21世紀政策研究所は1月23日、中国情勢に関する研究プロジェクト(研究主幹=川島真東京大学大学院総合文化研究科教授)メンバーによる、中国の国内情勢に関するセミナー「中国経済・社会の展望と課題」を開催した。発言の概要は次のとおり。
■ 中国経済を取り巻く課題~経済動向と内外の情勢
(内藤二郎研究委員/大東文化大学経済学部教授)
中国の経済指標を見ると個人消費、投資、輸出の鈍化は鮮明だが、景気対策を行う余力はまだ大きく、短期的に経済が崩壊する状況にはない。ただ、高齢化などの問題が深刻化する前に税制などの構造改革を行わなければ、過大な債務が問題となっている地方財政だけでなく、健全といわれてきた中央財政も悪化し、経済政策が硬直化する懸念も出てくる。
中国が「中所得国の罠」を乗り越えるために不可欠なイノベーションについては、国内で新たな産業が育つなど良好な動きがみられる。しかし、中国がもう一方で直面する「体制移行の罠」を考えると、改革開放以降できることから先に取り組んできた結果、先送りした解決困難な問題ばかりが残ってしまった。
■ 中国農業・農村の変容と再編~農業構造調整と新たな担い手
(寳劔久俊研究委員/関西学院大学国際学部教授)
中国では農地流動化率が2010年ごろから急上昇し、16年には35%に達した。中国の農地流動化は村内だけでなく、村外の農家や法人向けに賃貸借を行うことで農地の集約が図られている。また、専門的経営者や企業による農業参入、農協的組織の設立も進展しているが、それらに向けた膨大な財政支援の効率性も問題となっている。
他方、eコマースサイト「タオバオ」を運営するアリババは、農村振興のため、ICT技術や電子商取引を通じた販売チャネルの拡大、スマート農業の普及、特産品のブランド化、サプライチェーンへの関与とその改善、農業関連人材の育成に取り組んでいる。
■ 第四次産業革命と中国の社会統治
(金野純研究委員/学習院女子大学国際文化交流学部准教授)
中国型社会統制のシステム、特に人工知能(AI)技術を応用した監視カメラ網の整備と拡大は、市場経済導入以降の犯罪急増に頭を悩ませていた中国の治安当局に技術的打開策を与えつつある。このような技術革新と一党独裁体制は現在さまざまな面で融合しはじめており、政治、経済、社会、文化の各方面において中国に新たな進化をもたらし、また新たなマーケットを創造している。
社会への統制を強める習近平政権の特徴は、法を通した規制の拡大である。中国における法は、共産党の独裁と統制を強化する有効な手段であり、技術を用いた中国型コントロール・モデルを機能させている。インターネットも含めたあらゆる社会統制は、広範な法規制と絡み合いながら、中国の人々の言動を規制している。
<パネルディスカッション>
後半のパネルディスカッションでは、川島研究主幹をモデレーターとして、財政・農業・社会統治の観点から、中国経済の成長が今後もサステナブルであるために必要な条件や課題、米中対立の影響について議論が交わされた。
内藤委員は、財政と金融が未分離であることの問題点や、一党独裁であっても民意の反映を必要とする政策運営の難しさ、経済が減速するなかで共産党内部での保守派と改革派の対立が表面化する可能性について言及。米中の対立激化を口実にインフラや不動産に対する投資が増加し、その結果国内の構造改革が遅れて中国に残る諸問題がさらに悪化することが懸念されるとの見解を示した。
寳劔委員は、中国における最大の懸案である人口問題について、その影響が先行して表れる農村の課題として、都市との格差を挙げた。都市に行けば収入機会はもとより、相対的に優れた教育や医療などの公的サービスを享受できると考える農民が多いことが、農民工の増加と農村の高齢化率上昇の主要因であるとして、都市・農村関係の再編の重要性を示唆した。また、コメと小麦を守ろうとする中国の食料安全保障とその対策に充てられる莫大な補助金の問題、米中対立に起因する大豆と畜産物の動向を紹介した。
金野委員は、中国では自由というものが社会の不安定を想起させることから、監視システムに対して肯定的な意見をもつ人々が多いと指摘した。さらに中国モデルの社会統治は権威主義的な国々にとっても魅力があり、その拡大は現地化するなかで多様なバリエーションを生み出す過程を伴いながら進行していくとの見解を示した。
【21世紀政策研究所】