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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2023年10月26日 No.3610 免疫チェックポイント阻害剤の開発~ノーベル賞の舞台裏 -バイオエコノミー委員会企画部会

岩井氏(左)、大内部会長

経団連は9月29日、東京・大手町の経団連会館でバイオエコノミー委員会企画部会(大内香部会長)を開催した。日本医科大学大学院医学研究科の岩井佳子教授から、免疫チェックポイント阻害剤の開発および今後の課題について説明を聴いた。概要は次のとおり。

■ がん免疫療法の歴史

生体には、本来、がんを治そうとする免疫力が備わっている。「がん免疫療法」は、生体に本来備わっている免疫機能を利用してがんを治療する方法で、その歴史は古く、1891年までさかのぼる。従来の免疫療法は、免疫活性化シグナルをさらに強める戦略であったのに対して、免疫チェックポイント阻害剤は抑制性シグナルによる免疫系に対するブレーキを解除するという発想の転換により、がん治療のパラダイムシフトを起こした。この「免疫抑制の阻害によるがん療法の発見」により、2018年にジェームズ・P・アリソン博士(米国テキサス大学教授)と本庶佑博士(京都大学特別教授)がノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。

■ 免疫チェックポイント阻害剤開発の舞台裏~現場の研究者の視点から

1998年から2004年まで本庶研究室(本庶研)に在籍し、免疫チェックポイント阻害剤「PD-1抗体ニボルマブ」(商品名=オプジーボ)の開発に携わった。

PD-1遺伝子は、1992年に本庶研の石田靖雅博士によってクローニング(注1)されたが、長い間リガンド(注2)も機能も不明であった。その後、西村泰行博士によってPD-1欠損マウスが自己免疫疾患を発症することが示され、PD-1は免疫系にブレーキをかけるnegative regulator(負の制御因子)であることが明らかとなった。PD-1リガンドの同定と抗ヒトPD-1抗体の作製に従事し、このとき作成した抗体の一つが後のニボルマブとなった。ニボルマブは2006年に米国で治験が開始され、既治療または進行性・転移性がん患者の約20~30%で治療の効果が認められ、14年に世界に先駆けて日本の新しいがん治療薬として承認された。

■ 免疫チェックポイント阻害剤開発の現状と今後の課題

免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞ではなく免疫細胞を標的とするので、がんが突然変異を起こしても効果が長く持続するという特徴が利点である。また、がん抗原の特異性によらない治療法なので、多くのがんに適応が可能である。現在、PD-1抗体、PD-L1抗体、CTLA-4抗体が承認されて、さまざまな種類のがんに適応が拡大しつつある。

免疫チェックポイント阻害剤の課題としては、高額医療費の問題がある。また、PD-1抗体が効く患者は全体の約2割程度であり、有効例を見分ける診断法や、無効例に対する新たな治療法の開発が急務となっている。

医療の発展により、がんは不治の病ではなく、近い将来、慢性疾患の一つになる時代が来る。治療により寿命を延ばすだけでなく、超高齢社会における幸福とは何かを考えていく必要がある。薬の研究開発だけでなく、医療経済、社会保障や尊厳死等の法整備など、さまざまな社会的問題についても真剣に考える時期に来ている。

◇◇◇

講演で岩井氏は、開発の際のエピソードとして、(1)開発当時の本庶研は50人以上の研究者から成る大きな研究室で、その多くがメーンプロジェクトである抗体クラススイッチの研究に従事していた。PD-1グループはわずか3人で、PD-1研究は何をやっても二番煎じの状態であったこと(2)1996年にアリソン博士によってCTLA-4抗体による抗腫瘍効果が報告されたことを受けて、これまでの状態を逆転するために、がんの転移実験を思いついたこと――など当時の背景情報を紹介。創薬シーズの発見には巨額の研究費が必ずしも必要とは限らず、逆境からイノベーションが生まれる可能性があることなど、実体験に基づいて語られた。

(注1)一つの細胞または個体から、全く同一の遺伝子構成をもつクローンを作成すること

(注2)特定の受容体に特異的に結合する物質

【産業技術本部】

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