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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年5月17日 No.3361 米朝首脳会談と融和的ムードへの懸念 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/神奈川大学教授・アジア研究センター所長 佐橋亮

文在寅氏の手を引きながら、板門店の軍事境界線を笑顔で踏み越えてみせた金正恩氏。

ツイッターや支持者への演説で逐一進捗を報告し、北朝鮮から解放され深夜に到着した米国人3名をタラップに登ってまで出迎えたドナルド・トランプ氏。

米朝両指導者のパフォーマンスにいまや世界はくぎ付けになっている。

「金正恩氏との会談に応じてもよい」――。トランプ大統領が意思を表明したのは3月8日。シンガポールでの米朝首脳会談の6月12日まで100日足らず。「劇場型」で進む朝鮮半島情勢は融和ムードの一方で、果たして非核化、そして北東アジアの永続的な平和に向かっているのだろうか。

米朝の事前折衝で課題が解決されているとはみえない。ポンペオ氏(前CIA長官、現国務長官)の2度にわたる訪朝も短時間での交渉にすぎない。話し合うべき論点を両政府が整理しているにせよ、その解決は6月12日にシンガポールで行われる米朝首脳会談に委ねられる。

両者と国際社会が納得するかたちでの解決は容易ではない。

日米両政府が求める「完全、検証可能、かつ不可逆な核廃棄(CVID)」は目標として正しい一方で、北朝鮮には4桁に上る核開発関連施設があるといわれ、核弾頭の解体や保管、技術者の扱いにも多くの解決すべき技術的困難がある。さらに生物・化学兵器、短中距離ミサイル、開発途上の大陸間弾道弾も軍縮・管理の対象にするのであれば、チェックリストはさらに長くなる。しかし、査察を通じた検証に時間を要するなか、何の経済的見返りもないまま北朝鮮は待てるのだろうか。

そもそも、北朝鮮と米国、国際社会は信頼を構築してきたとはいえず、互いが合意に拘束されるのか確信を持ちづらい。トランプ政権によるイラン核合意からの離脱は北朝鮮の不信を招いただろう。急速な中朝接近は米国に全面的な核廃棄への本気度を疑わせる。

しかし、トランプ氏が直接に交渉にあたるという事実は、そういった困難をあっさりと乗り越えてしまう可能性を秘めている。トランプ氏にとって自らの手腕を国内の聴衆にアピールすることこそが優先的な事項だ。核廃棄や米本土への脅威低下の道筋がシンボリックなかたちでみえるのであれば、最初の取引として上々の出来であると強弁しかねない。ボルトン大統領補佐官が、南北非核化共同宣言(1992年)が基礎になると言及しているが、これは核廃棄先行の強硬論を修正するものかもしれない。中朝が求める段階的非核化プロセス(それは経済的見返りが適時与えられることを意味する)に歩み寄ったかたちで、6月の合意が決着する可能性は決して否定できない。

さて、板門店宣言(4月27日)は終戦宣言と平和協定の締結という目標を確認した。非核化も「朝鮮半島の」とされている。果たしてそれは、在韓米軍の規模や役割、この地域における米国の核の傘やミサイル防衛網に影響を与えないのか。もし影響があるとなれば、米韓同盟の意味は根本的に変わり、それは日本周辺の安全保障環境の激変を意味する。中国をにらむ米太平洋軍も相応の見直しを行うことになる。他方でそれこそが中朝のねらいでもあろう。

一部報道では、米朝首脳会談にあわせ習近平氏もシンガポールを訪問する調整がされているという。停戦条約の当事国である中国の存在があれば、平和協定にかかわる話し合いは必定だろう。いずれにせよ、近いうちに議論の俎上にはのる。そのとき米軍の態勢や変更がもたらす戦略的含意について、トランプ氏を十分に説得できる高官は隣に控えているのだろうか。

米朝首脳会談で融和的なムードが決定づけられれば、さまざまな現象が雪崩を打って起こる。それを(意図的にも)好意的に受け止め、北朝鮮との二カ国交渉において独自の制裁解除等に踏み切る国が出てこないとはいい切れない。

もし合意が満足いくものであれば、日本も積極的に動くことが望ましい。交渉が破綻すれば、緊張の再燃を覚悟しなければならない。

だが、日本が本当に恐れるべきは、不十分な合意にもかかわらず融和的ムードが懸念を一時的にかき消すことだろう。そしてその中長期的なインパクトは、日本の国家戦略を根本から揺るがしかねないほど大きい。

(5月11日脱稿)

【21世紀政策研究所】

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