。

現役世代の医療保険は、高齢者医療制度への多額の拠出金によって、非常に困難な財政状況に直面しております。これまで経団連は、連合・協会けんぽ・健保連とともに、高齢者医療における税負担の拡充と、そのための安定財源の確保を求めてまいりました。

しかし、昨年12月の「高齢者医療制度改革会議」での取りまとめ案では、現役世代に依存する現行制度の仕組みは変わらず、追加的な公費投入も不十分なままでありました。今回の改革案でも、その方針は変わっておりません。

介護保険についても同様で、高齢化による要介護者ならびに介護給付費の増加は、高齢者だけでなく、現役世代の保険料負担をより重いものにしております。

経団連といたしましては、高齢者医療では現行の約5割から6、7割まで、介護では現行の5割から7割程度まで税負担割合を拡充するよう、引き続き求めてまいります。

現在のところ、政府・与党は一体改革の成案を得られておらず、2015年度までに10%消費税率を引き上げるという当初の案が今後どうなるかは不透明な状況にあります。しかし、社会保障と税の一体改革は焦眉の急であり、わが国の置かれた状況を考えれば、消費税率の引き上げは不可避であります。経団連としては、成案を早急に得ることはもちろん、制度改革の詳細について、ただ今申し上げた観点から建設的な議論を進めてまいりたいと考えております。

また、社会保障と表裏一体の関係にある財政につきましては、早期健全化の視点が欠かせません。今後、復興に必要なあらゆる施策を実施するための財源の確保が必要となる中で、わが国財政に対する国内外からの信認を維持するためにも、財政健全化と社会保障改革の明確な道筋を示す必要があると存じます。

(2)経済連携、特にTPP交渉への参加について

(経団連の取り組み)

日本経済再生に向けて取り組むべき最重要課題としてもう1点強調しておきたいのが、経済連携の推進、なかんずくTPP交渉への参加であります。TPPは、アジア太平洋を広くカバーする多国間のFTAとして期待されるFTAAPすなわち、アジア太平洋自由貿易圏へと発展していく可能性を持つものであります。また、21世紀型の新しいルール作りを目指すものでもあり、貿易・投資立国であり続けるべきわが国にとって、参加しないという選択肢はあり得ません。

経団連では、APEC議長国としての日本の責任に言及した昨年6月の提言を皮切りに、10月にはAPEC首脳会議に向けた緊急提言を取りまとめ、また11月には日本商工会議所、経済同友会と協力して緊急集会を開催し、政府の決断を求める決議を採択するなど、TPP交渉への早期参加を精力的に働きかけてまいりました。こうした働きかけもありまして、昨年11月には、「包括的経済連携に関する基本方針」が閣議決定され、「国を開き、未来を拓く」ため、高いレベルの経済連携を国内改革と一体的に推進することが盛り込まれました。その上で、TPPについては、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始することが決定されました。また、年明け1月には、「6月を目途にTPP交渉への参加について結論を出す」という方針が打ち出されました。

その後、東日本大震災が発生し、震災地域に立地する企業が国内外の企業のグローバル・サプライチェーンの中で、部品等の供給元として重要な役割を担っていたことが、改めて認識されることとなりました。同時に、特定の供給元に依存するリスクも明らかとなり、供給源を多様化する動きが見られていることは、先ほども申し上げた通りでございます。

諸外国の企業のなかには、こうした動きを商機ととらえる向きもあります。他方、既に震災前から、企業の立地条件という点で魅力がないとの指摘を受けていたわが国では、震災によってさらに企業が日本に残りたくても残れないという事態に進んでいくことを真剣に心配しなければならない状況になっております。日本が世界のサプライチェーンから孤立しないようにするためにも、TPPをはじめとする経済連携を積極的に推進し、関税の撤廃等を通じて、わが国の産業立地の条件が他国にひけをとらないようにすることが重要であります。震災を経てその必要性はより一層高まっております。経済連携の推進にこれ以上後れをとることになれば、国内生産基盤の空洞化が加速され、雇用にもマイナスの影響が及ぶことが懸念されます。基幹部品などの工場や技術開発拠点、それに伴う雇用を国内につなぎ止めておくためにも、通商戦略はわが国にとり、極めて重要性の高い課題であります。

こうした考え方に基づき、経団連では、4月に「わが国の通商戦略に関する提言」を公表いたしました。提言では、改めて、TPPへの早期参加の必要性を強調し、新たなルール作りに積極的に参加すべきと主張しております。

交渉のためのプロセスを開始することで先月末合意した日EU経済統合協定(EIA)や日中韓FTAの最近の進展に鑑みれば、TPP交渉への参加は、同盟関係にあり世界第一の経済大国である米国との緊密な関係を維持する観点からも必要不可欠であります。先週の21日、経団連会館におきまして、米国の有力シンクタンクである「戦略国際問題研究所(CSIS)」と震災復興に関する意見交換を行いました。その会合に出席された、アーミテージ元国務副長官は、「日本の復活は、世界経済やグローバルなサプライチェーンにとって極めて重要だ」と述べられました。まさに復興を進めていくためにも、国をひらき、より高いレベルでの経済連携を実現するTPPへの参加は欠かせないものであると存じます。

(日本政府の対応)

一方、わが国政府においては、震災を受けて、国内農林漁業の再生に関する検討が先送りされるとともに、平成の開国に向けて広く一般国民の参加と理解を得るために各地で開催が予定されていた「開国フォーラム」も中止となりました。そうした中、TPP交渉への参加を判断する予定の6月が近づき、政府の方針が注目されておりましたところ、先月17日に日本の再生に向けた「政策推進指針」が閣議決定されました。指針では、経済連携推進の基本的考え方について、「大きな被害を受けている農業者・漁業者の心情、国際交渉の進捗、産業空洞化の懸念等に配慮しつつ、検討する」とともに、TPP交渉参加の判断時期については「総合的に検討する」とされました。これは、事実上、判断の先送りと言わざるを得ません。農林漁業分野における基本方針や行動計画の策定に向けた新たな工程についても、日本再生全体のスケジュールや復旧・復興の進行状況を踏まえ検討する、との曖昧な表現となっております。

TPPはじめ高いレベルの経済連携を推進しようという政府の取り組みが停滞、あるいは後退した感は否めません。

TPPは幅広い分野で新たな時代に対応したルール作りを目指すものであり、アジア太平洋地域だけでなく、グローバルなルールに発展する可能性があります。しかし、一旦ルールが出来上がった後から参加するとなれば、わが国の事情や主張が反映されないルールを一方的に受け入れざるを得なくなります。

米国をはじめ交渉参加9カ国は、本年11月のハワイでのAPEC首脳会議までの大枠合意を目指しており、わが国に残された時間は極めて短いと言わざるを得ません。広く国民の理解を得て、一刻も早くTPP交渉への参加を決断することが、わが国経済の再生を実現するための鍵を握るといっても過言ではないと存じます。

5.おわりに

冒頭申し上げました通り、わが国は未曾有の国難に直面しております。しかし各界そして国民全体が連携、協力し、本日申し上げた震災復興、社会保障と税・財政の一体改革、そしてTPPを含む経済連携を着実に進めていくことで、わが国の経済は必ず再生し、新たな日本の創造につなげていくことができると確信しております。

そのためには、政府が具体的な対策や施策を、迅速かつ着実に実施していくことが不可欠であります。わが国の政治情勢は、首相の退陣時期の曖昧さも相俟って、ますます不透明な状況となっておりますが、与野党が一刻も早く一致協力する体制を整え、国をあげて進むべき方向を定め、実行していただきたいと願うばかりであります。

私ども経済界といたしましても、総力をあげて、被災地の早期復興と、わが国が直面する諸課題の解決に向け取り組み、日本の再生に貢献して参る所存でありますので、皆様のご理解、ご支援をお願い申し上げます。ご清聴有難うございました。

以上

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