一般社団法人 日本経済団体連合会
経団連は、昨年12月に「Future Design 2040」(FD2040)を公表した。ここで目指すべき国家像としたのは、課題解決を持続的な成長の源泉とする「科学技術立国」と「貿易・投資立国」であり、成長と分配の好循環を通じて、「公正・公平で持続可能な社会」を実現することである。FD2040は、これらによって「国際社会から信頼され選ばれる国家」となることをその実現に必要な施策とあわせて、広く社会に示した。
FD2040の実現には、常に未来を想像・創造し、そこからバックキャストして新しい経済・社会の仕組みを積極的に提案、その内容をローリングし、試行を重ねていく必要がある。とりわけ、人口減少下でも持続的に経済を成長させるためには、既存の価値をさらに高め、新たな価値を創造していく不断の取組みが不可欠であり、価値・質に重点をおいた「高付加価値創出型経済」へ移行していくことが重要である。そのためには、分野横断の政策連携を通じた全体最適の実現に、真正面から挑む必要がある。
そこで、経団連夏季フォーラム2025では、「人口減少下でも輝く日本経済・社会の未来図」を統一テーマとし、FD2040の目指す国家像を実現するために、産業界や政府が取り組むべきことについて議論した。第1セッションから第3セッションを通じ、労働・資本・全要素生産性(TFP)の側面からみたわが国経済の成長力強化、社会保障制度改革、財政健全化、AIなどテクノロジーの戦略的活用、地政学的・地経学的危機下における競争力のある国家と長期・全体・グローバルな視野を持つリーダーづくりといった課題について議論するとともに、分科会では、科学技術立国実現の道筋、貿易・投資立国の実現、外国人材から選ばれる社会づくり、付加価値労働生産性を高める多様な人材の活躍推進といったテーマを軸に、分野横断的かつ多角的な視点をより意識しつつ、未来志向の討論が行われた。
議論を通じて、人口減少下でも輝く、2040年の日本経済・社会のありたい姿の骨格と産業界の役割、政府への期待を下記のとおり取りまとめた。経団連は、下記の内容を今後の活動の指針とし、価値創造による持続的な成長とそのために必要な分配を通じて産業競争力の強化を図り、多様な人材が活躍する豊かで活力ある社会、ひいては、国際社会から信頼され選ばれる日本を目指して果敢に挑戦していく。これに呼応し、政府には、全体最適の視点から関連施策の積極的な実施を期待したい。
① 科学技術立国の実現への道筋
2040年のめざすべき姿
段階的発展仮説を前提としない、多様な価値が共存し、影響しあう社会(=価値多層社会)という新たな社会コンセプトが国内外に広く周知・共感され、多彩な人材・技術・リソース(情報・資金)が集結。各国との知の交流を通じて、世界最先端の科学的知見が蓄積され、豊かな思想・哲学と融合し、新たな価値と産業を持続的に創出。
科学技術の進歩に貢献する有為な人材が持続的に輩出され、政府・産業界・アカデミアを跨いで活躍できるエコシステムを構築。
国際社会における優位性を確保し、世界から不可欠な存在として位置付けられる「科学技術立国」を形成。
産業界の役割
積極的な研究開発投資と、国内外からの人材獲得・育成を推進。
大学や国研、スタートアップ、さらにサプライチェーン上の企業との共創により、イノベーションを創出するとともに、経験・知のバリューチェーンの形成を通じて産業競争力を強化。政府と連携し、標準化・ルール作りを主導。
科学技術がもたらす価値と投資の必要性について広く社会の理解を得るべく、サイエンスコミュニケーション活動を強化。
政府への期待
科学技術立国に相応しい全体を俯瞰する司令塔機能の強化・再編を加速。
「戦略と創発」の二正面作戦を強化。「創発」については、長期的視点で研究を支えるべく、科研費の早期倍増をはじめ基盤的支援を拡充。「戦略」については、重点領域を明確化し資源を集中投下。予算配分などの決定プロセスに産業界の視点も取り入れ、研究から社会実装までの技術流出防止を含めた一貫した支援体制を整備。
大学の統廃合を前提とした運営費交付金の見直しやカリキュラムの改善をはじめとした大学改革の加速、挑戦的・融合的研究や思想・哲学と接続する学際的研究への継続的支援、高度人材育成を加速しつつ、研究者以外(職人・専門職・エンジニア)の層も拡充。
海外との規制調和に加え、一律的な労働時間等の規制緩和やサンドボックス、税制、公共調達など政策を総動員し、世界最高水準の研究・イノベーション環境を構築。
② 貿易・投資立国の実現
2040年のめざすべき姿
ヒト・モノ・カネ・データの自由な流通によって、各国・地域と共存・共栄。
自由で公正な貿易投資と同時に経済安全保障、カーボンニュートラル(CN)を一体的かつ相互に補強し合う形で推進。人材育成の観点を含めた注力領域(半導体、GX等)の強化により日本の不可欠性を向上。
そうした国の姿を積極的に発信するとともに、科学技術・人材育成・信頼性・日本文化等のソフトパワーも活かしながら、グローバルサウス(GS)諸国の社会課題の解決に貢献することによって、「国際社会から信頼され、選ばれる国家」としての魅力(スマートパワー)を向上。それにより、米中に過度に依存しない自立した国家を確立するとともに、食料・エネルギー等の安定供給を確保。
産業界の役割
自由で公正な貿易投資の担い手として、リスクをとって商機を拡大。同時に安全保障上のリスクを的確に把握・管理するとともに、CNに向けて技術・製品・サービスを開発・社会実装。
経済安全保障や成長可能性等の観点やGSにおいて緊密なネットワークを有するGS諸国・地域(インド太平洋など)に優先順位をつけて、関係強化を政府に働きかけ。当該GS諸国・地域のニーズを踏まえ、社会課題の解決、持続的な成長に貢献するとともに、貢献事例等を体系的に整理・蓄積・可視化。
各国産業界と連携して国際ルールの遵守・策定、国際標準化の推進等に主導権を発揮。
政府への期待
戦略的なトップ外交の展開・官民フォーラムの開催を通じてより良い貿易投資環境を整備。あわせて、防衛装備移転を推進。
ルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序を維持・強化すべく、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)の理念に基づいて、上記GS重点諸国・地域を中心にEPA・FTAの拡大・深化(グローバルサウスとの締結、CPTPPの拡大)、貿易手続の円滑化・電子化等を通じて連携を強化。
GS諸国・地域の社会課題、特にCN実現に向け官民連携の取組みを加速(JCM(二国間クレジット制度)の締結、AZEC参加国の拡大、ブレンデッド・ファイナンスの推進等)。
③ 外国人材から選ばれる国となるために
2040年のめざすべき姿
国際的な人材獲得競争が激化する中、日本は人口減少下においても、国籍に関係なく、世界各国から優れた才能や技能・新しい価値観を持った人材が集まり、「選ばれる国」を達成。
日本で内外の有為な人材が活躍し、各地域においてイノベーションと社会課題の解決が加速し、成長と分配の好循環が実現。
産業界の役割
企業が求める外国人材を惹きつけるための生産性向上に向けた投資
留学生の積極的採用と定着に向けた環境整備
エンゲージメント向上に向けた就労環境の改善(報酬等処遇体系、休暇等福利厚生制度、多言語対応等社内インフラ整備、労働安全衛生環境整備等)
雇用慣行のさらなる見直し(能力や成果に応じた透明性の高い評価体系・ジョブ型雇用の導入、キャリアパスの明確化等)
外国人・帯同家族への日本語習得・文化・慣習への理解増進の支援、日本人従業員・家族の多文化理解促進
サプライチェーン全体でのビジネスと人権への対応、DEI推進
行政、NPOなどや地域コミュニティとの連携により地域全体で外国人・帯同家族を包括的に支えるネットワークの構築を経済界として主導
政府への期待
社会統合政策の推進に向けてあるべき社会像をどうデザインし作っていくかという確固たる意志を示すとともに、外国人政策に関する基本理念・基本法を制定し健全な国民理解を醸成。
外国人政策を一元的に推進する司令塔機能のもとでの、DXも活用したエビデンスに基づいた在留管理・支援施策の企画・立案・実行。政策決定プロセスの透明化による秩序ある戦略的な受入れ。様々な機会を通じて排他的な風潮を生まないよう国民理解を醸成。
高度人材、現場人材の活躍や、留学生の定着に向けた在留資格制度の設計
帯同家族も念頭においた教育、キャリア、ケア(子育て・介護)、老後(年金、医療)も含め、中長期の在留者増加を視野に入れたライフコース全般を見据えたシームレスな外国人政策の推進。国・地方自治体の取り組み状況の見える化とKPIの設定。各自治体の好事例の横展開。
④ 付加価値労働生産性向上に資する多様な人材の活躍推進
2040年のめざすべき姿
働き手のエンゲージメントの向上と成長産業への円滑な労働移動等の実現により、日本の付加価値労働生産性が先進諸国トップクラスに達している状況。
人口減少下にあっても、多様な人材が活躍することにより、わが国産業の競争力強化と持続的成長を実現。
産業界の役割
エンゲージメントの向上に向け、戦略的な人材マネジメントを確立し、従業員の自律的なキャリア形成を支援。また、公平で納得性の高い評価・報酬制度を構築するとともに、経営トップの明確なコミットメントを示すとともに、社員自身が挑戦を重視する企業風土を醸成。
女性、高齢者、外国人、特定の認知特性を持つ人材等、多様な人材の能力を最大限に引き出し、戦力として活用。女性の継続的キャリア成長を支援し、高付加価値職種へ積極的に登用。これらの実現に向け、デジタル技術の活用や柔軟な働き方を推進。
事業戦略に基づく人材ポートフォリオを構築し、各職務に求められる役割とスキルを明確に開示することで、社内外の労働移動を円滑化。
世界に伍して戦えるようAI・デジタル技術を積極的に活用して業務の効率化を進める。特に日本の勝ち筋のある領域における生産性向上を重点的に行う。また、従業員のスキルアップを支援し、より創造的な業務への人材シフトを推進することで付加価値を最大化。
政府への期待
自律的に働く人の働きがいを高めるため、裁量労働制の要件緩和や利便性向上など労働時間法制を見直す。
多様な人材が活躍できるよう、フレックスタイム制の適用拡大や育児・介護等との両立支援制度を拡充。
労働移動を阻害する制度的障壁を見直し、成長産業への労働移動の促進に向けたリスキリング支援制度の利用拡大およびセーフティーネットの整備を推進。
産業全体の付加価値労働生産性の向上のため、戦略的な企業間協調を積極的に支援。