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Policy(提言・報告書)  科学技術、情報通信、知財政策 バイオトランスフォーメーション(BX)戦略 ~ BX for Sustainable Future ~

2023年3月14
一般社団法人 日本経済団体連合会

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<第1部>
Ⅰ.はじめに

近年急速に進んだゲノム解読の高速化・低コスト化、ゲノム編集の技術革新、バイオとAIなどデジタル技術との融合等を背景に、バイオテクノロジーが広範な産業の基盤を支えるバイオエコノミー社会の到来が、現実味を帯びてきた。

バイオテクノロジーの進化は、環境破壊や資源制約といった社会課題の解決と、持続可能な経済成長を両輪で実現し、社会のあり方そのものを大きく変革する、すなわち、バイオトランスフォーメーション(以下、「BX」)をもたらす可能性を秘めている。デジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」)による社会の変化を考えるとわかりやすい。近年、DXは、デジタルテクノロジーというツールによって、IT企業に留まらず、さまざまな業種の製品・サービスやビジネスモデルを変革し、社会や国民生活に大きな変化をもたらした。BXも同様である。急速に進歩したバイオテクノロジーというツールの活用によってもたらされるインパクトは、特定のバイオテクノロジーを有する企業だけでなく、さまざまな業種の製品の研究開発の方法、原材料や製造方法、資源循環などビジネスモデルを変革し、その結果、産業構造の転換をもたらし、社会全体の資源・エネルギーや食糧の確保・利用のあり方をも抜本的に変える可能性を有する。第4次産業革命と呼ばれたDXに続く、第5次産業革命と言われる所以である。

経済協力開発機構(OECD)は、OECD加盟国のバイオテクノロジー産業は2030年には200兆円規模になると予想している#1。米国では2022年にバイデン政権が、大統領令ならびに同大統領令実行のためのイニシアチブに関するファクトシートにおいて、2030年までに製造業の3分の1がバイオものづくりによって置換される可能性を述べ、世界生産量ベースで30兆ドルの市場規模に拡大すると予測した#2

その他の主要各国でも、経済成長に加えて安全保障の面からもBXの重要性を認識し、その実現に向けてスケジュールを明確にした国家戦略を策定するなど取り組みを加速させている。わが国も、政府が2019年から「バイオ戦略」を策定し、戦略の見直し・更新を行いながら、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標に掲げている#3。また、昨年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)」において、国益に直結する科学技術分野として、量子、AIと並んで、バイオものづくり、再生・細胞医療・遺伝子治療等のバイオテクノロジー・医療分野を取り上げた#4

一方、バイオテクノロジーの活用には課題も残されている。そのひとつがバイオテクノロジーを活用して生産した製品は既存製品と比べて高コストであり、市場競争力が低い、あるいは当該製品が浸透する市場が十分に形成されていないことである。BXを画餅にせぬよう、産業界や政府ならびに国民は、これらの課題に対してどのように向き合うべきか、答えを出す必要がある。

経団連は、このような流れを受け、2022年6月にバイオエコノミー委員会を立ち上げ、政府関係者や有識者らと意見交換を重ねてきた。そしてここに、BXでわが国が目指すべき姿と実現に向けた戦略、具体的な施策を提言すると共に、経済界として様々なステークホルダーと連携して取り組む決意と挑戦を宣言する。

Ⅱ.目指す姿

BXを支えるバイオテクノロジーは適用分野が多様ですそ野が非常に広い。その適用分野によって5つの色で分類することができる。すなわち、バイオ素材やバイオ燃料など工業・エネルギー分野の「ホワイトバイオ」、高収量作物や森林資源の有効活用など食糧・植物分野の「グリーンバイオ」、再生・細胞医療や遺伝子治療など医療・健康分野の「レッドバイオ」、海洋資源保全やCO2吸収藻類など海洋分野の「ブルーバイオ」、廃棄物再利用や環境浄化など環境分野の「グレーバイオ」である。各分野で期待される社会課題の解決の例として、以下のようなものが挙げられる。

<ホワイトバイオ(工業・エネルギー)>

地球温暖化や資源制約といった環境問題に対する解決策として、化石資源を使わず、バイオマス#5の活用や高度に機能改変した微生物などを活用するモノづくり(バイオモノづくり)に大きな期待が寄せられている。バイオものづくりでは、原材料およびエネルギー源としての化石資源の使用削減とともに、化学プロセスに比べ穏やかな条件でのモノづくりや空気中のCO2を原料とするモノづくりなど、温室効果ガスの排出量削減を可能にする。また、環境汚染の要因となっているプラスチックは、バイオの力で生分解性さらには海洋生分解性プラスチックとすることで、土壌や海洋で分解され、汚染の低減につなげることができると期待されている。

<グリーンバイオ(食糧・植物)>

遺伝子改変技術を用いることによって、農作物の収穫量を増やしたり栄養価を高めたりする品種改良を従来の手法と比べて短期間で行うことが可能となる。また、大豆などの植物性たんぱく質や人工合成たんぱく質を使った代替肉、昆虫食や動物細胞を培養して作った培養肉など、代替タンパク質の効率的な生産も開発が進む。これらは、世界人口の増加や気候変動の影響による食糧生産・供給の不安定化に対する解決策となり得る。よりおいしく、より健康に良いといった個々人のニーズに応じた高品質の食品を提供できる。また、わが国が豊富に有する資源のひとつである森林資源を有効利用することは、資源の自給率向上や脱化石資源の推進につながる。

<レッドバイオ(医療・健康)>

生きた細胞を用いて、損なわれた身体機能の回復や病気の状態の改善を目指す再生・細胞医療や、細胞の中にある遺伝子を補充あるいは調節して病気の回復を目指す遺伝子治療といった新たな技術を用いて開発される治療法(再生医療等製品)によって、難病を含む既存の医薬品では治療が困難な病気で苦しむ患者に新たな治療選択肢を提供し、人々の健康に貢献できる。また、コロナワクチンで実証された、新興感染症発生時に短期間でワクチンや医薬品の開発・製造・供給を可能にしたケースは、まさにレッドバイオが貢献した好事例である。

<ブルーバイオ(海洋)>

世界第6位の排他的経済水域を有し、豊富な海洋資源を持つわが国では、海洋分野におけるバイオテクノロジーの活用に対する期待も大きい。品種改良により、魚介類の飼料効率を高めたり、より肉厚にしたりすることで、海洋由来の食料課題解決に取り組む。また、CO2固定量や油脂生産量を高めた海藻類をエネルギー源として利用したり、海洋生物による有用物質の生産を高めたりできる。

<グレーバイオ(環境)>

排水処理に最適な微生物の利用により、汚泥の焼却処理量と排水処理に伴う温室効果ガスの排出量を削減できる。微生物を利用した汚染土壌の浄化は、低コストかつ環境負荷が低い処理技術として期待されている。菌根菌#6による土中への炭素固定による土壌の肥沃化により、カーボンニュートラルの実現と食料問題の解決に向けた研究も進む。循環資源の効率的な収集、再資源化の拡大にも取り組む。

このように、バイオテクノロジーは幅広い分野に適用され、化石資源に依存した経済発展から脱却し、地球温暖化や資源不足、食糧危機、海洋汚染、難病・新興感染症といった地球規模の社会課題に対して、これまでの延長上にない、新たなソリューションをもたらす可能性を秘めている。したがって、BXで目指すべき社会は、最新のバイオテクノロジーの活用によって世界が直面する様々な課題の克服が進んだ、持続的で再生可能性のある循環型の経済社会である。これは、かねてより経団連が提唱しているSociety 5.0 for SDGs、すなわち、不断のイノベーションと新たなビジネスの創出により社会課題の解決と経済成長の両立を成し遂げる世界そのものである。

経団連は、わが国がバイオテクノロジーの適用分野に積極的に投資し、社会実装を進めることを促し、BXを他国に先駆けていち早く実現することを目指す。さらには、これをグローバルに展開することにより世界の社会課題の解決に貢献するとともに、バイオ産業をわが国の成長を牽引する基幹産業に位置付けていく。

目指す姿

Ⅲ.5つの戦略

5つの戦略

BXの実現は、他国に先駆けて達成することが肝要である。BXの実現に必要な人材・技術・資金・情報といった資源は、その取り組みを積極的に進めようとする国や地域に集まりやすく、そのこと自体がさらなる資源を呼び込むといった好循環を生むからである。取り組みが先行していれば、さまざまなルール形成をリードすることもできる。つまり、圧倒的な先行者利益が存在する。

バイオエコノミーの概念や戦略の策定は、確かに欧米諸国が先行していることを否めない。しかし、バイオテクノロジーの社会実装という点では、各国とも模索段階であり、先行する欧米と比べてもまだ挽回可能である。わが国は、医療分野では、世界でも数少ない継続的に創薬ができる国であり、再生医療分野ではiPS細胞の応用研究が進み、バイオものづくりでは海洋性分解バイオプラスチックや微生物からの繊維など特色のある製品を開発するなど、世界に誇れるバイオ分野での研究開発能力がある。また、バイオは知的集約型でありかつ生産でも創意工夫が必要とされ、日本が得意としてきたモノづくりで世界に伍していける貴重な分野である。さらに、国内に存在する未利用資源の活用が図れるなど、資源が少ない日本でも国内供給力を高めることができる分野でもある。だからこそ、産業界や政府、アカデミア、国民が一体となって、“スピード感”を持って取り組みを進めることが何より重要である。

そこで、経団連は、「5つの戦略」を提言し、その実行に経済界が積極的に役割を果たすことを宣言する。バイオを通じた新たな価値創出を行い、ニーズあるところに届け、グローバルに普及させることが、世界規模の社会課題を解決する。その際、提供する価値が安定的に創出され、価値が適切に評価されるような取り組みが必要となる。さらに、冒頭で述べたように、バイオの貢献領域が多岐にわたることから、多数の施策のベクトルを揃え、目指す姿の実現に向けてステークホルダーの歩みを一にするための機能が求められる。

戦略① バイオで価値を創造する ~エコシステムの構築

世界中の人材・技術・資金・情報が集まり、各プレイヤーが有機的につながる中で異分野融合が進み、大企業とスタートアップが躍動するエコシステムの構築を目指す

バイオの世界では、研究開発の複雑化・高度化が進み、製造にも膨大な初期投資が必要とされる。また、モノづくりの上流部では、AIやロボットなどの新規技術の導入、下流部では培養技術の高度化などが進展すると予想される。そのため、バリューチェーンの各段階に応じた専門技術の活用や設備投資が必要になり、今後ますます水平分業化が進むと考えられる。また、テクノロジーの進化が日進月歩であり、適用分野の裾野も広いバイオの世界では、イノベーションを絶え間なく創出していくうえで異分野融合が欠かせない。水平分業化や異分野融合を推し進めるために、さまざまなプレイヤーが有機的につながるエコシステムの構築が重要である。

とりわけ、革新的技術やビジネスモデルを通じ、エコシステムにおけるイノベーション創出の原動力となるスタートアップの振興がエコシステム構築のカギである。海外では、ボストン・ケンブリッジ周辺をはじめとした大規模なクラスターが存在し、世界中から人材・技術・資金・情報を集めており、世界的な成功を収めるスタートアップも数多く生まれている。わが国では政府が全国各地のコミュニティに対して認定を行い、各地のコミュニティが中心となってエコシステム構築やバイオ産業活性化策を展開している#7が、発展途上であり、諸外国と比べて存在感は薄い。

シーズ創出から事業化・生産までの流れをシームレスにつなぐバリューチェーンの構築を可能とするバイオコミュニティを、産学官が一体となり強化していく必要がある。MassBio(ボストン)#8やBiocom(サンディエゴ)#9など海外のバイオコミュニティでは、「コミュニティビルダー」と呼ばれる組織・人が、コミュニティ内の産学官のプレイヤーを有機的につなげる仕組みをつくるなど、エコシステム形成の強化において大きな役割を担っている。わが国でも、各バイオコミュニティ事務局を中心に体制を整備していく必要がある。

また、政府はバイオコミュニティに対し単なる認定にとどまらず、地元自治体とともに、長期にわたるコミットメントと、財政的支援のほか、特区なども活用した必要な規制・制度改革の迅速な推進、国立研究開発法人の拠点設置・人員の継続派遣、海外展開支援などを措置すべきである。その際、安易にひとつの成功事例を横展開して類似のバイオコミュニティ創出を図るのでは、個々のバイオコミュニティの競争優位が阻害されるおそれがある。各地域の強みを活かして、他にはない唯一無二のバイオコミュニティの確立を目指して継続的に支援することが重要である。

経団連は、政府やアカデミア、各地のバイオコミュニティとの連携を強化するとともに、「スタートアップ躍進ビジョン」#10で掲げたスタートアップ振興施策を着実に実行していく。すなわち、大企業とスタートアップとの連携において、これまで主流であったコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)によるマイナー出資に拘らず、大企業が有する人材や技術、情報などのリソースのスタートアップへの開放や協業機会および場の提供、スタートアップのM&Aによる新たな基幹事業の確立、社内ベンチャーからのカーブアウト、スピンオフなどの取り組みを加速し、大企業とスタートアップがそれぞれの強みを活かして価値を協創するエコシステムを実現する。

戦略② バイオで国民のくらしを守る ~経済安全保障の確保

最先端の科学技術の発展を図るとともに、同盟国・友好国と協力し、バイオ原材料の安定的な確保やバイオ製品の生産設備の増強、高度人材の育成・活躍促進に向けた取り組みを強化する

最先端の科学技術は経済発展の基盤であると同時に国民の命と暮らしを守る基盤でもある。殊にバイオは、医薬品・食料・地球環境といった国民の生命・健康に直結する技術分野であり、わが国の経済安全保障を確固たるものとするうえで、極めて重要である。米国では国防総省の内部部局である国防高等研究計画局(DARPA)を通じて、国防予算から最先端の科学技術への支援が行われている。わが国においても、初期においては特に目利き能力の不足などからベンチャーキャピタル(VC)の投資が得られにくいバイオをはじめとしたディープテック分野については、DARPAの支援方法を参考に、多くの最先端技術に対し、少額から段階的に予算をつけるべきである。

一方、バイオ製品の生産に必要な原材料は、国際的な獲得競争が既に起き始めている。わが国は植物原材料や医薬品原材料などバイオ製品の製造に必要な原材料の多くを海外からの輸入に依存しており、原材料の安定的な確保は喫緊の課題である。また、原材料だけでなく、国内でのバイオ製品の生産設備の増強・維持も合わせて求められる。ロシアによるウクライナ侵攻で世界的な穀物不足に陥ったことは記憶に新しい。新型コロナ流行時の各国による医療関係物資の輸出制限措置で再認識されたように、原材料のみならず、ワクチンや治療薬のようなバイオ製品も海外依存が強まることは経済安全保障上の大きなリスクであり、国内生産基盤の強化が急がれる。なお、バイオ原材料やバイオ製品の生産能力の拡大に伴い、製造を担う専門人材の不足が問題となる。人材育成は一朝一夕にはできないため、高度化するバイオ生産技術やGMP対応#11、設備機能へ対応が可能な人材の育成を早急に取り組む必要がある。

経団連は、わが国の経済安全保障を確固たるものとするために、バイオ原材料の安定的な確保や、バイオ製品の生産設備の増強・維持に向けた取り組みを強化する。また、バイオ専門人材の育成・活躍促進のため、高等専門学校との連携など産学官による専門人材の育成事業の強化や人材流動の促進に向けた支援について関係各所との議論を積極的に行う。

戦略③ バイオで世界に打って出る ~グローバルなルール形成

バイオの有効活用を通じたイノベーションの創出と社会実装、国際展開に向け、レベルプレイングフィールドの実現とグローバルなルール形成を働きかける

バイオテクノロジーの急速な進歩を活用してイノベーションを創出し、新たなビジネスを世界で展開していくためには、レベルプレイングフィールドの確保が重要である。科学技術の進歩に追いついていない国内の規制・制度を早急に見直すべきである。また、自国の産業の国際競争力強化を念頭に置いたグローバルなルール形成が肝心であり、自らがルールメーカーにならなければならない。世界各国がバイオの覇権を握るべく鎬を削る中、ルール形成や国際標準化の動きに戦略的に対応する必要がある。国際的なルール形成やグローバル市場での競争に打ち勝つためには、技術力を基盤としつつ、外交力としての交渉力、政治力、情報収集・発信力、資金力、人材力などを意識的に強化する必要がある。

例えば、DSI(Digital Sequence Information on Genetic Resources)は無体物である配列情報であることから、本来金銭的利益配分の対象にはすべきでないにも関わらず、先に開催されたCOP15において、DSIからの利益配分が採択に盛り込まれるという政治的な決着が行われた。次回COP16に向け、利益配分の具体的な方法、およびDSIの定義や利用の範囲等について議論されることから、日本の国益確保に向けた十分な戦略的な対応が求められる。

経団連は、後述の第二部に掲げたような規制制度上の課題について、政府に働きかけて解決を図っていく。併せて、国際的なルール形成にわが国企業の意見が反映されるよう政府と緊密に連携して取り組んでいく。

戦略④ バイオを国の重要課題に ~司令塔による政策の一元化

国家戦略の策定と振興施策の一元的遂行を担う政府司令塔組織とともに、産業界も幅広い業種のビジネスモデルを変え産業構造の転換をもたらすBXに向き合い、各ステークホルダーがベクトルを合わせて取り組む

バイオテクノロジーは適用分野が多様ですそ野が非常に広く、既存の業種の枠を超えた取り組みも多い。しかし、これまでのわが国のバイオに関する政策は、各省庁のそれぞれの所管業種の枠のなかでバラバラに手当してきた感が否めない。わが国の国家としてバイオ関連の戦略・施策は、2002年のバイオテクノロジー戦略大綱に端を発するものの、政府全体での実行状況の把握・点検・見直しの取り組みがなく、関係府省がそれぞれの立場で取り組みを推進したが故に、20年を経て諸外国に劣後してしまったという背景がある。そのような中、産業界側も政府との連携において、BXの実現という長期的な目標に基づいたアプローチが十分出来ていなかった。そこで、政府内にバイオ振興施策を一元的に遂行する司令塔機能を持った組織の設置を求める。バイオを国の重要課題と位置づけ、政府内の司令塔機能を持った組織が、各省庁間ならびに地方行政とも連携のうえ、産業界ともベクトルを合わせて取り組む必要がある。さらに、バイオ分野振興の原動力となる(ディープテック系の)スタートアップ等の成長には時間を要するため、政府の施策においては、単年度予算ではなく、基金等の手当によって複数年にわたる安定的な予算を確保し柔軟に運用できる等、バイオ分野に適した設計を改めて検討し、中長期的な支援事業の更なる拡大を求める。

バイオテクノロジーは、「Ⅰ.はじめに」でも述べたとおり、幅広い業種のビジネスモデルを変え、産業構造の転換をもたらし、社会全体の資源・エネルギー、食糧などの確保・利用方法を大きく変える可能性がある。その過程で既存の市場が破壊され、存続の危機に晒されるプレイヤーが生じる可能性も否定できない。しかしながら、世界的にますます高まる地球環境問題への対応の要請や、わが国が直面する資源・エネルギー問題、食糧安全保障の問題などに鑑みると、BXは避けて通れない変革と言わざるを得ない。大所高所の観点からBXの戦略を策定し、できる限り円滑に変革を進めていく手腕が、政府には求められる。その過程では多様なステークホルダーによる議論が必要となろう。難しい問題も多いが、経済界も積極的に議論に参画していく。

戦略⑤ バイオを社会全体で応援する ~国民理解の醸成

国民からバイオの価値が正しく認知されて受容されるよう、丁寧な説明と理解を得る取り組みを積極的に行う

バイオ製品を広く普及させ市場を形成していくためには、バイオ製品の付加価値と長期的に得られるコスト削減効果を国民が正しく理解した上で受容することが必要である。

経団連は、政府と連携し、国民に対してその付加価値と効果を丁寧に説明し理解を得る取り組みを、これまで以上に積極的に行う。具体的には、第一に、バイオ製品が、私たちの日々の暮らしや地球環境にもたらすメリットを可視化して示す。第二に、ゲノム編集技術のような新しい技術が登場した際の、主には安全性に対する不安や懸念について、積極的な情報公開や議論を重ねることで払拭していく。第三に、バイオ由来製品は、従来の製品と比べて短期的にはコスト負担が増加するものの、中長期的にはトータルで便益が上回り、高い価値が享受できることを伝え、そのメリットとのバランスの中で納得を求めていく。コスト競争力に関しては、産業界による技術革新を急ぐとともに、それを後押しする政策として、バイオ製品の生産と利用へのインセンティブや、国産原料やエネルギー生産に対する保護育成に対する補助制度を検討すべきである。

Ⅳ.おわりに

本提言では、BXの実現に向けて、わが国が目指すべき姿と課題、経団連の決意を示した。BXは、社会課題の解決と経済成長を両立させ、Society 5.0 for SDGsを実現する可能性を有するものとして、経団連としても大いに期待し、活動の柱に据えて推進していく。

一方、BXを実装するうえでは、規制・制度面、環境面などで解決すべき課題も多い。スピード感のあるBX実装のために、早急にとるべき施策の一例を、本提言の第2部に列挙する。

産業界においても、BXの過程で既存のビジネスモデルからの転換を迫られる産業や企業、事業部門もあり、それへの対応は決して平たんな道のりではないだろう。それでも、DXと同様、世界的なBXの波はすでにわが国にも押し寄せている。この波から目を背けることなく、むしろわが国が直面する社会課題の解決に積極的に活用していくことこそが、Society 5.0 for SDGsを標榜するわが国が選択すべき道である。

経団連は、BXの実現に向けた諸課題に正面から向き合い、関連する業界や政府、地方公共団体等と連携しながら、スピード感を持って解決にあたり、BX推進に注力する所存である。

<第2部>
各分野の必要な施策

バイオテクノロジーの急速な進歩を活用してイノベーションを創出し、新たなビジネスを世界で展開していくために、他国と比べて劣後する、あるいは、科学技術の発展を阻害する国内の規制・制度は、早急な見直しが必要である。また、その社会実装に向けて戦略的かつ積極的な支援策が求められている。そのような観点から各分野の必要な施策を示す。

1.ホワイトバイオ(工業・エネルギー)
(1)未利用バイオマスやCO2の利用に対する支援

「バイオものづくり革命推進事業」による取り組みを踏まえ、これまで効率的に利用されてこなかったバイオマスをものづくりの原料として活用するために、国の支援が必要である。食用ではなく、ものづくり原料向けに限定した資源作物の開発も推進すべきである。

また、土地が少ないわが国の場合、植物原材料の増産に代わる解決策として、CO2の有効利用(直接利用)に関する新規技術開発を国として支援することも重要である。早期の社会実装に向けて、政府が進める「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクト#12を着実に実行していくことを期待する。

(2)国・自治体によるバイオ化学品の優先調達の推進

バイオ化学品は、既存の石油由来製品と比較するとコスト的に不利であることが普及の足枷となっている。米国をベンチマークとして、まずは国や自治体が率先してバイオ化学品を購入するような法整備を行うべきである。

(3)バイオナフサの開発支援

マスバランス方式#13を用いれば、既存の石油コンビナートにバイオナフサを投入することで、得られた製品がバイオマス由来品とみなされる。もし安価で十分量のバイオナフサがあれば、国内の石油化学メーカーは新たな設備投資無しに、バイオ化学品を製造することができる。しかし現状においては、バイオナフサは主に廃油から作られており、市場で競争力を持つ製品として投入されるためには資源の効率的な確保も必要となり、価格的にも量的にも不十分である。これを解決することによって、バイオ化学品の普及を加速させることが可能となる。

(4)バイオマス発電の促進

日本は、2019年度のバイオマス発電の発電量約262億kWhを2030年までに約328億kWhまで引き上げることを目標にしており、一層の促進が必要である。しかしながら、現状は大型のバイオマス発電の原料は海外からの輸入に多くを依存している状況である。今後は、国内に点在する未利用なバイオマスを収集・運搬・活用できるような仕組みづくりを進め、バイオマス発電さらにバイオものづくりの原料にも活用できるようにすべきである。

2.グリーンバイオ(食糧・植物)
(1)遺伝子改変技術を用いた食品等の規制(申請・表示)の見直し

遺伝子改変技術を用いた食品等に対する規制のうち、微生物等を用いて製造され、最終製品が高度に精製された低分子の食品等の高度精製品は、食品衛生法に関連する「食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)」ならびに食品安全委員会「遺伝子組換え食品(微生物)の安全性評価基準」による規制の対象外とする検討を行うべきである。遺伝子改変技術は伝統的育種に比べ目的外の遺伝子配列変異の発生を抑えられるという観点から、伝統的育種の技術よりも健康や安全性に関する懸念が増加するとの根拠は希薄である。また、遺伝子改変技術の利用が、健康や安全に悪影響を与えたとの事例は知られておらず、国内規制の開始から20年近くが経過した現在は規制緩和を検討するにふさわしいタイミングである。

さらに、現状では、高度精製品については遺伝子改変技術の使用有無を最終製品から客観的に証明することが困難であるため、製品の適法性監視が不十分になる一方、制度をよく知り正しく法規制対応する国内企業が負担を抱えている。日本国内の規制ハードルが高いことで、新規健康食品成分による新規市場開拓の魅力が低下し、諸外国の発展に後れを取っている。遺伝子改変技術を用いたかどうかの検出が困難な高度精製品を規制の対象外とし、伝統的な育種によって得られた生物を用いて製造された食品等と同じ扱い(事業者は食品安全法や食品衛生法に則り、食品品質と安全性を保証する)とすべきである。規制を見直すことで、健康食品市場の拡大にも寄与する。

(2)食品以外のゲノム編集等遺伝子改変に関するルール・認証制度の整備

脱化石燃料と食料生産効率向上に貢献する食品以外の遺伝子改変技術(効果の高い微生物肥料や土壌改良微生物、植物病害防除に資する生物資材などの開発等)の産業利用について、国、並びに業界全体が主導するルールや認証制度を設けるべきである。

微生物等の天然由来の生物機能をゲノム編集技術等により活用することで、農作物そのものへの遺伝子改変を行わずとも、農業生産効率を大幅に向上できる新しい技術が開発されつつある。しかしながら、現状ではこれらの技術の産業利用についての明確なルールや認証制度が整備されていない。現行の法令上では利用は問題ないものの、間接的とはいえ食品に関連する技術であるため、風評対応含め、社会受容性の獲得のためにクリアすべき要項がグレーゾーンとなっており開発企業にとってのリスク因子となっている。遺伝子改変の内訳や利用の方法について使用可/不可のラインを設けつつ、それをクリアしている技術については公的な認証を与える等の制度が実現できれば、食料安定生産に資する最新技術の社会実装が飛躍的に加速されると期待できる。

昨今の化学肥料価格の高騰など、食料安定生産に関する諸問題の解決には技術革新が必須であり、この領域におけるルール整備は技術革新を大きく後押しする。また、普及促進のために整備したルールは、日本発の技術を海外で普及させるための仕掛け作りにもなり、日本発の新産業をグローバルに拡大させ、社会に新技術を還元させることにつながる。

(3)培養細胞、精密発酵技術を食品へ応用する際のルールの明確化

培養細胞、精密発酵技術を用いて製造された食品(以下、細胞培養・精密発酵食品)が、遺伝子組換え食品に該当しないことを明確にすべきである。細胞培養技術、精密発酵技術といった新技術の食品への応用を推進、定着させることは、食糧輸入国であるわが国における食糧安全保障の確立や、サステイナビリティ推進の観点から大変重要である。一方、消費者の間には遺伝子組換え食品を受け入れることに対する抵抗感が根強い。もし本来遺伝子組換え食品とみなされるべきではない細胞培養・精密発酵食品が遺伝子組換え品に分類された場合、市場への浸透が懸念される。これらが遺伝子組換え食品に該当しないことを明確にすることにより、消費者の不安を取り除き市場への浸透が期待できる。これに伴って、新技術を導入した食品に対する消費者へのコミュニケーション浸透を図るための広報・PR戦略も、産官学を挙げて積極的に推進する必要がある。

上記に加え、細胞培養・精密発酵食品の安全性を確認する方法及び合理的な判定基準を確立すべきである。細胞培養・精密発酵食品は、これまで食品に応用されたことのない技術を用いているため、安全性の基準を新たに設定しなければならない。例えば、培地成分(及び合理的に最終製品に混在する可能性があると考えられる成分)が最終製品に残存していないこと(検出限界以下であること)などが、判定基準の具体的方法として考えられる。かかる安全性確認方法や判定基準を確立することで、細胞培養・精密発酵食品の安全性を合理的に担保し、当該食品の開発企業にも一定の負担軽減が期待できる。なお、関連行政組織による当該基準の策定に当たっては、シンガポールや米国などの関連食品関係法規を整備しつつある国々の当局と連携して推進すべきである。

(4)食薬区分に関する規制制度の改革

食薬区分に関して、食品と医薬品の中間に位置付けられるサプリメントの適用範囲を定めた新たな制度改革を行うべきである。日本の食薬区分は、通常の食経験に照らして安全性を担保する基本的考え方に基づいている。2000年代にいくつかの国内医薬品成分が海外の健康食品としての実績を利用する形で規制が緩和され、健康食品としての販売が認められることになったが、それ以降は同じような事例は続かず判断が困難かつ手続きのハードルも高いものとなっている。海外では医薬品と食品の中間のジャンルを規定しており(例えば米国のNDI#14など)、サプリメントとしての扱いが法的に認められている。日本においてもサプリメント法を制定し、一定の規制の下で安全に利用できる素材や成分を増やせば、医療費削減や健康寿命増進等に寄与できるものと考える。

(5)森林資源の利活用と循環の加速

資源の乏しいわが国において、森林資源をいかに有効に活用するかが重要である。現状は、木材の需要減に伴う生産効率の低下による高コスト化という悪循環に陥っているが、こうした状況を打開する様々な技術開発が進んでおり、苗生産~植林~利用まで捉えた森林資源循環の加速を図るべきである。特に、公立研究機関が長年かけて開発したエリートツリー等の成長や材質に優れた植林木は、例えば成長が1.5倍以上で花粉が50%以下という優れた特徴を持っており、エリートツリー等の採種園・採穂園整備を速やかに普及させる支援の枠組みをつくることで、植林から資源利用までの期間を大幅に短縮することが可能となる。これにより、森林資源の供給量の増加と低コスト化が図れるようになり、社会と国民に木質資源を原材料とする様々な製品の安定供給と、花粉症の低減というメリットをもたらす。

関連して、木造建築を増やすなど、木質由来製品を積極的に活用して都市を木質化することは、街を森にかえる、つまり森林と同様に都市にも炭素を貯蔵することになり、大気中の温室効果ガス量を削減し、地球温暖化の抑制につながる。そのため、中大規模の非住宅分野の建材としての使用における規制緩和や審査の合理化のほか、従来の建築分野に留まらない、プラスチック代替等の幅広い製品素材としての木質原材料の活用などを通じて、国産材の利活用を幅広く推進すべきであり、持続可能な木質資源由来の製品に対するインセンティブが求められる。これにより資源の自給率向上や脱化石資源の推進が可能となる。

(6)農業の基盤強化としての企業の参画

農業の持続可能性を担保し、効率的な経営を実践し、多様な担い手を確保するためには、企業による農地所有の全面的な容認、過半未満に制限されている企業による農地所有適格法人への出資規制の緩和等、農地法をはじめとする農業関連法制度を抜本的に再構築し、高い技術、資金力、経営ノウハウを持った経営体が活躍し得る制度を確立すべきである。こうした参入障壁の緩和にあたっては、企業を含め、多様な経営体が相互に連携、協同、共存を図ることが可能となるよう、信頼関係を構築しながら進める必要がある。

3.レッドバイオ(医療・健康)
(1)再生医療等製品等における法規制の国際調和

日本の医薬品医療機器法上の再生医療等製品の区分は、米国にも欧州にもない日本独自の区分であり、「細胞・組織加工製品」、「再生医療製品」、「組織工学製品」、「組織治療薬」の他、「遺伝子治療用製品」や最近では治療用の「mRNA製品」まで再生医療等製品に含まれている。これらの製品の性質等に違いがあるものの、再生医療等製品の同じ区分に括られ、治験、申請、副作用情報の収集等で同様の方法による実施を求められるため、世界同時開発の際に日米欧の間のギャップが顕在化し始めている。そのため、日本の再生医療等製品に区分される医薬品が欧米でどのように薬事的に取り扱われているのかを理解し、日本も「再生医療等製品」の中を細分化(例えば、医療機器的なものと医薬品的なものに分ける)などして整理すべきである。

また、カルタヘナ法において、審査期間短縮等の取り組みは進むものの、今後さらに有用性が増すと予想される遺伝子治療等の開発の促進に向けて、実情に合わせた更なる運用改善を官民一体となって取り組むことが求められる。加えて、生物由来原料基準については、原材料の遡りに関する考え方など国際的な整合性に齟齬が発生するリスクも内包している状況にある。これら法規制の国際調和の推進によって、バイオ医薬品や再生医療等製品の研究開発における日本の国際的競争力の向上につながり、いち早く国民が革新的な医薬品へアクセスすることが可能となる。

(2)創薬ベンチャー支援事業の機動性強化

政府における創薬ベンチャー育成支援の対象範囲を、非臨床試験、臨床試験などの開発段階にあるスタートアップだけでなく、再生医療等製品の研究開発のサポート事業を実施するスタートアップにも拡大すべきである。これまでの医薬品とは異なり、再生医療等製品の研究開発においては、細胞培養加工、製造、物流などが水平分業型で実施される産業構造となっており、多様な産業との連携が不可欠である。また、創薬ベンチャーの成長には、多くの困難な状況に対して、限られたリソースを効果的に配分する必要があり、臨機応変な意思決定が求められる。このような特性に合わせて、創薬ベンチャーの評価方法については、厳格・短期的な目標管理は実施せず、VCによる一般的な創薬ベンチャー支援における手法を参考とした機動的な運用を追求すべきである。創薬ベンチャー支援事業の機動性のさらなる強化によって、再生・細胞医療・遺伝子治療の実用化が加速され、個人がより最適な医療を選択できる社会の実現につながる。

(3)バイオ医療を促進するための支援技術の強化と産業活動への包括的支援

再生・細胞医療・遺伝子治療という革新的な治療のさらなる社会普及を通じて、医薬産業の活性化を促進するためには、再生医療の製造開発を担うBio-manufacturing CDMO(医薬品受託開発製造企業)#15の強化が急務である。従来の低分子化合物や抗体などの生物製剤と比較して、再生医療等製品では均質な製品規格の設定や安定供給可能な製法開発などの技術的難易度が極めて高く、製造・開発への設備・人的投資が極めて重要になる。さらに、再生医療領域では近年ベンチャー企業などが新薬開発の主な担い手のため水平分業型の事業推進が必須であり、製造開発の委託先として高い専門性と技術力を有する専属受託機関であるBio-manufacturing CDMOの成熟が不可欠である。がん免疫細胞療法製品をはじめ再生医療等製品の上市や研究開発が進む欧米では、グローバルBiomanufacturing CDMOが製薬企業からの製造受託だけでなく、ベンチャー企業やアカデミアと共にエコシステムを形成してその製造開発のインフラを担っているが、わが国では十分な競争力のあるBiomanufacturing CDMOが育っているとはいい難い。不足している抗体製造能力も含めて、Bio-manufacturing CDMOの強化を通じて日本の高い技術力を産業に還元し、大手製薬企業だけでなくベンチャー企業由来の再生医療等製品を上市に結び付けることで、国民への革新的治療の提供とともに競争力のある医薬産業市場を醸成することが可能となる。

(4)再生医療等製品の価値や特徴を評価する新たな価格算定方式の導入

再生医療等製品について、その価値や特徴を評価し、価格に反映できる新たな算定方式を導入すべきである。現行の価格算定方式では、再生医療等製品に特有の製造・流通コストや、少ない投与回数で長期に亘って効果が期待されるといった製品ごとの価値等が適切に評価できない仕組みである。そのため、企業は再生医療等製品を開発しても、投資の十分な回収が困難な構造となっている。また、日本市場の魅力が海外と比して相対的に低下し、日本での製品開発が後回しになることで、欧米で使用されている製品が日本では使用できない状況も起こりつつある。再生医療等製品の価値や特徴を評価できる新たな価格算定方式の導入により、企業にとって開発した製品の将来の収益性の見通しが立つことで、新たな研究開発投資が可能となる。こうした開発のサイクルが回ることで、国民は革新的な治療法への継続的なアクセスが可能となる。

(5)全ゲノム解析等実行計画の加速推進

政府において策定された「全ゲノム解析等実行計画」については、海外で進んでいるゲノム医療の取り組み#16にこれ以上遅れないよう、事業実施組織を整備し、早急に利活用を推進すべきである。加えて、ゲノム情報の収集や基盤整備を戦略的かつ継続的に実施できる国際競争力のある情報基盤の構築に向けて、現在のような単年度の予算ではなく、基金等の手当によって複数年にわたる安定的な予算を確保すべきである。国の機関が管理する公共的な組織のもと、収集されたゲノム情報が公共財としてさまざまな主体の研究開発によって新しい知見・技術や診断・治療法が創出され、全ゲノム解析等の結果を日常診療へ導入するとともに、質の高い情報基盤を構築して研究等を促進することで、継続的に国民へ質の高い医療を届けることが可能となる。

(6)治験実施環境の整備

被験者が医療機関に来院して実施する従来の治験の手法に加えて、オンライン診療やデジタルデバイスなどを活用し、被験者が医療機関に来院せず、自宅等にいながら必要な診療や評価・検査を実施できる治験(以下、DCT)#17の手法の普及が求められる。DCTの手法に関する規制当局の見解が明文化されていないことや、治験データの保存・管理などDCTを実施するために必要なITインフラの整備が十分ではないといった課題がある。

また、わが国で国際競争力を持って治験を進めていくためには、がんの治験のように患者を対象としたファーストインヒューマン(FIH)#18に対応できる施設のさらなる整備も求められる。現状、国内でFIHに対応できる医療機関が限られており、治験コストも他国と比べて高額化しているという指摘もある。わが国の治験実施環境向上のため、FIHに特化した臨床研究医療機関の新設も検討すべきである。

加えて、医薬品の承認申請におけるリアルワールドデータ(RWD)活用のさらなる推進が求められる。患者数が少なく、無作為化比較試験が困難な希少疾患患者を対象とした治験において、RWDが有効性や安全性の比較データとして有用であるため、産業界は引き続き積極的な活用を推進するともに、利便性の高いデータベース構築など産官学一体となって取り組みを加速すべきである。世界各国が治験実施の環境整備に関するさまざまな施策を進める中、わが国の治験環境の改善が進まない状況が続けば、将来的に国際共同治験参入の障壁になり、国民の革新的な医療へのアクセスが阻害されかねない。

4.ブルーバイオ(海洋)
(1)藻類等のCO2貯留としての活用

日本沿岸の藻場(もば)、干潟、マングローブ林などの生態系は高いCO2吸収能力を持つため、新たなCO2貯留方法として注目されている。日本では海藻を古くから食料として利用しているために、養殖等の技術開発も盛んである。これらの技術開発を促進し、積極的に活用して普及させるために、CO2の回収・貯留さらに食料やバイオマス資源の生産を支援する施策を講じるべきである。

(2)微細藻類由来製品の買取制度の導入

ブルーバイオである微細藻類は、光合成によりCO2から燃料や化成品に活用できるグリーンオイルや医薬品原料などの高付加価値物質などを生み出すことができるものの生産コストが高いことが現状の課題である。例えば、SAF(持続可能な航空燃料)#19製造技術に関しては、廃食油やバイオエタノール由来の製造技術が先行している状況であるが、これらの技術では原料確保といった課題がある。微細藻類を安価で安定的に大量培養する技術を確立することができれば、原料確保の課題が解決され、CO2削減が困難な航空機運航分野のCO2削減に貢献できる。微細藻類の低コスト化には、生産設備の大型化など微細藻類由来製品の普及拡大を進めることが重要であり、技術の黎明期においてはFIT(固定価格買取制度)#20や値差支援のような微細藻類由来の製品買取制度を導入すべきである。

5.グレーバイオ(環境)
(1)循環資源の効率的な収集、再資源化の拡大

わが国は、廃棄物処理法の規制のもと適正処理の徹底および3Rの推進への取り組みがなされてきたが、循環資源の収集や再資源化を一層効率的に行うにあたり幾つか課題が存在する。

まず、廃棄物処理法の規制により、地方公共団体ごとに許可を取得する必要があり、この許可取得にかかる労力と時間の負担のために、循環資源の十分な確保や再資源化が困難となっている。循環資源の効率的な収集や再資源化を進めるために、広域認定制度や再生利用認定制度の周知が求められる。これらの制度については、生活環境保全上の支障が生じるおそれがないことを前提として、活用が一層促進されるよう制度のあり方を検討すべきである。

また、廃棄物処理業や廃棄物処理施設設置にかかる地方公共団体等による許可制度をはじめ、廃棄物処理法に関する許可・認定の取得には、時間がかかるとの指摘がある。社会実装を進めるための実証設備での試験研究にかかる地方公共団体等による許可制度も同様の指摘がある。地方公共団体、政府においては、廃棄物処理法等の目的を担保したうえで、デジタル技術の積極的活用などを通じて、審査項目の定型化や審査プロセスの見直しなど、審査の効率化を図り、事業者の許可・認定取得までの時間を短縮すべきである。

以上

<参考:企業の取り組み事例>

(PDF形式)


  1. OECD, "The Bioeconomy to 2030: designing a policy agenda"
    https://www.oecd.org/futures/long-termtechnologicalsocietalchallenges
    /thebioeconomyto2030designingapolicyagenda.htm
  2. THE WHITE HOUSE.FACT SHEET:
    President Biden to Launch a National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative
    https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/09/12/fact-sheet-president-biden-to-launch-a-national-biotechnology-and-biomanufacturing-initiative/
  3. 内閣府バイオ戦略
    https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/index.html
  4. 経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)
    https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/decision0607.html
  5. 生物資源(bio)の量(mass)を示す概念。動植物に由来する有機物である資源(化石資源を除く)
  6. 菌根を作って植物と共生する菌類のこと。例えば、森林の地上に発生するキノコは、多くが菌根菌。土壌中の糸状菌が、植物の根の表面または内部に着生したもの。
  7. 内閣府 バイオコミュニティ
    https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/bio_community_siryo.html
  8. MassBio
    https://www.massbio.org/about/
  9. Biocom
    https://www.biocom.org/about/
  10. 経団連 スタートアップ躍進ビジョン
    https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/024.html
  11. Good Manufacturing Practice(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)
  12. 経済産業省「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクト
    https://www.meti.go.jp/press/2022/10/20221027004/20221027004.html
  13. 複数の種類の原料(例:バイオマス原料等と化石燃料由来の原料など)により製品を製造した際に、特定の材料(例:バイオマス原料等)の投入量に応じ、製品の一部にその特性全てを割り当てる方式
  14. New Dietary Ingredients(新規ダイエタリーサプリメント成分)
  15. Contract Development and Manufacturing Organization
  16. 英国では2021年11月に20万人分の全ゲノム情報を網羅した「UK Biobank」、米国では2022年3月に10万人分の全ゲノム情報を網羅した「All of US」が公開されている
  17. Decentralized Clinical Trial(分散型臨床試験)
  18. 医薬品開発において、動物試験で安全性と有効性が確認された後、ヒトに初めて投与する段階の治験のこと
  19. Sustainable Aviation Fuel
  20. Feed-in Tariff

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