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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年10月4日 No.3379 日米物品貿易協定(TAG)の意義と展望 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(東京大学社会科学研究所教授) 中川淳司

中川研究委員

■ 日米両国、物品貿易協定の交渉開始で合意

9月26日(日本時間27日早朝)に行われた首脳会談で、日米両国はモノの貿易を自由化する物品貿易協定(TAG)の交渉を開始することで合意した。会談後に公表された共同声明によれば、日米両国は、必要な国内手続きを経たうえで、物品貿易協定の交渉を開始する。交渉ではサービス分野なども話し合われるが、いずれにせよ早期の妥結を目指す。両国は、信頼関係に基づいて交渉を行い、交渉期間中は共同声明の精神に反する行動をとらないとされた。また、交渉では、農林水産物については日本が過去に約束した市場アクセスを上限とするという日本の立場を尊重するとした。

日米両国は、今年4月の首脳会談で「自由で公正かつ相互的な貿易取引のための協議(FFR)」を閣僚レベルで開始することで合意し、8月には第1回の会合が開かれた。今回の首脳会談の前日に開かれた第2回会合、そして今回の首脳会談でFFRの具体的な内容と方針が決定されたことになる。

■ 今回の合意の意義:米国に花を持たせて実を取った

日本にとって、今回の合意の成果は2点ある。第1に、物品貿易協定の交渉期間中は、「共同声明の精神に反する行動」である自動車への追加関税を発動しない確約を米国から得たことである。米トランプ政権は、追加関税発動の圧力を背景に二国間の貿易交渉を進めるという戦略を採用し、これまでに一定の成果を挙げてきた。3月には、通商拡大法に基づく鉄鋼・アルミ製品への追加関税を発動しないことと引き換えに、韓国との間で米側の要求を取り入れた自由貿易協定(FTA)の見直しで大筋合意した。7月には、通商拡大法に基づく自動車への追加関税を発動しないとの確約と引き換えに、EUとの間で自動車を除く工業製品の関税撤廃に向けた交渉を開始することで合意した。今回の日米合意は7月の米EUの合意と共通する構図であり、その意味では、自動車への追加関税の発動という米国の圧力が日本に対しても効果を持ったといえる。

他方で、今回の合意の第2の成果として、日本は農林水産物の自由化について、過去に約束した自由化の水準を上限とするという日本の立場を認めさせた。したがって、米国は物品貿易協定の交渉で、日本がTPPで米国に約束した水準以上の自由化は求めないことになる。

今回の合意により、米トランプ政権は、11月の中間選挙前に、日本との間で物品貿易協定の交渉開始で合意したという成果をアピールすることができる。他方で、日本は、自動車への追加関税発動を回避し、農林水産物の自由化ではTPPで約束した水準を上限とすることを米国に認めさせた。その意味で、日本は米トランプ政権に花を持たせつつ、実を得たといえる。

他方で、共同声明は、物品貿易協定の議論がまとまった後に、その他の貿易投資問題についても交渉を開始するとも述べた。この意味するところは明らかではない。米国が日本に求めてきた包括的なFTAの交渉につながるとも取れるが、現時点ではあえて明確にせず、玉虫色の決着が図られたようだ。

■ 今後の交渉の見通し

今後は日米間で物品貿易協定の枠組みで交渉が進められることになる。通商交渉の手続きを定めた米国の貿易促進権限(TPA)法は、交渉開始の90日前までに議会に通知することを行政府に求めている。このため、交渉開始は来年早々になる見込みである。他方で、米国のライトハイザー通商代表は、9月26日の電話会見で、モノの関税や非関税障壁で、議会通知が不要な範囲の事項については、今後数カ月以内で交渉するとも述べた。米国の自動車メーカーが求めてきた日本の自動車安全基準の緩和などが念頭にあるとみられる。

日本の工業製品の関税率は総じて低く、物品貿易協定の主な交渉対象は日本の農林水産物ということになるだろう。TPPで米国に約束した自由化水準を上限とすることで合意したため、交渉は比較的短期で決着するのではないだろうか。共同声明は、これ以外に、米国の関心事項として、自由化交渉の結果、自国の自動車産業の生産と雇用の増加がもたらされることを挙げている。日本の自動車関税はすでにゼロであり、これ以上の自由化は考えられない。先に挙げた、物品貿易協定に先行して交渉が行われる可能性がある日本の自動車安全基準の緩和のほか、交渉では、日本の自動車産業に米国での投資を拡大させ、米国国内の生産や雇用を拡大するよう求めることも話し合われる可能性がある。

(9月27日脱稿)

【21世紀政策研究所】

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