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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年7月19日 No.3370 最近の欧州情勢<下> -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(早稲田大学大学院法務研究科教授) 須網隆夫

須網研究主幹

前回は、6月末の欧州理事会までの情勢を概観した。EUには、「欧州理事会」と「EU理事会」という2つの理事会があり紛らわしいが、前者は、加盟国首脳、常任議長、欧州委員会委員長が構成する最高の政治的決定機関であり、後者は、加盟国政府の閣僚が構成する立法機関である。それでは、6月28~29日に開催された欧州理事会はどのような結論に到達したのだろうか。

■ 欧州理事会の結論

今年前半のEUが難民問題を中心に展開したため、欧州理事会の結論も、やはり難民問題に多くを割いている。具体的には、難民流入を抑制する方策と地中海上で救出される難民への対応を決定した。すなわち第1に、EUへの密航の動機をなくすために、第三国と協力して、地域的なプラットフォームを確立し、そこで個人を選別すること。第2に、洋上で救助された者に対しては、EU域内に収容センターを加盟国が自主的に設置して収容し、そこで送還する者と保護する者を選別することである。このほか、トルコの難民施設の拡充に加え、難民の発生抑制にはアフリカ諸国の社会経済的発展が不可欠であるとして、5億ユーロの援助資金追加が合意されている。域外国境国に大きな負担を強いている現行のダブリン・システムについては、制度改革は合意されず、迅速な解決の必要が強調されるにとどまった。このような欧州理事会の結論は、「玉虫色」「具体策の先送り」と批判されている。確かに、結論には曖昧な部分が少なくない。ただし、前述のように欧州理事会は全体的な方針を定める機関であり、もともと制度の具体的内容を定める機関でないことには留意する必要がある。

欧州理事会は、難民問題に加えて、第2に、防衛投資の拡大をはじめとする防衛力強化およびEU・NATO協力のさらなる深化、第3に、今年3月の欧州理事会の結論と同様に、ルールに基づく多国間システムの維持と深化の重要性を強調して、WTOの機能強化の方向性を、それぞれ合意している。いずれも、米トランプ政権との関連がうかがえる。前者は、防衛費の増額要求の先取りであり、後者は、米の保護主義的政策による貿易摩擦の顕在化に対して、保護主義に反対する姿勢を明示している。

もちろんBrexitも議論されている。欧州理事会は、離脱協定案の進展を歓迎するが、他方、合意に達していない重要事項、特にアイルランド・北アイルランド間の国境問題について進展がないことに言及し、離脱協定の速やかな締結には、イギリスが従来の約束を履行することが不可欠であると指摘するとともに、イギリスが離脱後の将来関係に関する立場を明確にし、現実的で実行可能な提案を提出するよう求めている。欧州理事会は、離脱に伴う、欧州議会の議席数の加盟国への再配分も決定して、離脱への準備を進めている。

欧州理事会の結論に現れなかった事項にも注意が必要である。結論は、ユーロ改革について何も言及していない。欧州理事会での議論の有無は不明であるが、少なくとも前回言及したユーロ圏共通予算について、加盟国間の合意が成立していないことは明白である。

■ メイ政権の離脱交渉方針

欧州理事会後、その結論に触発されたように、イギリス国内で動きがあった。メイ首相は、7月6日の臨時閣議で、ソフトBrexitの離脱交渉方針をまとめ、これを不満とするデービス離脱相、ジョンソン外相が辞任した。そして12日に、政府は、離脱交渉の方針をまとめた白書を公表した。白書は、摩擦のない商品のアクセスをうたい、EUとの自由貿易地域の設定を提案する。国境での関税徴収を不要にするというアイデアであり、これによりアイルランドとの国境問題も解決しようとする。そのために、農産物を含む商品に関して、関連するEUルールを受け入れて、離脱後もEUとの共通ルールを維持する。

もっとも、関税だけに着目しても中間財と最終製品の扱いを異にするなど複雑な手続きが必要であり、その実現可能性には疑問もある。また、一定範囲でイギリス基準とEU基準の整合性を保っていくにせよ、新たに採択されるEUルールの扱いは不透明であり、イギリス提案により、EU・イギリスを跨ぐサプライチェーンが維持できるかは明確ではない。いずれにせよ、強行離脱を避けるための交渉の実質的期限といわれる10月まで、厳しい交渉が続くだろう。

この間の交渉経緯は、経済的破綻を回避しながら、EUから離脱することがいかに困難であるかを証明してもいる。そのことを各国が認識する限り、一時懸念されたEUからの離脱ドミノが発生する公算は、実際には大きくないであろう。

【21世紀政策研究所】

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