Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年10月12日 No.3334  日EU EPA大枠合意と各国内の反応 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(慶應義塾大学総合政策学部教授) 渡邊頼純

2017年7月6日、4年余りの交渉を経て安倍晋三首相とトゥスク欧州理事会常任議長ならびにユンカー欧州委員会委員長は「日EU EPAについて大枠合意に達した」ことを確認、GDPと貿易で世界の約3割を占める日EUの間で自由貿易地域が形成されることがほぼ確実となった。トランプ政権下でアメリカの通商政策が急速に保護主義化するなか、日本とEUが自由貿易推進の姿勢を明確に示すことができたことの意義は大きい。

■ 高いレベルの市場アクセスを相互に保証

工業品については日EUともに関税撤廃率100%を達成できた。産業界にとってより重要なのは協定発効と同時に関税が撤廃される「即時撤廃率」であるが、これは日本側が96.2%であるのに対し、EU側は81.7%にとどまっている。EUの方がやや低い水準にあるのは、日EU貿易における両者の関税構造の違いにある。

EUの対日輸出は8兆785億円、日本の対EU輸出は7兆9626億円(いずれも16年)であるが、前者においてEUの物品に関税がかかる比率は全体のわずか27.6%であるのに対し、後者において日本の物品がEUの対外共通関税を課される比率は67.3%にも上る。このことは関税撤廃交渉において、EUは日本に比べ、より多くの撤廃オファーをすることを余儀なくされることを意味している。他方、日本はすでに関税撤廃された物品が交渉前から7割以上あることから撤廃オファーは少なくて済む。日本の高い即時撤廃率のなかには、もともとゼロ関税であったものも含まれているので、日本の方がEUよりも高くなるのである。

このような関税構造の「非対称性」のゆえに交渉立ち上げは困難を極めた。07年にいち早くEUとのFTA交渉に乗り出した韓国を追い上げるべく日本はEUとの交渉開始を急いだが、EUの対応は冷たかった。よく挙げられる例であるが、EUの自動車関税は10%、プラズマテレビは14%であるのに対し、日本はいずれもゼロ関税である。これではEU側がEPA交渉に逡巡したのも理解できる。EUが日本とのEPA交渉にその重い腰を上げたのは、野田政権のTPP(環太平洋パートナーシップ)交渉参加により、日本の姿勢が前向きになったのを受けてのことだった。

■ EUは鉄道物品の調達、農産加工品の市場アクセス改善に焦点

それではEU側は日本に何を求めたのか。1つは非関税障壁である。これは基準・認証などが貿易にマイナスの影響を与えている場合、そのような関税によらない措置を緩和・撤廃することが交渉対象となる。自動車の安全基準や医療機器の認証など交渉の前哨戦ともいうべき「スコーピング作業」のなかで調整が進んだ。2つ目は鉄道関連物品の調達である。これもEUが最重要視していた分野で「スコーピング作業」以来、厳しい交渉が展開した。

3つ目は農産品・農産加工品の日本市場へのアクセス改善である。これは特に日本がTPP交渉で農産品の約81%を関税撤廃対象としたことを受け、EUはそれ以上の水準で日本市場を切り開こうとした。日本はコメを含む「聖域分野」については、豚肉の差額関税制度や砂糖に関する糖価調整制度を維持しながら、EUからの要望の強かったソフトチーズやバターなどの乳製品、チョコレート菓子については関税割り当てや長期の撤廃期間で対応した。また、EU産ワインについては即時撤廃を約束し、内外から注目を集めた。

■ 日本の農産品輸出にもメリット

農業分野で特筆すべきは、今回の日EU合意では日本からの農産品輸出についてほぼすべての品目で関税撤廃を獲得できたことである。しかも、醤油(現行関税率7.7%)、緑茶(同3.2%)、牛肉(同12.8%+従量税)などはEUによる即時撤廃を確保できた。このことは、5億人を超えるEU市場に向けた日本の農水産品の輸出促進に貢献すると期待されている。

日本産酒類の輸出拡大にも弾みがつきそうである。従来、EU域外からEU域内へのワイン輸出は、EUのワイン醸造規則に適合したものしか認められていなかった。今回の交渉を経てEUは「日本ワイン」の醸造方法を容認し、協定発効後はその自由な流通・販売が可能となった。また、これまでは酒類の容器容量について700ミリリットルや1750ミリリットル等の決められた容量以外は流通ができなかった。協定発効後は焼酎の四合瓶や一升瓶での輸出も可能となり、焼酎や日本酒の輸出拡大が見込まれる。

地理的表示(GI)で合意できたこともメリットが大きい。日本産の日本酒と他国で醸造された清酒との差別化がEU域内で可能となることから、模造品等の流通が防止され、日本産の種類のブランド価値の保護が実現できる。

■ ルール形成にも包括性

投資や競争政策、規制協力など20項目以上の広範な分野でルール形成ができたことも評価できる。電子商取引では、日EU間における電子的な送信に対する関税賦課の禁止、ソースコード開示要求の禁止などを規定、消費者保護にかかる措置の重要性についても共通認識を確立できた。投資については、これまでいずれのEU加盟国との間においても投資関連協定を締結していなかったが、今回の合意によりEU加盟国との間で投資保護のルールが規定できたことの意義は大きい。

ただ、投資家対国家の投資をめぐる紛争解決(ISDS)についてはEU側の抵抗が強く、引き続き協議されている。この問題に現実的な対応をすることで早期に「大枠合意」が正式合意になることが期待されている。

【21世紀政策研究所】

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