一般社団法人 日本経済団体連合会
【日米関税交渉】
〔米国相互関税上乗せ分の適用停止期限が7月9日に到来し、日米関税交渉が難航しているとの見方もある中、交渉の進捗状況への評価と想定よりも高い関税率を課された場合の日本企業への影響を問われ、〕交渉場裏については承知していないが、赤澤大臣によれば双方の認識が一致しない点が残っており、パッケージとして合意できていないと理解している。全く進展がない訳ではないのではないか。日本政府は、首脳間、閣僚間、事務レベルそれぞれで非常に精力的かつ粘り強く交渉を行ってきたとみている。報道の通り、米国側から厳しい要求が出されているということは、それだけ日本政府の交渉がタフであることの裏返しではないかと捉えている。中長期の視点から、国益を損なうことのないよう、対等な立場で粘り強く交渉を進めていただきたい。
仮に相互関税の上乗せ分を含め30~35%の関税が適用された場合、非常に甚大な影響が出ると認識している。その影響は、業種、生産ラインやサプライチェーンのあり方によって異なると思われるが、特に懸念されている自動車業界は裾野が広いことから、影響は甚大だろう。個別企業への影響はもちろんのこと、日本経済全体へのマクロでの影響もある。今後の日本企業の投資戦略の予測可能性や、投資に係る採算性への影響も懸念される。日本政府には、現場の声をよく聞いていただき、きめ細かな政策対応の可能性を模索していただきたい。我々としても、日本政府にそうした発信を適宜行っていきたい。
〔7月7日開催の会長・副会長会議で、トランプ関税への懸念等の声は聞かれたかと問われ、〕日米関税交渉の結果は、税・財政・社会保障の一体改革に向けた議論とも連関しており、十分配意が必要という意見もあった。
【イノベーション】
〔直近数年間の日本の研究力低下への経済界の懸念と、イノベーション創出、産業分野への影響を問われ、〕引用される頻度が高い論文におけるわが国のシェアは、2000年代から徐々に順位が低下している。日本の研究力は、足もとで急速に低下しているというよりも、中期的な時間軸で低下しているというのが実態であり、現時点で、直接的な悪影響が生じているとは認識していない。企業の合理的な行動として、技術シーズを求めて海外の大学と連携することは是認されるべきだが、中長期的に日本の科学技術力が低下していることに危機感を持って臨むべきと考えている。日本の科学技術分野におけるプレゼンスの低下は、優秀な研究者・技術者の確保等にも悪影響を及ぼし、産業競争力ひいては国益の低下につながりかねない。0.7%程度とも言われる日本の潜在成長率を1%台に高めていく必要があると考えており、そのための方策の根底には科学技術・イノベーションがあると認識している。既に、科学技術立国戦略特別委員会ではいくつかの論点が提示されているが、私としては、国による科学技術に対する取組み姿勢の明確化や、国の牽引する科学技術・イノベーション政策の実行体制の強化に注目していきたい。制度面、組織面、人材面、予算面の課題があることも事実である。特に、基礎研究の分野では成果を予測することが難しく、かつ長期間を要するため、民間投資は必ずしも容易ではない。このため、十倉前会長時代から、科研費(科学研究費補助金)の早期倍増を強く発信してきた。予算措置を通じた国としての関与が重要であり、科研費や大学の運営費交付金をはじめとした科学技術関連予算の確保・増大が呼び水となって、官民の科学技術・イノベーションに対する投資が盛り上がることが、中長期的な潜在成長率の向上に寄与すると思う。
【参議院議員選挙】
〔7月20日投開票の参議院議員選挙では、最大の争点が物価高対策となり、各党が給付や減税に重点を置く中、安定的な財政運営といった中長期的な視点が不足しているという指摘への見解を問われ、〕ご指摘の通りと考えている。物価高対策が最大の争点となっていることは、国民の目線がその点に集中していることを反映しているのだろう。物価上昇に負けない賃金引上げの実現に向けた社会的な要請の高まりも認識している。一方で、参議院議員の任期は6年であり、衆議院のように解散もないことに留意が必要であり、このような時間軸にふさわしい形での論戦も期待したい。例えば、税・財政・社会保障の一体改革はもちろんのこと、国民が意識しつつある財政運営のあり方、地方創生、食料・エネルギーの安定供給等、中長期の視点で取り組むべき構造的な課題が山積し、かつ顕在化してきている。こうした点についても論戦がなされてしかるべきではないか。
〔現役世代の党首を中心に社会保障制度のあり方の見直し、特に社会保険料の引下げに関する提案もみられる中、どのような議論が不足しているかと問われ、〕社会保険料の引下げに関連した主張も一部で出ているが、短期での、比較的世間受けのよい論調であることは否めない。国民全体に浸透するストーリーで、十分な時間をかけて説明いただくことが本来不可欠と考えるが、現在の論戦ではそうした要素が不足しているのではないか。例えば、社会保険料の引下げに係る議論に際し、給付面に具体的にどのような影響を与えるのかという点にまで議論の踏み込みがみられないという印象がある。
【賃金引上げ】
〔各政党が物価高対策として所得向上を公約に掲げる中、足もとで物価高に賃金引上げが追いついていない状況を踏まえ、賃金引上げの持続可能性に対する見解を問われ、〕毎月勤労統計調査の5月速報値によれば、名目賃金(現金給与総額)は1.0%と41ヵ月連続のプラスを記録している。先般、経団連が公表した夏季賞与・一時金や、中小企業の月例賃金引上げの第1回集計結果を含めて考えると、賃金引上げの力強いモメンタムは継続していると思う。一方で、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は4.0%という高い水準であったことから、実質賃金は5ヵ月連続のマイナスとなった。経団連が物価上昇に負けない賃金引上げを目指して取り組んでいる中、実質賃金がプラスで定着するためには、名目賃金の継続的な上昇に加えて、政府・日銀が共同声明で掲げた2%程度の物価上昇を持続的・安定的に実現することが不可欠である。「骨太方針2025」で掲げられた目標(2029年度までの5年間で、日本経済全体で年1%程度の実質賃金上昇、すなわち、持続的・安定的な物価上昇の下、物価上昇を1%程度上回る賃金上昇をノルムとして定着させる)をベースに、経済界としても引き続き取り組んでいく。その際、中小企業の賃金引上げ原資の安定的な確保が大きな課題となる。中小企業自身による生産性の向上に加え、政府・地方自治体による適切な支援、適正な価格転嫁と販売価格アップ受入れの社会的規範としての浸透をはじめとする社会全体での環境整備が不可欠である。
〔2030年度におよそ100万円の賃金増加、2040年までに平均所得5割以上アップを目指すとの自民党の公約に対する見解を問われ、〕各公約を逐一経済界の立場として検証できている訳ではないが、仮に、足もとでの月例賃金引上げの力強いモメンタムを継続することができれば、同公約に近い水準を達成することは可能ではないか。
【地域別最低賃金】
〔今年度の地域別最低賃金の目安に係る審議が始まろうとする中、経団連の審議に対するスタンスを問われ、〕「骨太方針2025」に記載された「2020年代に全国加重平均1,500円」という政府方針の実現には、過去最高の2024年度(+5.1%)を大きく上回る引上げ(毎年度+7.3%)が必要であり、極めて高い目標と認識している。チャレンジングな目標を掲げ、最低賃金をできるだけ早く引き上げていくことの必要性は十分理解している。一方で、最低賃金は、最低賃金法を根拠として、労働者を雇用するすべての企業に適用され、違反した場合には罰則が科される等、民間企業が決定する自社の賃金とは根本的に異なることに留意が必要である。政府には、目標の実現可能性を少しでも高めるべく、最低賃金引上げの影響を強く受けやすい地方の中小企業とその労働者といった当事者を含めた丁寧な議論を行うことを求めたい。併せて、中小企業の賃金引上げ原資の安定的な確保に向けて、中小企業自身による生産性向上に加えて、政府・地方自治体による適切な支援、「適正な価格転嫁と販売価格アップの受入れ」の社会的規範化といった多方面からの環境整備を通じて、目標の実現可能性を高めていくことが望まれる。
【日本国債の安定消化】
〔超長期国債利回りの不安定化がみられることへの見解を問われ、〕財務省の国債発行計画の見直しや日銀による国債購入計画の前広な表明を受け、一時と比べて市場は少し落ち着いたと思う。一方で、国債の安定消化に腰を入れて取り組まなければ、財政に対する信認が揺らぎかねないという危機感を共有すべきである。日本の場合、現状では国債の国内保有が圧倒的に多いものの、国内消化の先行きは厳しく、海外の投資家の目線は、常に日本の財政のあり方に向けられていることに留意する必要がある。このため、財政健全化に向けた道筋を確固たるものとすべきである。
【日本銀行の金融政策】
〔消費者物価上昇率(持家の帰属家賃を除く総合)が4%の高水準を記録し、政府・日銀の共同声明で掲げた2%の物価上昇目標を超過した状況が続く中、日本銀行の金融政策に対する見解を問われ、〕足もとでは関税措置の問題があり、中長期でも物価、雇用、景気に対してどのような影響を与えるのかが見通しづらい不確実な状況に直面している。加えて、米国をはじめとした諸外国の金融政策の動向にも配意しなければならない。こうした局面において、すぐ利上げを行わなければいけないとは言えず、現在の日銀の金融政策に係る判断は、妥当、適切なものと評価している。日米関税交渉開始前から消費者物価指数が4%を上回る局面もみられたが、その時々において、日銀は、短期的な視野ではなく、内外の様々な要因を客観的かつ合理的に判断し、適切に金融政策を講じてきたと認識している。
【ジェンダー平等】
〔管理的職業に携わる女性の割合が多くの諸外国で30%以上である一方、日本が16.3%(2024年)にとどまる原因や、役員、管理職双方で女性比率を30%以上に高めていくために組織、企業の中で必要な取組みを問われ、〕アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の払拭が不可欠である。管理的職業に携わる女性の割合が伸び悩む一因としては、日本生命でトップを務めた自身の経験に照らしても、男性の性別に基づく役割分担意識が挙げられる。例えば、男性の家事・育児に対する意識を高めるべく、政府、企業双方が取り組むことが重要である。また、政府としても、(社会実態に即した)社会保障制度や税制に改めることはもちろん、夫婦同氏制度の見直しも、性別役割分担意識の変革に必要である。企業としても、出産・育児・介護や治療との両立支援等に加え、働き手のキャリアパスの形成を支援し、管理職・役員へ登用する人材を計画的に育成する「タレント・パイプライン」を強化することが重要である。
〔性別役割分担意識の固定化の一因として、総合職と一般職という職制を分けて長らく採用してきたことが挙げられるのではないかと問われ、〕過去、多くの企業で行われていた職制の区別が影響していないとは言い切れないものの、足もとでは多くの企業で職制の区別が一本化される傾向にある。こうした中、同一労働同一賃金を定着させることで、性別に基づく役割分担意識といった女性の活躍推進に関連する課題がどのように解決されるのかを注視したい。