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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年10月19日 No.3335 (地球温暖化対策)カーボンプライシングに関する諸論点<4> -カーボンプライシング導入の妥当性/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学教授) 有馬純

カーボンプライシングに関する議論が再浮上し、関係各方面で検討が行われていることから、7回にわたり論点を解説している。
今号では日本におけるカーボンプライシング導入の妥当性について解説する。

■ カーボンプライシングを形成するエネルギー課税

日本におけるカーボンプライスの状況を考えてみよう。日本の明示的カーボンプライスとされる地球温暖化対策税はCO2排出量1トン当たり289円(289円/t―CO2、約3ドル)であり、「日本のカーボンプライスは非常に低い」という議論の根拠になっている。しかし地球温暖化対策税は石油石炭税の上乗せ部分であり、本則の部分の課税を含めた日本の化石燃料に賦課されている炭素税をCO2排出量1トン当たりで計算すると、石油が1068円/t―CO2、天然ガスが689円/t―CO2、石炭590円/t―CO2とEUと比べても遜色のない水準となっている。

石油石炭税の税収は、特定財源としてエネルギー対策特別会計に繰り入れられ、その相当部分がエネルギー源多角化、省エネルギー、温暖化対策に充当、活用されている。石油石炭税、地球温暖化対策税は、CO2発生源である化石燃料に上流課税し、その使用量を抑制する効果をもたらすと同時に、それを財源として、化石燃料の消費抑制(つまりCO2排出抑制)のための技術開発や投資を促進する政策を継続的に実施しているわけである。

さらにわが国にはエネルギー政策目的税以外の、一般財源化されている税(揮発油税、軽油引取税)や石油ガス税、航空機燃料税、電源開発促進税等、多種多様なエネルギー諸税が存在し、これらのエネルギー諸税全体の税収をエネルギー起源CO2排出量で割り戻すと約4000円/t―CO2となる。

エネルギー課税に加え、日本はこれまで温室効果ガス削減に効果のある種々の施策(「省エネ規制」「経団連環境自主行動計画(1997~2012年度)」「経団連低炭素社会実行計画(13年度~)」「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)」等)を講じており、そのためのコストが暗示的カーボンプライスを形成している(例えばFITの16年3月時点のCO2の削減費用は1トン当たり約50000円/t―CO2程度)。

■ 国際比較と問題点

OECDは「日本の産業部門の実効炭素価格は欧州に比して低い」としているが、この国際比較のなかで、産業部門、電力部門をEU―ETS(EU域内排出量取引制度)対象とした欧州では排出権価格がカウントされる一方、経団連環境自主行動計画、経団連低炭素社会実行計画を通じてこれら部門の削減努力を行っている日本については、そうしたコストが考慮されていない。これではイコールフッティングの比較になっていない。

加えて、国内に資源を有さない日本のエネルギー価格は他国に比して高レベルであることを忘れてはならない。各経済主体(企業、家計)のエネルギー消費の判断材料となるのは、明示的・暗示的に上乗せされた部分のみではなく、そうした政策がないもとでのエネルギー価格を含めたエネルギーコスト全体である。このため、カーボンプライシングを検討するにあたっては、政策的介入による明示的・暗示的カーボンプライシングの高低のみならず、最終的な消費者におけるエネルギー価格全体の国際的位置づけを把握しなければならない。

産業用電力(メガワット時間当たり)、産業用天然ガス(CO2排出量1トン当たり)についてエネルギー本体価格と明示的・暗示的カーボンプライシング(炭素税、エネルギー税等、排出権価格、FIT等)を加算し、国際比較をすると、いずれも主要国のなかで極めて高い水準となる。

■ 比較対象は欧州よりAPEC地域

そもそもカーボンプライシングの議論になると、決まって欧州が引き合いに出されるのも合理的ではない。カーボンプライシングへの懸念要因は国際競争力への影響である以上、比較すべき対象はEUや北欧諸国ではなく、輸出入のシェアが7割を超えるAPEC地域(特に米国、中国)である。

米中のエネルギー本体価格は日本より低い一方、日本の産業部門の自主行動計画等のカーボンプライシングが報告書に算入されていないOECDの比較においてすら、日本の実効炭素価格は米国、中国のレベルを大きく超過している。加えて米国トランプ政権はいかなるかたちの炭素税も導入しないと明言している状況だ。これらの点を考慮すると、現時点で日本がカーボンプライシングを通じてエネルギーコストをさらに引き上げることには慎重な検討が必要である。

次号では、日本で排出量取引を導入すべきか否かを検討する。

【21世紀政策研究所】

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