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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年4月5日 No.3357 なぜ「山寨」とイノベーションが共存するのか -21世紀政策研究所 解説シリーズ/神戸大学大学院経済学研究科教授 梶谷懐

最近、日本でも中国の深圳における製造業のダイナミズム、特にIoTの分野で斬新なアイデアの新製品を生み出すベンチャー系の企業に注目が集まりつつある。深圳について筆者が特に興味を抱いてきたのは、この街が一方で「山寨(さんさい)品」と呼ばれるコピー製品が横行する「山寨の中心地」でありながら、同時に「ハードウェアのシリコンバレー」と称されるイノベーションの中心地でもあるという「2つの顔」を持つ点だ。この2つの相矛盾するはずの特徴が、どのように有機的に結びついているのか。

10年以上にわたって深圳の製造業の現場で活躍してきた藤岡淳一氏の近著『「ハードウェアのシリコンバレー深圳」に学ぶ』(インプレスR&D、2017年)によれば、そのカギを握るのは「デザインハウス(IDH)」だ。IDHとは、電子機器の回路図などの設計から製造支援までを担う統合型企業で、特に製品開発の過程において大きな影響力を持っている。例えば、顧客からインテルなど大手IT企業のチップを使用した製品の開発を依頼されると、企業はインテルの傘下にあるIDHにマザーボードを発注する。すると、IDHはマザーボードの設計とともに使用する部品およびサプライヤーのリストを提供してくれる。それさえあれば、モノづくりの経験がないベンチャー企業でも比較的簡単に新製品を出すことができる、という仕組みである。

このIDHは、回路図などの設計を手掛けてものづくりの一端を担いつつも、その経済的機能は限りなく「仲介業者」のそれに近い。藤岡氏の表現を借りれば、「IDHは単に基板設計を担っているだけではなく、ガイドの役割を果たしている。本来ならば極めて難易度の高いはずの深圳エコシステムの活用を容易なものへと変えてくれる」のである。

こういった「仲介業者の重要性」は、中国の製造業が工程のアウトソーシングと同業者との激しい競争によって生産性を引き上げたことと深い関係がある。アウトソーシングと新規参入を繰り返すことにより、確かに中間財調達のコストは低減するが、その分無数にある部品調達先のうちどこを選べばよいのか、選んだ相手の「裏切り」をどう防げばよいのか、という「囚人のジレンマ」的な問題が必ず発生するからだ。

変化の目まぐるしい現在の電子産業の分野では、日本の「系列取引」のように長期間の安定した取引で囚人のジレンマ問題を解決する、という方法は適切ではない。これまで取引していた部品業者よりもっと安くてよい品質の業者が参入してくるかもしれないし、企業の方も状況に応じて製品のラインアップを常に変えていかなければならないかもしれないからだ。そこに、IDHという、高度な知識を持った仲介業者が大きな役割を果たす余地がある。

実はIDHのビジネスモデルが深圳で広がるきっかけは、今世紀初頭の山寨携帯の爆発的な広がりにあった。それはもともと「素人同然の創業者」と「有象無象ばかりの零細部品企業」を仲介することによって、「パクリ行為」をビジネスとして成り立たせるのに適したシステムだった。しかし、現在ではそれが製品開発の固定費を引き下げ、ベンチャー企業のスタートアップを促進するシステムとしても機能している。

このような「パクリ経済が生み出した意図せざるシステム」に支えられたイノベーションは、今後も続いていくのか。その行方には、日本からも目が離せない。

【21世紀政策研究所】

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