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Policy(提言・報告書) 産業政策、行革、運輸流通、農業 Entertainment Contents ∞ 2023 - Last chance to change -

2023年4月11
一般社団法人 日本経済団体連合会

Ⅰ.はじめに:なぜコンテンツか

グローバルで高まるコンテンツの価値

足許は創造性(Creativity)の時代にある。「人」の創造性が新たな価値の創出、社会課題解決の源泉であり、Society 5.0の根幹となる。

なかでもエンターテインメント・コンテンツ(以下、コンテンツ)は、国のソフトパワーの源泉であるとともに、創造性とデジタルの時代において極めて高い潜在力を持つ成長産業である。「人」が0から創造し、その価値を無限大(∞)に広げていく力を持つ。デジタルによって誰もが容易に国境や言葉の壁を超えて世界中にコンテンツを届けることが可能となり、その成長速度はハードを凌駕する。メタバース、ブロックチェーン(web3)等の新しい潮流もあって、コンテンツの力はますます重要となっている。

2021年の世界のコンテンツ市場は1.16兆ドル(約149兆円)で#1、2025年には1.31兆ドル(約183兆円)に拡大すると推計されている。既存の欧米市場に加えて、中国・インドをはじめとするアジアの市場規模が拡大しており、中東・中南米等、一定の経済成長を経てコンテンツ政策に注力し始めた新興国でも高い成長が期待される。加えてコンテンツは、あらゆるモノ・サービスの消費、インバウンドの誘致といった他産業への波及効果をもたらしてきた。

日本はこれまで、世界に誇る優れたコンテンツを生み出し、国境を越えてファンコミュニティを形成してきた。とりわけゲーム・アニメ・漫画で突出したプレゼンスを誇り、日本発コンテンツの累計収益額(IP経済圏#2)は、世界トップ25の約半数の12を占める#3。日本発コンテンツの海外市場規模は、アニメと家庭用ゲームが牽引する形で、2012年の1.4兆円から2021年には4.5兆円まで成長した#4

日本が直面する危機

この最も強みとする分野のひとつであるコンテンツでも、日本は今、深刻な危機に直面している。機会損失により韓国・中国の後塵を拝し、世界シェアは減少傾向にある。

日本の国内コンテンツ市場は米国・中国に次ぐ世界第3位の1,179億ドルで、ライセンスやハード機器等の関連市場も含めれば2,467億ドルとなる(2021年)#5。他方で、人口減少もあって過去10年間の市場成長率は2.3%と、米国6.1%、韓国6.0%、英国5.8%、中国23.0%、インド10.8%等と比較して低位にある#6。将来の成長率についても53か国中最低との推計もある#7

また、他国に先行して海外展開しているゲームやアニメでも、メガ資本を背景とするM&Aの増加#8、映像制作費の急上昇に加えて、優秀な人材の獲得競争、各国政府の各種支援等が繰り広げられ、国際競争は激化している。日本は家庭用ゲームで世界トップの地位を維持する一方、成長市場であるスマートフォン向けゲームの海外収入は19.8億ドルに止まり、中国の180.1億ドル、韓国の81.9億ドルに水を開けられている。

足許では、他分野も含めて、制作現場における人手不足、人材育成システムの不備、制作工程のデジタル化の遅れ、外部資金の調達困難等の課題に直面し、基盤となる制作力の強化が疎かになっている。始めから海外展開を意識してグローバルスタンダードで制作した映像や音楽作品も限られている。

韓国は1990年代より製造業の次の輸出産業としてコンテンツ輸出を国策として推し進め、官民連携のもと予算を投じてきた。その結果、韓国コンテンツの海外進出による自国への収入額は年々成長し、実写(映画・ドラマ)、音楽、スマートフォン向けゲームで日本を上回る#9。漫画でもウェブトゥーンの推進により、スマートフォン向けアプリケーションの売上が急速に拡大している。韓国政府は、2027年までにコンテンツ輸出額を倍にし、世界4大コンテンツ大国となることを目標に掲げている。

過去積み上げてきた日本発コンテンツは、いま、環境変化と各国の成長スピードに圧されて、その地位を失う危機に晒されていると言わざるをえない。

今、何をすべきか――人への投資が生命線

足許は、世界市場の急速な拡大による成長と日本市場の縮小による衰退という、チャンスとピンチの境界線上にある。今こそ、わが国ソフトパワーにおける重視すべき戦略分野として、そして世界に羽ばたく成長産業として、国の成長戦略に明確に位置づけ、力強くコンテンツ産業政策を推し進めるべきである。

政府においては、これまでも「知財戦略の重点8施策」の1つやクールジャパン戦略の一部として内閣府・経済産業省・文化庁等が施策を推進してきたが、デジタル時代の命運を握る産業との認識は薄く、戦略的・一元的な取り組みは不十分であった。

クールジャパン機構はコンテンツの海外展開に取り組んできたものの、短期的な成功例を求めて「人」に直接的に資金が向かわず、当初期待された役割を十分果たせなかったと言わざるをえない。この反省を踏まえ、次なる戦略においては、官民ともに決して同じ轍を踏むことのないよう細心の注意を払っていく必要がある。重視すべきは「人」であり、とりわけクリエイター#10のボトムアップでの挑戦を促す環境を整備して、グローバルな活躍を支援し続けることが日本のコンテンツ産業政策における生命線といえる。

そこで今般、経団連は、最も成長可能性の高い漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽の5つの分野について、コンテンツの潜在可能性を最大限引き出し、日本経済を牽引する産業とすべく、以下に必要な施策を提言する。ここにおいては、官民とも覚悟をもって戦略の策定・実現に臨むことが欠かせない。政府・与党はじめ関係各所においては、本提言を全力で推進するよう強く求める。

【本提言におけるターゲット分野】

Ⅱ.目指す姿

新産業の育成は一夜にしてなるものではなく、毎年予算を架け替えていくだけでは政策効果は十分に発揮できない。少なくとも10年先、20年先を見据えた長期的視野をもって、継続的かつ分野横断的に施策に取り組むには、多様なステークホルダー間で「目指す姿」を共有し、目線を合わせることが重要となる。

本提言では、2033年のあるべき将来像として、「世界における日本発コンテンツのプレゼンスを持続的に拡大する」ことを目標に掲げる。

ここでは、世界各国に漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽といった日本発コンテンツのファンが存在し、その経済圏・ファンコミュニティの規模は世界トップクラスとなり、持続的に成長している。ヒットコンテンツによって日本に対するブランドイメージが変わり、日本の製品・サービス消費の増加、訪日観光客数の増加、日本語学習者の増加といった波及効果を生み出し、ソフトパワーの効果が最大化されている。国内では、官民のトップから現場まで、海外市場を視野に入れたマインドをもち、新たに挑戦する若手クリエイターが次々と登場している。

その際の参考KPIとして、日本発コンテンツの海外市場規模が、現在の4.5兆円(2021年)#11から15~20兆円(2033年)へと成長することを目指す。

すべての施策は、この実現に向けて展開される必要がある。

Ⅲ.5つの施策

「目指す姿」を実現するうえで、取り組むべき施策を5つに取りまとめた。最も注力すべきは「人(クリエイター)」への投資であり、挑戦と成長を促す土壌づくりに本気で取り組むことが必要である。あわせて、拠点の整備や海外展開の加速も重要である。そして、これらすべてを推進し、実現していくうえでは、司令塔機能と官民連携の場が欠かせない。

本提言では、これら5つの施策について、具体的に取り組むべき事項を挙げるとともに、特に短期的に環境を変える効果の大きい取り組みについては、起爆剤として、優先的に注力するよう求めている。

なお、各項目の検討・実施にあたっては、分野ごとに分断された形ではなく、原作から映像化、ゲーム化、商品化、UGC(ユーザ生成コンテンツ)という一連のシーケンス、総合的なIP経済圏の形成を意識することが重要である。

【取り組むべき5つの施策】

1 クリエイターの挑戦を支援する

多くのクリエイターがグローバルな市場・ファンを見据えて制作・発信に挑戦することは、コンテンツ産業の競争力強化の源泉であり、新規IPの形成にも欠かせない。しかし、挑戦機会、サポート環境および制作資金の不足等がボトルネックとなって、優秀なクリエイターが十分に成長と活躍の機会を得られていない。そうしたクリエイターが失意のもと夢を諦めたり、国外に拠点を移すことは、産業にとって大きな損失である。

クリエイターの挑戦を後押しするには、創業から企画・開発、制作、海外展開、収益化に至るまでの一気通貫した支援が欠かせない。「人(クリエイター)」への支援はコンテンツ産業政策の要であり、これまで小規模かつ段階・分野ごとに限定されてきた支援策について、大胆にリスクを取って拡充し、以下に取り組むことを求める。

なお、ここで提案する各種支援については、その対象について広く民間の意見を取り入れるなど透明性の高い選定プロセスを設けるとともに、中長期的な支援体制の構築やノウハウの蓄積のためにも、継続的な運営を目指すべきである。

(1)挑戦機会を提供する
① ボトムアップ型で世界を目指すコンペティションの開催

世界を目指す意欲ある大規模作品に集中的な支援を行い、成功モデルを形成することで、これを起爆剤として、さらに多くの挑戦者と成功例を生み出す好循環を形成することが可能となる。リスクのみならずチャンスと成功を共有する仕組みを構築し、若手クリエイターが夢を持って挑戦できる機会を提供することが重要である。

そこで、官民連携のもと、ストーリーから映像化・ゲーム化等も含めて、分野横断的にグローバルヒットを目指す民間コンソーシアムに対して、公募型のコンペティションのスキームを新規に導入すべきである。ここでは、提案はボトムアップ型で誰もが応募可能とし、コンペティションで一定の成績を収めた複数作品に対し、直接的に制作資金(リスクマネー)を提供する。

コンテンツ投資のボラティリティは高く、本スキームについても失敗リスクは排除できない。審査を投票制にする、制作経理を明確化するなど高い透明性・公正性を担保することは当然のこと、単年・単作品でその価値を評価するのではなく、日本発コンテンツを世界に送り出す強い意志を持って継続することが重要である。

【コンペティションのイメージ】

② 海外展示機会における出展枠の提供

クリエイターが海外に作品を円滑かつスピーディーに展開できるよう、プロモーションや商談の機会を拡充することも重要である。政府は、日本貿易振興機構(JETRO)の現地事務所等とも連携しつつ、海外バイヤー向けの大規模見本市・商談会等において、出展用エリアを一定規模で確保し、有望な若手クリエイターに優先的に枠を提供すべきである。その際、共同でのパンフレット作成や、SNS等での共同発信等の広報活動支援、さらに海外渡航費支援も合わせて導入すべきである。

③ 海外向けビジネスマッチングの拡充

海外展開にあたっては、企画段階から海外のメディア・配信事業者等と提携して配信先を確保し、作品を海外向けに効果的にプロモーションすることが有効である。とりわけ映像では、新興国のOTT(Over-the-Top)#12に対して十分なアクセスができていない。

経済産業省の「コンテンツ関連ビジネスマッチング事業」は、これまでも各国で日本IPの映像化において実績を持つものの、その支援規模は十分とはいえない。ビジネスマッチングに欠かせない人脈形成には時間を要するため、短期で成果を上げることが難しい状況にある。政府は、ビジネスマッチングの事業規模の拡大、さらにJETRO海外事務所におけるコンテンツ専門人材の設置(後述)により、中南米・アフリカ諸国まで見据えた長期的視野に立った継続的なビジネスマッチング事業を行うべきである。その際、企画書や作品サンプルの多言語化支援、ピッチイベントに向けたプレゼンテーションスキルの研修もあわせて提供すべきである。

(2)挑戦に必要な活動を支援する
① 支援情報発信の一元化

関係省庁や映像産業振興機構(VIPO)、JETRO等の提供する支援事業は、それぞれ情報発信を行っている状態にあるため、クリエイターが自身のビジネスモデルにとってどれを活用するのが適切なのか、俄かに比較・判断することは困難である。日々創作活動に従事するクリエイターは、これら政府情報への関心が低く、既存の支援メニューについても有効に活用されていないとの指摘もあり、政策効果を低減させている。

そこで、政府は、デジタルを駆使してインターフェースを徹底的にわかりやすくした形で、制作支援メニューや海外展示情報、相談窓口も含めたクリエイター向けオンライン情報発信プラットフォームを構築すべきである#13。その際、可能な限り簡素かつデジタル完結した申請手続をあわせて実現すべきである。

② 海外企業との契約、法務・会計・税務面での支援

クリエイターが海外進出するうえで、契約、法務・会計・税務等の実務的課題に直面し、対応困難な状況に陥るケースは少なくない。文化庁は今年1月、契約上の課題について「文化芸術分野の契約等に関する相談窓口」#14を開設した。他方、その他の法律や会計・税務については対応できる専門的な窓口がなく、クリエイターが各自で対応する必要がある。

文化庁は、相談窓口の機能を会計・税務分野に、また、対象をUGCクリエイターにも拡大すべきである#15。加えて、政府は、海外進出を目指すクリエイターが必要とする専門家支援の経費について、一定額を補填する手厚い支援スキームを整えるべきである。こうした措置は、コンテンツを取り巻く専門人材をはじめ、支援環境の形成にも資するものである。

③ ハンズオン支援の拡充

意欲あるクリエイターやスタートアップが海外に進出する際、直面する課題への対応を横から徹底的にサポートする仕組みも重要である。北欧では、インディーゲームを手掛けるスタートアップ向け支援が充実しており、世界的にヒットしたゲームや、ゲーム開発からデジタル社会にインパクトを新たに与える技術・サービスが誕生するなど、顕著な成果を挙げている。しかし日本では、マーケティングや創業支援についてはコンテンツビジネスの専門家が少ないこともあり、充実した支援の仕組みがない。

政府は、海外パブリッシャー等への直接営業、各国の展示会でのブース出展やピッチイベント参加・アワードへの申請、海外パブリッシャー等からのオファーに関する相談対応、さらに先述の法務・会計・税務サポートを含めたハンズオン支援を民間事業者との協働により導入すべきである。

【事例:Sweden Game Arena】#16
スウェーデンの都市シェブデ(Skövde)では、ゲーム産業の強化を目的に、産官学によるスタートアップや学生クリエイターへの支援を行うプログラムを提供。ここでは、マーケティング支援(ピッチトレーニング、投資家マッチング、マネタイズに向けたコンサルティング等)や制作拠点の提供、幅広いスキル習得に向けた実践教育を受けることができる。制作物の発信の場として各種展示イベントも開催しており、ユーザーからフィードバックを受けることができるだけなく、企業とのビジネスマッチングやネットワーキングも可能であることから、これまで約100のスタートアップや約100のゲームタイトルを生み出している。
④ DX支援、web3関連制度の整備

世界基準の制作環境を整えるうえで、DXの加速は喫緊の課題である。VFX#17やバーチャルプロダクション#18、バーチャルシミュレーション等の先端技術のほか、関係者のスケジュール調整等を含めた効率的な業務管理システム、世界に同時に展開するための翻訳者や各国パートナーとの円滑なコミュニケーションツールの導入が鍵となる。政府はこれまで、DX促進減税やサービス等生産性向上IT導入支援事業、経済産業省のDX支援事業#19等を導入してきたが、クリエイターにとっての認知度が低く十分に活用されておらず、映像分野を中心にDXの遅れは深刻である。

まずは既存支援策を含め、政府は情報発信プラットフォームも活用して、中小企業やフリーランスに向けた情報発信を強化すべきである。また、中小企業が多くを占める日本の映像コンテンツ制作現場では、人手不足や納期に追われてDXを推進することが難しい状況にある。大きな推進力がなければ現状を打破することはできず、国際水準のシステムの導入、制作工程のデジタル完結について、一定の期日を区切った大胆な支援策を打ち出すべきである。また、政府の委託事業による有効な制作システムの研究等、コンテンツ分野の技術的な研究開発も推進すべきである。

日本発コンテンツがブロックチェーンゲームをはじめweb3領域に積極的に展開するためには、関連制度の整備が欠かせない。経団連では昨年11月にweb3に関する提言#20を公表したが、コンテンツ産業振興の文脈からも、改めて政府において、発行主体と異なる第三者が保有する暗号資産のうち長期保有を目的とするものについても、期末時価評価課税の是非を検討すること、また、必要に応じ、会計監査を受けやすくなるための環境を整備することを期待する。加えて、NFTを利用した作品の権利保護、マイクロペイメントの利益還元等に関するルールについて、コンテンツ分野の関係者を巻き込んだ議論が不可欠である。

⑤ コンプライアンス遵守等環境改善

「人」はコンテンツ産業の要となる資本であり、適正な契約関係の構築および法令遵守をはじめ、適切な労働・就労環境の確保は産業の持続的な発展の基盤である。“やりがいの搾取”についても問題提起がなされるなか、民間企業においては、労働関係法令やコンプライアンスの徹底遵守、取引適正化が求められる。まずは「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」#21の活用を進めることが重要であり、文化庁においても積極的なプロモーションを求める。親事業者と下請事業者の望ましい取引慣行の遵守に向けては、経団連としても、官民連携のもと「パートナーシップ構築宣言」の参加企業を拡大していく。また、フリーランスについては、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス保護新法)の国会審議が予定されており、クリエイターの環境改善につながることが期待される。

一部制作現場では、人材の不足に制作過多が相まって、処遇が改善されず、人材がさらに集まらない悪循環を形成している恐れがある。現在、「映像制作適正化機関」の設置が進められている。こうした改善の取り組みや好事例については、政府・業界団体において積極的に国内外に発信すべきである。

(3)制作資金調達を円滑化する
① 外部金融の活用に向けた完成保証の導入

日本のコンテンツ制作においては、一般的な製造業等と比較して売上・収益のボラティリティが高いこと、作品に対する目利きが求められることなどを背景に、製作委員会方式や自社での調達が主流で、融資制度やベンチャーファンド出資等の外部金融環境が発展してこなかった。しかし、映像・ゲーム等の制作費が技術水準の高度化や市場獲得競争の激化等により急速に上昇している一方で、コンテンツは1作品の発表までに3年~5年かかることが通常で、その期間は収入を得られず、資本力を有する制作会社でなければ乗り越えることができない。

そこで、こうした状況を打破し、グローバル市場をターゲットにした作品の資金調達を円滑化するためにも、政府は完成保証制度を導入し、外部金融を活発化すべきである。あわせて、コンテンツの価値を評価するモデルや評価を付与するスキームの構築も検討すべきである。金融機関においては、リリースのタイミングの振れ幅が大きいコンテンツに対する金融商品・サービスの設計が期待され、これを促すためにも、コンテンツ業界において、情報発信および外部金融を巻き込んだ成功モデルの創出に取り組むべきである。その際、民間においては、制作費について、グローバル水準に沿った経理システムを導入することが欠かせない。

② 制作費支援の拡充

新たに海外市場を目指すクリエイターに対して、直接的に一定の制作費を補助することも有効である。既存の仕組みは一部あるものの#22、規模は小さく、海外展開を目指す映像やゲームの制作費としては覚束ない。

政府は、特に優れた才能を持つ若手クリエイターを対象に、幅広い分野で活用可能な制作費(リスクマネー)の支援制度を大胆に拡充すべきである。映像分野では、官民資金による恒常的な制作費支援ファンドの形成に向けた議論が求められる。その際、作品のリターンのボラティリティが高いことも踏まえ、収益納付のスキームとすることは当然のこと、短期的な収益を過度に追求するのではなく、一定の失敗を許容する姿勢も求められる。

2 クリエイター等の育成体制を整備する

世界に通用するコンテンツを制作するためには、クリエイター・プロデュース人材・マネジメント人材の持続的な育成は最重要課題である。

クリエイターについては、AIでは代替できない人の価値、創造性の重要性が様々な分野で指摘されるなか、コンテンツ産業においても、文理融合型の人材へのニーズが高まっている(作品のコア・コンセプトを描く人材、デザインを提案するCGクリエイター等)。作品を創造する芸術系の技術と、デジタルを駆使して表現する技術は不可分なものとなりつつあり、カリキュラムにおいても双方の融合が求められる。

加えて、マーケティングやマネジメントを担う人材の育成も欠かせない。映像では、制作の体系的なノウハウや経営・法務を学んだ人材が少ないこと、グローバル市場に向けて大規模制作を統括する人材が少ないことから、その確保が課題となっている。ゲームや漫画については、IPの持続的な成長に極めて重要なファンコミュニティを形成・マネジメントする人材、自社IPの横展開を効果的に仕掛けることのできる人材が欠かせない。アジアや欧州では、映画に加え、ゲーム、アニメ等のジャンルにおいて、高等教育機関を卒業した人材が活発に活躍している。

こうした状況を踏まえ、わが国においては以下の対応が求められる。

(1)クリエイティブ分野の学部・学科等を拡充する

持続的な人材育成のためには、国内の高等教育機関におけるクリエイティブ関連の学部・学科・研究科等の設置促進が必要であり、大学は、文理融合のカリキュラムの拡充を推進すべきである。ここで培ったスキル・ノウハウは、コンテンツ産業のみならず、様々な業種におけるクリエイティブな業務で活かすことが可能であり、さらにはこれらの教育機関は創造性の時代における学び直しの場としても活用が期待される。

その際、既設のコンテンツ分野の教育機関も含めて、外国人講師の招聘を含め、グローバル水準でのプロデュース手法・マネジメント手法を習得するためのカリキュラムを導入することが有効である。また、日本発コンテンツの海外ファン等に日本留学を促すことも含めて、世界中の優秀な人材が日本に集まる仕掛けを作ることが欠かせない。政府においては、こうした教育機関における先進的な事例の確立を後押しすべきである。

加えて、政府は、国が一定の支援を行う形での映像・ゲーム映像向け高等教育機関(アカデミー)の設置についても検討すべきである#23。コンテンツ関連技術・ノウハウは陳腐化が早いことも踏まえ、上記教育機関においては、産学連携により、最新の技術やノウハウに通じた企業から講師を派遣する仕組みを導入すべきである。

【事例:スクウェア・エニックスによる大学への講師派遣】
スクウェア・エニックスは、2017年に東京藝術大学大学院映像研究科および同大学の Center of Innovation拠点と協力し、「同大学にゲーム学科ができたら」という想定のもと、期間限定で仮想のゲーム学科を開講した。その後2年連続で展示会を実施し、同社グループのLuminous Productionsのクリエイターをメンターとした各種プロジェクトの成果を披露した。この成果に基づき、同科では2019年度から「ゲームコース」が開設され、同社グループからクリエイター等を講師として派遣。ゲームを芸術の一分野として捉え映像表現のフィールドを広げようという同大学の試みに協力している。
(2)海外留学を支援する

早期にグローバル水準の人材を育成するうえでは、海外のトップレベルの教育機関や、市場の獲得が期待される地域の教育機関で学ぶことが有効である。海外留学は、最先端ノウハウの習得のみならず、将来的にグローバルでの共同制作や作品の海外展開に活きる有効なネットワークの形成にも資する。

そこで、政府は、ゲーム・実写・音楽等の分野について、学生ならびに社会人について、年間数十人規模で、米国#24、フランス、韓国、さらに市場の成長が期待されるインド等の関連大学・大学院、ビジネススクールに送り出せるよう、支援制度を整備すべきである#25

なお、かつて実写の分野で留学支援制度を設けた際に、当時は国内市場が優先的だったために、帰国後民間企業に受け皿がなく、人材流出を招いた経緯がある。この反省を踏まえ、民間企業においては、採用の多様化、休職制度の整備・拡充、留学経験を直接的に活かすことができる人材配置を含めて、海外に留学した人材の帰国後の受け皿を提供し、社内環境やキャリアパスの整備に努めることが不可欠であり、業界団体としても意識改革とともにこうした取り組みをサポートすべきである。

(3)社会人育成の仕組みを作る

現場で活躍する社会人クリエイターが、働きながら国内で学べる育成制度の充実も重要である。文化庁の支援事業は規模拡充の傾向にはあるものの、アート・伝統文化に重きがおかれ、コンテンツ領域における活用は十分ではない。文化庁は、漫画やゲームも含めて、対象・規模を抜本的に拡充すべきである#26

映像のプロデュース人材については、国内撮影所等の制作現場に隣接した場所にアカデミーを設置して優秀な講師を招聘し、知識と技能の一体的な習得を進めることが有効であり、政府は、民間によるアカデミー設置を政策的に支援すべきである。これにより、制作現場において、企画段階から海外市場を明確にターゲットに据えていくためのマインド変革#27やグローバル水準の技術の習得が進むと期待される。

特に尖った才能を持つ人材については、官民挙げてその活動を徹底的に応援する仕組みも有効である。独立行政法人情報処理推進機構の「未踏事業」は、IT分野において、産業界・学界のトップランナーがメンターとして才能ある人材について採択し、プロジェクト指導等を実施している。こうした制度も参考に、クリエイターを対象としたスキームを構築すべきである。

3 制作・発信・観光拠点を整備する

日本発コンテンツの拠点は国内各所に分散しており、象徴的な拠点を持たないほか、インバウンド誘致への効果的な活用といった取り組み、海外のコンテンツ産業の人材や資金を誘引する仕掛けも十分ではない。そこで、以下に取り組むよう要望する。

(1)日本のコンテンツを象徴する場所を整備する

世界中からヒト・モノ・カネが集まる仕組みを生みだすため、制作スタジオ・劇場・展示施設・教育機関等が集まる拠点を形成し、積極的なプロモーション等も含めて、国内外の日本発コンテンツのファンやクリエイターを惹きつける取り組みが重要である。足許では、東急歌舞伎町タワー、ゲームアートミュージアム等への投資も進められている。今後、拠点の集積・ネットワーク化、周辺の街の開発、クリエイター間の交流を促進するコワーキングスペースやクリエイター・イン・レジデンスの設置促進等を官民連携で推進する必要がある。

政府においては、検討中の「メディア芸術ナショナルセンター」の状況も踏まえつつ、自治体との連携のもと、特区制度の活用も視野に、中長期的なコンテンツ産業の集積拠点の形成について検討すべきである。

こうした拠点に民間投資を促す観点からも、エンターテインメント・文化施設を新規に設置する商業施設に対しては、国の戦略のもと、建蔽率・容積率の上限緩和を認める特例について自治体での活用を促すべきである。また、特に費用のかかる劇場等を拠点に整備する際の支援策も合わせて検討が必要である。

【事例:東急歌舞伎町タワー(歌舞伎町一丁目地区開発計画)】
歌舞伎町の国内最大級(*)のホテル×エンタメからなる超高層複合施設(2023年4月開業)。エンタメと連携したホテル・レストラン、ライブホール・劇場等の発信施設だけでなく、大型屋外ビジョンとシネシティ広場を一体的に活用したイベントコンテスト開催によって、クリエイター育成発掘にも取り組む(官民連携まちなか再生推進事業に基づく補助金を活用)。
(*)高さ200m以上で、ホテルとエンタメ施設(映画館・劇場・ライブホール等)を含む複合施設における日本国内主要観光都市調査((株)未来トレンド研究機構調べ、2022年3月)
(2)コンテンツと観光の連携を加速する

政府は、「観光立国推進基本計画」(2023年3月閣議決定)において、高付加価値旅行者の誘致や観光地の再生・高付加価値化等により、訪日外国人旅行者の旅行消費額単価を引き上げ、訪日外国人旅行消費額を早期に5兆円とする目標を掲げている。

これを実現するための観光資源について、コンテンツツーリズムでは、聖地巡礼はじめ一定の誘客・消費拡大成果も見られるものの、戦略的な観光地の形成やクリエイターに収益還元する仕組みは未だ構築できていない。そこで、海外ファンに向けた観光資源の磨き上げと持続的な収益化に向け、観光庁は、省庁連携のもと、コンテンツ業界と観光業界が連携する場の設置、DMO#28に対するコンテンツIP活用の理解促進、IPを活用した観光地形成・商品開発のノウハウ獲得支援等に努めるべきである#29

インバウンド向けの情報発信で連携することも重要である。司令塔機能(後述)のもと、日本政府観光局(JNTO)、2025年日本国際博覧会事務局とも連携し、IPを効果的に活用したプロモーションの実施、各地のスタジオやエンタメ施設のイベントに関する情報発信等、横連携を推進すべきである。

(3)外国人材を呼び込む

日本においてグローバル水準で優れたコンテンツを制作するうえで、優秀な外国人クリエイターの存在は欠かせない。日本コンテンツのファンである留学生から、優秀な制作技術を有するクリエイターまで、多様な人材・才能を日本に呼び込み、その活躍を促進する施策が求められる。

政府は、日本の学校を卒業しておらず、日本企業に直接雇用されないクリエイターについて、日本企業・自治体等と一定の契約を締結していることなどを条件に、円滑な受入れを進めるべきである(短期滞在ではロケを行う映画監督やプロデューサー、長期滞在ではアニメーター、ゲームプログラマー、デザイナー等)。また、クリエイターのパートナー(事実婚等)のビザ取得の可能化、在留資格申請手続の電子化・簡素化も求められる#30

あわせて自治体とも連携して、クリエイターの入国後の生活サポートの充実をはじめ、外国人材の受入環境を整備することが重要である。将来的には、コンテンツ産業の分野横断的な業界団体において、外国人インターン生を共同で受け入れるなどの取り組みも考えられる。

(4)ロケ誘致の促進と制作スタジオの整備を進める

映画のロケ誘致は、ロケ地のプロモーションによるインバウンド誘客、映像関連産業のグローバル水準での撮影・共同制作の経験による質的向上、スタジオ投資の拡大といった経済波及効果を有し、政府も2022年度補正予算よりロケ誘致の予算措置化を開始した。しかし、未だ各国と比較して規模が小さく、政府は税制優遇措置も選択肢に入れて、本事業の規模を拡充すべきである。その際、海外制作会社がバーチャルプロダクション等を活用する場合やポスト・プロダクションを日本で行う場合は、追加的なインセンティブを付与するなど、先端技術の活用を促すことも有効である。

制作スタジオについては、配信プラットフォーマーの利用拡大等でニーズが増大していることに加え、ロケ誘致の拡大とともに一層需給がタイトになると懸念される。しかし、コンテンツ関連施設は一定規模の土地を要するため、都心における土地の確保が難しく、商業ベースでの持続的な運営にも課題がある。制作スタジオへの投資を促進する観点から、政府において、自治体における税制優遇措置の導入、併設施設における建蔽率・容積率の規制緩和等を促すべきである。また、適切な候補地とのマッチングがうまくいっておらず、具体的な投資につながっていない実態を踏まえ、自治体として制作スタジオの誘致に向けた情報発信等に注力すべきである。

4 司令塔機能・官民連携の場を設置する

コンテンツに関わる政策は、これまでも様々に展開されてきたものの、単発的・分散的で、戦略的に取り組まれてきたとは言い難い。今回、コンテンツ産業の危機的状況を官民で共有し、具体的に取り組むうえで、司令塔機能(例えばコンテンツ庁)の設置、さらに官民連携体制や海外拠点の整備が欠かせない。

(1)司令塔機能(例:コンテンツ庁)を設置する
① 司令塔組織の設置

現在、コンテンツ政策は内閣府・経済産業省・文化庁はじめ複数の府省庁がそれぞれに推進している。クールジャパン戦略については内閣府が総合調整機能を担っているが、戦略に基づく重点分野の設定や予算調整を担っているとは言い難く、海外展開と切り分けられた国内向けコンテンツ支援策との連携も十分ではない。

今後、国として、漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽等のコンテンツ産業政策に注力していくうえで、施策効果を最大化しうる体制の整備が不可欠であり、政府は一元的な司令塔機能を設置すべきである。また、司令塔のもと、人材育成から制作支援、海外展開、IP経済圏形成まで、一貫して、かつ重複を排除した形で各種支援を執行可能な実施機関も重要である。

【事例:韓国コンテンツ振興院(KOCCA)】
KOCCAは、2009年に散在していた文化産業関連機関を統合し設置された、文化体育観光部が管轄する委託執行型準政府機関。コンテンツの融合化が進む中で、韓国コンテンツ産業全体の育成と発展を一元的・横断的にサポ―トすることで、政策支援の効率性を最大化することを目指す。現在、日本を含む世界8か所にビジネスセンターを運営中。2022年度最終予算は5,472億ウォン#31
② 全体戦略の策定と予算の検証

国全体としての位置づけのもと、国際競争力を強化して海外市場を拡大し、さらにモノ・サービスの輸出拡大、インバウンド促進はじめ他産業との連携につなげていくためのコンテンツ産業全体の戦略が必要であり、司令塔機能のもと策定すべきである。

その際、重要分野である「人」に集中投資すべく、既存施策について棚卸と効果の検証を行い、整理・再構築すべきである。現状において、経済産業省の補正事業、総務省の放送コンテンツの海外展開を含むクールジャパンにおけるコンテンツ関係の取り組み#32、その他関連省庁の取り組みは分散して公表されており、各年度で予算がどのように使われたのか、その成果を含めた形で一元的に把握することは容易ではないことから、一覧性のある形での公表を求める

③ 関連統計の整備

コンテンツは、国の各種経済活動調査・統計においても位置づけが不明瞭で、その産業規模や海外展開状況に関する統計は民間調査や単年度委託調査に依存しているほか、法人数・雇用者数や付加価値額等に関する統計はない。全体像が不明瞭であることは、コンテンツ産業の価値を過小評価する要因の一つともなっている。例えば韓国では、文化体育観光部が例年「コンテンツ産業白書」「コンテンツ産業調査」において事業体数、売上高、付加価値額構成、輸出入額、従事者数、地域別収入額、海外進出状況等を経年で追跡・公表している。KPI実現に向けたPDCAを回すためにも、政府は司令塔機能のもと経年調査が必要な項目について改めて検証し、調査を行うべきである。

④ 他産業との連携加速

コンテンツは元来、モノ・サービスの輸出拡大やインバウンド誘致に効果を発揮する。その潜在力を最大限発揮するためにも、司令塔機能のもと、内閣府、経済産業省、文化庁、総務省、農林水産省、観光庁等の取り組みを有機的に連携させるべきである。観光資源形成のほか、食品や製品、観光に関する海外ブース出展時のプロモーションでの連携、外国人材の日本での就労促進や日本語学習者の募集等での効果的なIP活用も考えられる。その際、コンテンツIPを保有する関連企業においても、積極的に関与する姿勢が必要である。

経団連においても、ピッチイベント「Keidanren Innovation Crossing (KIX)」を通じてコンテンツ系スタートアップと大企業のマッチングを行うなど、異業種間連携を促していく。

(2)トップメッセージを発信する

重厚長大型の産業と比較して、コンテンツ産業は、政策上の位置づけを軽視されて来たと言っても過言ではない。しかし、前述のとおり産業・外交両面からコンテンツの重要性は加速的に増しており、いま手を打たなければ、日本が最も国際競争力を持つ勝ち筋のひとつが失われることになる。

こうした危機感や改革マインドを官民で共有し、具体的に施策を推進するためにも、トップメッセージの発信が欠かせない。政府は漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽といったコンテンツ産業について、国の成長を牽引しうる産業として成長戦略等に明確に位置づけ、政策リソースを投入すべきである。また、日本がコンテンツ産業の振興に注力していくことについて、外交を含め対外的にも積極的に発信すべきである。

(3)官民連携体制を整備する

本提言に掲げた取り組みを具体化するには、官民での目的の共有と連携が不可欠であり、協議する場を早期に設置すべきである。民間においても個社の利益を超えた協力・推進体制の構築が重要であり、経団連のクリエイティブエコノミー委員会エンターテインメント・コンテンツ産業部会でも情報発信と連携を進める。

(4)海外のコンテンツ拠点を確立する

日本発コンテンツの持続的な海外展開のためには、海外に拠点を設置し、現地関係者やファンコミュニティとのネットワーク構築、情報収集、進出する日本企業向けのビジネスマッチング支援、プロモーション等を行うことが欠かせない。

そこで、漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽の分野にとって重要なニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、上海、釜山、ムンバイ等のJETRO海外事務所において、コンテンツ専門人材を採用・配置してネットワーク化し、ビジネスマッチングや海外出展事業を推進すべきである。その際、VIPOはじめ関係機関と効果的に情報を共有するなど、緊密に連携すべきである。

関連分野では、国際交流基金およびJNTOが世界に20カ所以上の海外事務所を持つとともに、外務省がロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3都市にJapan Houseを設置している。これら関係機関についてコンテンツに関する相互の情報交換機能を設けるとともに、JETROコンテンツ専門人材とも提携した共同プロジェクトの組成や共同プロモーションの実施等、効果的な連携を進めるべきである。

5 海外展開の新たな道を拓く

海外市場の獲得には、日本発コンテンツの海外発信とローカライズが欠かせない。展示会への出展やインフルエンサーの活用はじめ様々な海外展開の取り組みがある一方で、官民それぞれが単発的に行っているものも少なくなく、改めて取り組みの整理・統合が必要である。海外のファンコミュニティ、IP経済圏を中長期的に形成する視点から、海外出展における横連携、既存IPのリブートや漫画配信チャネルによる市場拡大、海賊版対策の強化、さらに作品の世界観に合った適切な翻訳者の確保といったボトルネックの解消に注力する必要がある。その際、日本のコンテンツを徒に押し付けるのではなく、海外ファンの声に耳を傾けることが欠かせない。

(1)海外出展に向けた連携体制を構築する

コンテンツの各分野では、国内外で多様な海外バイヤー向けの出展事業が行われており、日本の官民もブースの出展やイベントの開催に取り組んできた。この取り組みを戦略的に横連携し、日本全体として出展したり、テーマを統一してプロモーションすることで、これを起爆剤として、プレゼンスを拡大することが期待できる。

そこで、まずは横連携を実現するべく、官民でコンテンツの海外出展に向けたコンソーシアムを組成すべきである。本コンソーシアムでは、日本発コンテンツのプレゼンスが比較的発揮しやすい海外フェス等を網羅的に把握・選定し、年間の連携出展先を決定、日本ブースとして大規模な出展枠を確保する。その際、特に若手クリエイター向けに積極的にブースを提供することで、挑戦機会の増加にもつながる。短期的な商談の成立を目指すことはもちろん、中長期的なイメージ戦略により、日本発コンテンツのファンの持続的拡大を目指す。

また、既存の海外出展機会の活用に加えて、並行して日本発コンテンツのみを出展する海外フェス、いわば「日本発Japan Expo」の開催を検討する。ここではコンテンツを基軸としつつ、コンテンツとテクノロジーを掛け合わせるなど異業種を巻き込んだExpoの実現を目指す。

【海外出展向け連携コンソーシアムのイメージ】

(2)既存IPをリブートする

国内に眠る無数の既存IPは日本の資産であり、これを死蔵することなく、海外市場(BtoB、BtoC)に発信することが重要である。これにより、コンテンツのライフタイムバリュー(LTV)を引き上げることも可能となる。その際、出版・映像等の作品単体だけではなく、グッズ展開はじめ、モノ・サービスの輸出とも戦略的に連携することが必要である。

VIPOが展開するJapan Book Bank#33は、web上にて日英で海外出版および映像化が可能な作品の情報を提供しており、すでに81件の契約実績を持つ。JETRO「Japan Street」#34もまた海外バイヤーに売り込む発信ツールであるが、いずれも掲載コンテンツの数は未だ少なく、ツールの広報活動も課題である。VIPOおよびJETROは、掲載コンテンツや企画書・サンプルの拡充、対内・対外向けのプロモーションに努めるとともに、ツール内における提案活動や優先表示、効果的な広報戦略を進めるべきである。著作権に関する情報については、グッズライセンスの掲載も有効である。

民間としても積極的に自社が保有するIPを活用する姿勢が求められる。民間各社は既存IPの洗い出しを行うとともに、掲載作品の増加、掲載情報の充実、著作権の整理、さらに海外バイヤーからの問い合わせに対応しうる体制の整備等に取り組むべきである。また、各分野の作品情報に関する検索機能をつないだ「JACC®サーチ」#35は、積極的に売り込む機能は持たない。より海外発信において有効活用する仕組みが重要であり、関係団体との連携のもと、「JACC®サーチ」に紐づけられた各分野の掲載カタログを充実させるべきである。

(3)漫画の配信・販売チャネルを拡充する

漫画は商品展開の源流として、日本独自の強みを発揮してきた分野である。他方で、映像・音楽のように、出版社を超えたコンテンツを多言語かつ同時配信可能なデジタルプラットフォームはなく、好機となるなか、韓国企業はウェブトゥーンのグローバル配信プラットフォームを着実に形成している。

迅速な対応が必要な今、官民で危機感を共有し、出版各社を巻き込んだ対話チャネルを形成すべきである。そのなかで、電子コミック販売に豊富なノウハウと経験を持ち、海外進出にも前向きな日本発電子コミック書店・サービスの海外進出を促す支援策(掲載作品の増加、翻訳支援、プロモーション支援等)をはじめ、日本発の漫画プラットフォームの構築に向けて検討すべきである。

(4)海賊版対策を徹底強化する

販路拡大と並行して、1兆円とも言われる海賊版漫画市場への対応が欠かせない。すでに各省庁や一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)等において対策が進められているが、海賊版対策は終わりなき取り組みであり、海賊版が日本ブランドを毀損しているとの認識のもと継続的に強化すべきである。

特に、海外を拠点とする海賊版配信事業者が増えており、特に、サーバー、CDN(コンテンツデリバリネットワーク)、広告ネットワーク、出稿主、ドメイン等すべてが海外の事業者については、日本からの対応がますます困難になっている。そのような海賊版について民間企業が集めた機微な情報を持ち寄る窓口を設置し、これまで以上に官民の情報連携を強化すべきである。配信元が海外の場合は、集まった情報を基に、外交交渉でも積極的に是正を働きかけることが重要であり、内閣府、外務省、警察庁はじめ政府間で恒常的な情報交換の場(連絡会議)を設置すべきである。

啓蒙活動においては、訴訟事例等を米国大手紙はじめ現地国民がアクセスする媒体に掲載する、海外の日本発コンテンツファンが集まるネットコミュニティに呼びかけるなど、現地での情報発信が有効である。

(5)共通インフラとしての翻訳機能を拡充する

マイナー言語である日本語コンテンツを海外に展開するうえで、英語、中国語、次いでスペイン語への翻訳はコンテンツ海外展開の共通インフラである。文化庁および経済産業省の文学・映像の翻訳助成事業については、対象を漫画に広げるとともに、両者の翻訳事業予算を抜本的に拡充・連携させ、世界を目指すIPを支援すべきである。その際、特に若手クリエイターに対して、翻訳者とのマッチングも含めて支援することが望ましい。

翻訳を担う人材の育成も欠かせない。企業においては、AIの自然言語処理機能を使いこなせる翻訳者に対するニーズが高い。政府はリスキリング政策、各国における日本語学習者の増加等を含めた翻訳人材の育成に注力すべきである。また、大学はじめ関連教育機関においても、AI活用も含めた教育課程の見直し・充実、コンテンツ産業との連携強化が求められる。

世界各国に散らばる日本語学習経験者や日本企業の海外拠点の元従業員等、しかるべき研修や訓練によって翻訳者となるポテンシャルを持つ人材は少なくない。こうした翻訳者予備軍ともいえる人材が活躍できるよう、政府はオンライン上の翻訳者プラットフォームを構築すべきである。ここでは、登録した翻訳者と事業者とのマッチング、翻訳に係る研修の提供、関連支援策の情報発信、特殊なターミノロジーの共有等を一元的に行うことで、ジャンルを超えて日本全体で翻訳機能が強化できるとともに、特にスタートアップや中小規模の企業にとっては翻訳者へのアクセスが円滑化される#36

Ⅳ.おわりに

本提言は、2022年6月に発足した経団連クリエイティブエコノミー委員会が掲げたビジョンのもと、50を超える関係企業・団体、有識者等へのヒアリングを行い、対象5分野のリーディングカンパニーが集まった検討会において作成した。元々独創的で個の意思が強い人材が集まって形成されており、多種多様な主張のもと、意見をまとめることは困難を極めた。

しかし、今回打ち出した民間側の思いは本物である。今まで築き上げた日本発コンテンツのプレゼンスが失われる危機感、各国の政策競争が激化する焦り、それでもこの産業には極めて高い潜在力があるという確信、本提言はそうしたものを背負って送り出された。個々の取り組みについては様々な意見があると思うが、ビジョンを見失うことなく本質的な議論を行う契機としたい。

なお、本提言で取りあげるには至らなかったが、今後、検討を深めるべき課題も多数残されている。例として、第1に、経済安全保障/文化安全保障がある。コンテンツ分野のM&Aが世界的に活発化するなか、日本発の象徴的なコンテンツIPが過度に他国に買収されることのないよう、防衛措置を検討することも課題である。第2に、フリーランスの増加に伴い、活動実績を公的に証明するデータベース等、円滑な活動を支援する仕組みも課題であり、建設キャリアアップシステム等も参考にした制度設計が期待される。第3に、chatGPTをはじめとする生成系AIの急速な進歩を受けて、こうした動きをリスクおよびチャンスとしてどのように捉えていくのか、業界・政府一丸となって対応を検討することが欠かせない。

以上

  1. 出所:JETRO「プラットフォーム時代の韓国コンテンツ産業振興策および事例調査」(2022年)を基に経済産業省作成
  2. キャラクター等の知的財産が分野を超えて生み出す売上(ライセンス料等)の累計
  3. 出所:titlemax「The 25 Highest-Grossing Media Franchises of All Time」(2019)
  4. 出所:ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2022」
  5. 出所:ヒューマンメディア「コンテンツ産業の現状」(2023年3月、経団連委託調査)。数値は広告を含む。
  6. 出所:同上
  7. 出所:PwC「グローバル エンタテイメント&メディア アウトルック 2021-2025」
  8. マイクロソフトは2022年、ゲーム会社Activision Blizzardを687億ドルで買収する計画を公表した(現在は米国連邦取引委員会の審査待ち)
  9. 出所:ヒューマンメディア「コンテンツ産業の現状」(2023年3月、経団連委託調査)。韓国文化体育観光部コンテンツ産業統計調査を分析。なお、アニメ、家庭用ゲームについては日本が韓国を上回っている
  10. 本提言では、漫画・アニメ・ゲーム・実写/ドラマ・音楽等のエンターテインメント・コンテンツ領域で創造的な制作活動を行う人材を指す
  11. 出所:ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2022」
  12. 動画・音声等をインターネットを介して直接視聴者に届ける配信サービス
  13. 韓国では、コンテンツ輸出マーケティング・プラットフォーム(WelCon)を構築し、海外出展への申請、海外市場分析、専門家との無料相談機能、自社向けの診断サービス等をワンストップで提供している。また、EUでは、オーディオビジュアルおよびニュースメディア企業向けの支援情報に一元的にアクセス可能な「Interactive mapping tool」を立ち上げている。
  14. 文化庁「文化芸術分野の契約等に関する相談窓口」
  15. その際、コンテンツ業界に知見のある弁護士・弁理士・税理士等の業界団体や関連組織と連携して進めることも有効
  16. Sweden Game Arena「The hub of Swedish game startups」
  17. Visual Effects(視覚効果)の略。特に映像制作において、通常の撮影等では実現が困難な特殊な視覚効果を得るために利用する映像技術
  18. 背景映像の仮想空間と実物の被写体を同時に撮影し、合成する技術
  19. コンテンツ海外展開促進・基盤強化事業(JLOD)の一部
  20. 経団連「web3推進戦略」(2022年11月)
  21. 文化庁 文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議
  22. 文化庁「国内クリエイター創作支援プログラム」等
  23. なお、令和5年度税制改正において、企業が私立大学や高専等を設立するために寄附を行う場合に、当該寄附金を全額損金算入可能とする措置を導入済
  24. 映画については、ニューヨーク大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校等を想定
  25. 「トビタテ!留学JAPAN」においてコンテンツ分野のコースを再編することも一案
  26. 文化庁の既存施策として、メディア芸術人材育成事業、トップアーティストのグローバル展開事業、ndjc:若手映画作家育成プロジェクト等
  27. 例として、日本独自のハイコンテクストな表現の見直し、役者の選出や編集等における海外ユーザーのニーズの取り入れ等
  28. Destination Management/Marketing Organization(観光地域づくり法人)の略
  29. 本物の制作・体験現場はコアなファンへの訴求力が高いことも踏まえ、西武新宿線沿いのアニメ制作会社をマップ化し、観光資源化することも一案
  30. 経団連「Innovating Migration Policies ―2030年に向けた外国人政策のあり方―」(2022年2月)
  31. 出所:KOCCA「2023年度韓国コンテンツ振興院支援事業説明会」
  32. 内閣府知的財産戦略推進事務局「クールジャパン関連予算」
  33. VIPO「Japan Book Bank」
  34. JETRO「Japan Street」
  35. VIPO「JACC®サーチ - Japan Content Catalog -」
  36. その際、国立研究開発法人情報通信研究機構の推進する高精度AI翻訳システムの研究開発と連携することも有効

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