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Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度 公益通報者保護法の改正議論に関する意見

2018年9月5日
一般社団法人 日本経済団体連合会
経済法規委員会 企画部会
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Ⅰ.総論

日本経済団体連合会(以下、経団連)は、かねてより会員企業・団体に求める行動原則である「企業行動憲章」において、相談しやすい職場環境や内部通報体制の整備等を、経営トップが率先して目を配るべき重要項目として位置づけ、不祥事の早期発見や自浄機能の強化を呼びかけてきた。

各会員企業は、法令を遵守し、不祥事の発生や被害拡大を防止するコンプライアンス活動は極めて重要なものと考え、内部統制システムの構築と運用の充実に主体的に取り組んでいる。たとえば、「企業行動憲章に関するアンケート調査結果」(2018年7月17日公表)をみると、回答した会員企業の9割超で内部通報窓口が整備されている。各企業は、民間事業者向けガイドライン等を参考に、秘密保護規定を導入するなど、通報者への不利益取扱い防止にも努めてきた。不祥事そのものはあってはならないことだが、企業の自浄作用が機能する素地は整っている。

公益通報者保護専門調査会における公益通報者保護法改正に向けた議論の目的は、通報者の保護を通じて、事業者のコンプライアンス経営や自浄機能の強化を促進することであると理解しており、経団連のこれまでの取組みと軌を一にするものと考える。経団連は専門調査会における議論の趣旨に賛同する。

しかし、専門調査会における議論は、事業者のこれまでの自主的かつ前向きな取組みを後押しするというよりは、外部通報の要件を緩和することで間接的に事業者の対応を迫ったり、行政措置を検討したりと、事業者に対する事後的な懲罰性が強い印象を受ける。

法令上で事業者に対して画一的な義務や罰則を課したり、通報の受付担当者に守秘義務を導入することは、円滑な内部通報への対応を阻害し、公益通報の本来の目的である、不祥事や被害拡大の未然防止に支障が生じるおそれや、人事政策をゆがめるおそれがある。また、必ずしも、「通報内容が正しい」「通報される側が不正」とも限らないなか、いたずらに通報要件をゆるめることで、公益通報者保護制度を自己の利益のために利用できるとの誤解を労働者に与え、濫用的通報が増加することも懸念される。

加えて、濫用的通報により、虚偽の外部通報がなされたり、情報漏えいが生じれば、事業者に深刻な風評被害や損害が生じ、企業価値が損なわれることにより、消費者・顧客、従業員、株主等のステークホルダーの利益が害されるおそれがある。

以上を踏まえ、公益通報者保護法の改正にあたっては、一律に事業者に義務を課したり制裁規定を置くことで不祥事や不利益取扱いを防止するという発想ではなく、自浄機能を高める努力をしている事業者の自主的な取組みを後押しし、また自浄機能が十分でない事業者の体制構築を応援するような制度とすべきである。その観点から、公益通報者保護専門調査会に対し、総論として以下2点を要望する。

  1. 第一に、事業者の規模、業種・業態、カルチャー等に応じた、様々な形での通報受付体制等のあり方を認め、円滑な通報窓口運営、人事運営等が可能な体制整備を後押しいただきたい。

    • 特に、「守秘義務の導入」「立証責任の転換」については、法令を改正した際に事業者の経営・通報対応・人事運営等に与えるマイナス影響について考察し、また、経済界が強く反対していることを念頭に、極めて慎重にご議論いただきたい。
    • また、「通報体制の整備」については、万が一義務化する場合は、各事業者で柔軟な運営が可能となるような制度設計とすべきである。
    • 「行政措置の導入」については、仮に法令上で定める場合は「勧告」までにとどめるべきである。
  2. 第二に、濫用的な通報の発生を抑制し、事業者や事業者を取り巻くステークホルダーに不測の損害をもたらすことがないよう、制度設計いただきたい。

    • 「外部通報の保護要件」について、特に3号通報については、情報が虚偽だった場合に事業者がこうむる不測の著しい損害について考察し、また、経済界が強く反対していることを念頭に、極めて慎重にご議論いただきたい。
    • また、「通報を裏付ける資料の収集行為」については、機密情報等の漏えいがもたらす事業者への回復しがたい悪影響のみならず、事業者以外のステークホルダー(消費者・顧客、従業員、株主等)の生命、身体、財産その他の利益に損害を与える可能性についても考慮のうえ、免責規定の導入等に経済界が強く反対していることを念頭において、極めて慎重にご議論いただきたい。

Ⅱ.個別論点に対する意見

1.通報者の範囲

(1)退職者

<意見>

公益通報者保護法での救済を必要とする、退職者に対する不利益取扱いの有無について再検討し、同法で救済すべき不利益取扱いがそもそも無い範囲の者(たとえば、退職金を受領済、退職金制度の無い会社の者など)は、通報者の範囲に含めるべきではない。
また、仮に、退職者を通報者の範囲に含めるとしても、退職後一定期間内の者に限定すべきである。期間は、退職後最長でも1年とすべきである。

<理由>

不利益取扱いの例とされている年金不支給については、一般法理で保護可能であると考える(年金は、原則として本人同意なく条件変更ができないため)。
また、仮に、退職者を通報者の範囲に含めるとしても、調査の実効性確保や速やかに不正を是正するという本法の趣旨、また退職者の記憶・認識の信頼性等の観点から、最長でも退職後1年に期間を限定すべきである。

(2)役員等

<意見>

役員を保護の対象に含める場合、①事前に内部で解決を図る努力をしたことを要件とし、②解任された者は解任によって生じた損害を請求することができる(解任の無効までは認めない)、という規定にとどめるべきである。

<理由>

役員は、会社法上、善管注意義務・忠実義務を負っており、事業者内部に不正があることを知った場合は、まず事前に内部で解決を図る努力をすべきである。
また、法人との関係が委任契約であり、いつでも解除することが可能とされているうえ、会社法等で選任・解任・損害賠償請求の方法等が規定されていることに鑑みれば、従業員(使用人)とは扱いに差を設けることが妥当である。

(3)取引先事業者

<意見>

各事業者の「契約自由の原則」を損なうことがないよう、極めて慎重に議論すべきであり、通報対象者の範囲を取引先事業者まで広げることには反対である。

<理由>

業種や事業者のカルチャー、取引内容に応じて、取引先との関係や取引の期間・継続性は異なる。また、取引先との関係は、経営環境や技術革新等の外的要因によっても容易に変わり得る。
たとえ、一般条項の導入(保護すべき通報者の範囲について「その他の者」として抽象的に規定する)であったとしても、法律の保護対象が広がれば、事業者は「通報」以外の合理的な理由がある場合であっても契約の解除等ができなくなるおそれがあり、また、取引先事業者が契約継続を目的に、通報制度を濫用・悪用することも懸念される。
「事業者に不正あり」と考える取引先には、そのような事業者とは取引をしない自由があるから、法で保護すべき不利益はなく、乃至は僅少である。

2.行政による調査措置義務の対象となる通報者の範囲

<意見>

公益通報者保護法において、不利益取扱いから保護する通報者以外の通報者について、行政の調査措置義務の対象とすることには反対する。

<理由>

公益通報者を保護するという法律の趣旨を踏まえれば、あくまで通報者が保護される公益通報に限定した議論をすべきであり、保護対象ではない通報にまで範囲を拡げて行政の調査措置義務を別途検討しようとすること自体が疑問である。

3.通報対象事実の範囲

<意見>

通報対象事実の範囲は、明確でなければならない。従って、対象となる法令は限定列挙とし、予見可能性を確保すべきである。なお、条例については、自治体ごとに規律の基準が異なることから、対象に含めることは妥当でない。行政措置も範囲が広すぎるので、対象に含めるべきではない。
また、憶測による不確かな通報や濫用的な通報を防ぐ意味で、切迫性の要件は引き続き維持すべきである。

<理由>

本法によって保護される公益通報者、不利益取扱いが禁止される事業者の双方にとって、予見可能性の確保は重要である。また、法により保護される利益は、自治体ごとにばらばらでは困り、画一的・明確なものである必要がある。
また、切迫性の要件を撤廃すると、憶測に基づく不確かな通報や濫用的通報が増加するおそれが強い。事業者の内部通報窓口や行政の受け付け体制にリソースの限界があることを勘案すれば、そうした不確かな通報に時間を割かれることで、本来対応すべき通報への対応がおろそかになる可能性がある。

4.外部通報の保護要件

(1)2号通報

<意見>

2号通報の真実相当性の要件は維持すべきである。

<理由>

現行の国の行政機関向けガイドラインにおいては、「真実相当性の要件が、通報内容を裏付ける内部資料、関係者による供述等の存在のみならず、通報者本人による供述内容の具体性、迫真性等によっても認められる」とされており、この範囲で十分に対応できることから、さらなる緩和は不要である。
また、真実相当性の要件が緩和された場合、「信じるに足りる相当の理由」がない情報が安易に行政機関に対して通報されることが懸念される。実際、「思料する」を要件としている内部通報窓口(1号通報)には、個人的な利益や、個人的な不満解消を目的とするとみられる、憶測による通報が一定程度とどく。
現実として、今の行政のキャパシティで対応可能か検討すべきである。行政のキャパシティの問題で、調査すべき通報が調査されず、3号通報へと移行することになれば、事業者の受ける損害は小さくない。
また、憶測による通報に基づき、行政機関が報告徴求や立入検査を実施すれば、それらに応じる事業者の負担も大きくなり、不必要な社会的コストの増大に繋がる。また、調査をされることによる風評被害も生じることが懸念される。

(2)3号通報

<意見>

3号通報における真実相当性の要件を維持すべきとの中間整理の方向性は妥当である。
3号通報の既存の特定事由該当性の要件は緩和すべきではない。また、特定事由を追加することについても、3号通報が事業者に与える影響の大きさに鑑み、反対する。

<理由>

3号通報は、通報先に守秘義務を負わせることが困難であるというその性質から、通報した場合に事業者へ与える影響は極めて大きい。
また、通報に付随して情報漏えいが起きれば、事業者のみならず、事業者以外のステークホルダー(消費者・顧客、従業員、株主等)の生命、身体、財産その他の利益に損害を与える可能性もある。
公益通報者は、他人の正当な利益および公共の利益を害することがないよう努める義務を負っていることを考え合わせても、3号通報に関する各種の要件を緩和すべきではない。
専門調査会で追加が検討されている特定事由として「内部通報体制が整備されていない場合」があるが、「内部通報体制の整備有無」に係る客観的な判断は難しい。事業者が秘密保護などの体制を整えていたとしても、通報者が、不安感や一方的な憶測から内部通報体制が機能していないと主観で判断し、3号通報に走ることも考えられる。

5.通報を裏付ける資料の収集行為

<意見>

内部資料持ち出しに係る責任(民事・刑事とも)の減免について、法定化することに反対する。
また、外部通報における真実相当性要件の緩和と結びつけて議論をすべきではない。

<理由>

内部資料持ち出しに係る責任が減免された場合、情報漏えいを起こした行為者が後付けで「公益通報目的であった」と主張することが可能となり、機密情報や顧客情報を含む内部資料の持ち出しを助長するといった事態が懸念される。
機密情報や個人情報等が流出すれば、競争力や信用力の低下から、事業者として甚大かつ回復不可能な損害をこうむるおそれがある。
加えて、顧客情報が流出した場合、顧客のプライバシーが侵害されるリスクが高まる。これは、守秘義務のある行政機関への持ち出しであっても同様である。顧客から見れば、たとえ行政機関であっても、事業者外部へ個人情報が持ち出されることは想定しておらず、個人情報漏えいに他ならない。
情報化が進んだ現在では、いったん持ち出された情報を完全に回収することは極めて難しく、持ち出される前に歯止めをかけるのが情報セキュリティの鉄則である。また、内部資料の持ち出しは、そもそも事業者において許されない秩序違反行為乃至は犯罪行為である。情報持ち出しを安易に正当化するべきではない。
専門調査会において、内部資料の持ち出し行為に関する免責と外部通報の真実相当性要件の緩和を天秤にかけるような議論がされているが、現状の公益通報者保護法下において、真実相当性要件の認定に際し、必ずしも通報を裏付ける資料が必要とはされていない。情報漏えいが事業者や労働者、消費者にもたらすマイナス影響に鑑みれば、一方を緩和しないならば他方を緩和するといったような両者を天秤にかけるような議論をすべきではない。

6.通報体制の整備

<意見>

内部通報体制の整備義務を事業者に課すことについては反対であり、その必要性を再検討すべきである。
万が一、内部通報体制の整備義務を課すとしても、その担保措置として、体制の整備有無を2号通報の要件緩和と結びつけたり3号通報の特定事由とすべきではなく、行政措置等の罰則も必要ない。
また、具体的な制度内容・運用方法は各事業者に委ねるべきである。
現在消費者庁にて準備中の「内部通報制度に関する認証制度」は、整備有無の指標とすべきではない。

<理由>

事業者ごとに規模、業種・業態等が大きくことなることから、内部通報体制の整備・運用については、内部統制システムの一環として、会社法第362条第4項第6号以下の規律に基づく、各社取締役会の判断・設計に委ねることが合理的である。中間整理では、「少なくとも大規模の事業者には内部通報体制の整備義務を課すべき」とされているが、「大規模事業者には必要だが、(不祥事が同様に起こりうる)その他の事業者等には必要ない。」とする合理的な理由、立法事実の検証が必要である。
万が一、法律で義務付けるのであれば、事業者の事業内容、規模、特性、カルチャー等によって、最適な内部通報体制のあり方は様々であるから、実効的な内部通報制度の具体的な内容・運用は事業者に委ねるのが合理的であり、画一的な基準は不要である(画一的な基準を定めることは、会社法第362条第4項第6号の立法趣旨・規律に合致しない)。
なお、法律を超える内容を含む消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」の活用と法律における体制整備の義務化は、関連付けるべきではなく、明確に分けて議論すべきである。
また、「内部通報体制の整備有無」に係る客観的な判断は難しい。事業者が秘密保護などの体制を整備していたとしても、通報者が、不安感や一方的な憶測から内部通報体制が機能していないと主観で判断し、2号・3号通報に走ることも考えられる。外部通報が事業者にもたらす影響に鑑みれば、2号・3号通報の要件と関連づけるべきではない。
「内部通報制度に関する認証制度」については、一部の先進的取組みを実施する事業者のみが取得できる認証として消費者庁にて制度設計中であると理解しており、その認証取得には相応のコストがかかるとみられることから、すべての事業者を対象とする本法においては、これを指標として用いるべきではない。

7.守秘義務

<意見>

1号通報先の守秘義務を法律に設けることに、反対する。

<理由>

先進的な取組みを進めている事業者では、これまで民間事業者向けガイドライン等を参考に、窓口担当者や調査担当者、レポートラインにおける守秘義務規定を社内規定(社則)に置くなど、自主的な取組みを進めてきた。
通常、内部通報窓口に対して、正当な公益通報がされる場合、多くのケースでは、通報者は事前に上司や同僚に報告、相談したうえで、そこで意見が受け入れられず窓口への通報に到る。こうしたケースでは、通報に基づく調査が開始されると同時に、通報があったことや通報者が誰であるか、職場内でおおよそ特定されてしまうことが多い。限られた人間関係や特徴的な事実関係のもとで発生した通報事案によっては、どれほど通報者の秘匿性に配慮しても、通報者個人が特定されてしまうことがある。
仮に、1号通報先への守秘義務が法律上で規定されることになれば、このような場合に窓口担当者や調査担当者は、自らになんら責任がなくても、通報者から、「法令上の守秘義務違反行為あり」と責任を問われる可能性がある。
このような事態を避けるために、窓口担当者や調査担当者は、調査や未然防止活動を自制したり、徹底的に行わないなど、萎縮する可能性が高い。結果、内部通報制度の目的に照らしその実効性を低下させるおそれが強い。罰則が入ればなおさらである。「事業者内部の自浄作用を高める」という内部通報制度の本来の目的に鑑みれば、守秘義務の導入は、内部通報制度の高度化に資する有効な手段でないばかりか、阻害することとなる。

8.一元的窓口

<意見>

一元的窓口の設置については反対しない。
ただし、行政の肥大化を防ぐ観点から、受け付けた通報を関係する行政機関に振り分ける機能にとどめるべきではないか。
また、制度設計にあたっては、複数省庁から重複する報告要求がなされること等により事業者の負担が増したり、一元的窓口が省庁間の調整に手間取ることにより却って対応までに時間がかかることがないよう、留意が必要である。

<理由>

一元的窓口の担当者は、各相談事案、対象となる法令の専門家ではないため、他省庁が通報に対して適切な対応をしているかどうかモニタリングし、判断することは困難である。
調査等の必要性の判断については、所管法令や業界の事情に精通し、また事案に関する知見を有する関係行政機関において実施することが、最も効率的かつ正確であると考える。

9.不利益取扱いに対する行政措置・刑事罰

(1)行政措置

<意見>

行政措置を実施する際の調査や事実認定を、慎重かつ十分に実施する体制を構築できるのか疑問である。導入の是非と実効性の有無を同時に検討すべきである。
仮に導入する場合でも、公益通報を理由とした不利益取扱いに係る行政措置は、「勧告」までにとどめるべきではないか。

<理由>

専門調査会における厚生労働省の意見陳述を踏まえれば、行政措置の導入が容易でないのは明らかである。
また、公益通報の97%が労働法違反に関するものであることを勘案すると(第9回公益通報者保護専門調査会 資料2 14頁を参照)、個別の労働法において、申告したことを理由とする不利益取扱いに対する行政措置や罰則が既に設けられていることから、公益通報者保護法に行政措置を導入した場合、ほとんどのケースにおいて二重の措置となる。
しかも、労働法分野では、申告したことを理由とする不利益取扱いに係る行政措置は、公表・命令までにわたるものはなく、法律間のバランスを欠くおそれもある。
なお、公表は著しく事業者の風評を損なう可能性が高いことに鑑み、公益通報を理由とした不利益取扱いに係る行政措置を導入するとしても、「勧告」までにとどめるべきではないか。

(2)刑事罰

<意見>

不利益取扱いに対する刑事罰の導入に、反対する。

<理由>

公益通報を理由とした不利益取扱いについては、判断が難しい。加えて、通常行われている異動・降格・配置換えなどの通常の人事政策上の対応が不利益取扱いとみなされ、刑事罰が科される可能性が出てくれば、事業者の負担は非常に重いものとなる。
公益通報者保護法の周知徹底に努めたうえで、それでも不利益取扱いが無くならない場合は段階的に行政措置を導入し、更にそれでも効果が無い場合は刑事罰の導入を慎重に検討する、というように段階を踏む必要がある。

10.立証責任の緩和

<意見>

不利益取扱いが通報を理由とすることの立証責任の緩和について、法制化することは反対である。

<理由>

基本的に、解雇については、就業規則に基づきその理由を明確にするなど、事業者にとっての最後の対処として厳格に運用されている。このため、通報者を解雇する場合は、事業者にとって相当の理由がある場合に限られる。解雇の相当性については、一般の労働紛争の解決手段の中で判断すべきことであり、あえて立証責任を事業者側に転換する必要性はない。
もし、通報後の解雇について、事業者に立証責任を負わせるとした場合、正当な解雇に対し、後付けで過去の公益通報を理由とするものであり無効だと主張する、解雇されそうになったらとりあえず内部通報しておく、といった形で悪意のある労働者に制度が利用されることも考えられる。
また、解雇以外の人事政策上の対応(異動・降格・配置換えなど)は、それが事業者側の様々な事情や通常の人事評価等を踏まえて実施された正当な人事政策か、あるいは通報を理由とした不利益取扱いかの境界が曖昧であり、立証・証明が難しい。
このため、通報後の人事施策が、通報を理由とした不利益取扱いであるとみなす推定規定が置かれれば、人事上の取扱いに不満を持つ労働者による濫用的な通報を招くおそれが強い。また、無用な争いを避けるために通報者の配置転換等を一時凍結するなどの運用が必要となる可能性も高く、円滑な労務管理等を阻害するとみられる。
なお、中間整理では、先例として、男女雇用機会均等法に触れられているが、同法9条4項は、労働分野の中でも例外的なものであり、公益通報者保護法に応用することは、法律間のバランスを欠くこととなるため適当ではない。同法9条4項は、「妊娠中の女性労働者及び出産後1年が経過していない女性労働者に対してなされた解雇」とする該当要件が客観的・外形的に明確な場合における推定規定である一方、公益通報の場合は、濫用的通報も一定割合存在し、また公益通報と濫用的通報の境界が紙一重であるケースも多く、「通報を行った者への解雇」という外形的要件のみをもって「公益通報を実施したことによる解雇である」と推認することは適当ではない。

11.通報行為に伴う損害賠償責任

<意見>

通報者が通報行為それ自体によって損害賠償責任を負わないという点については大きく反対しないが、通報付随行為について損害賠償責任を免責することには反対である。

<理由>

通報に付随する資料などの持ち出し等には違法性がある場合も含まれ、通報付随行為まで免責するとなれば、安易な機密情報・個人情報の持ち出し等が増加する懸念がある。

12.通報行為に伴う刑事責任

<意見>

通報行為に係る刑事責任の減免については反対する。

<理由>

刑事上の責任を減免する一般的な刑法上の規定とは別に、新たに公益通報者保護法において刑事責任減免を規定する必要性が明らかではない。
また、確証が無い状態での、安易な機密情報・個人情報の持ち出しや、著しく事業者の不利益となる行為を防ぐ意味でも、通報行為に係る刑事責任は減免すべきではない。

13.通報者の探索及び通報妨害

<意見>

通報妨害及び通報者の探索の禁止規定を法律に設けることに、反対する。法律に規定を設けるよりも先に、まずはガイドラインの周知を徹底すべきである。

<理由>

通報者の探索の禁止については、既にガイドラインに直接の記載がある。また、通報の妨害についても、事業者が実効性のある内部通報制度を整備・運用するというガイドラインの趣旨を踏まえれば、当然に禁止されるものと考えられる。
ガイドラインの周知を徹底することで十分に対応可能であり、法令上に規定する必要性が明らかではない。
また、「通報の妨害」は、あからさまな場合や明らかな証拠が残っている場合を除いて、立証・認定が困難である。通報の妨害があった場合に2号通報の真実相当性を不要とする、という議論もあるが、「通報の妨害」に係る事実認定を行政の受付窓口が適切に行うことができるのか、極めて慎重に検討すべきである。

14.通報者へのフィードバック

<意見>

通報者へのフィードバックについては、事業者の規模、体制、カルチャー等を踏まえ、各事業者の自主性や通報案件の特性に応じて柔軟に運用できるような体制にすべきである。

<理由>

通報案件によっては、フィードバックを求められないものや、連絡が取れなくなってしまうもの、匿名のアドレスからの通報であり本当に内部の従業員からの通報か確信の持てない案件もあり、一律にフィードバック規定を設けることは、通報窓口の円滑な運営を阻害するおそれがある。また、問題とされた不正行為が是正されることが事実上のフィードバックとなる一方、是正されない限り、単なる経過や検討結果のフィードバックでは、通報者の期待に応えることにはならない場合もあること考慮すべきである。
既にフィードバックについては、法令上に努力義務がある。案件や事業者の性質に応じて、柔軟な対応を許容すべきと考える。

以上

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