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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年6月25日 No.3458 コロナウイルスと戦時大統領 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/新型肺炎(コロナウイルス)問題とアメリカ政治<6>
/21世紀政策研究所研究委員(東京都立大学教授) 梅川健

トランプ大統領は3月13日に国家緊急事態を宣言し、18日には「戦時大統領(wartime president)」と名乗った。しかしながら、感染症対策は戦争ではない。それゆえ、「戦時大統領」という言葉は比喩にすぎない。比喩と現実の間のギャップを、レトリックと大統領権限という2つの側面から考えたい。

アメリカでは、危機において大統領の支持率が上昇するという「旗下集結効果」があることが知られている。例えば、2001年9月11日の同時多発テロ攻撃の前後では、G・W・ブッシュ大統領の支持率は40%台から90%台へと跳ね上がった。他方で、トランプ大統領の場合、「戦時大統領」とアピールした3月中旬から下旬にかけての支持率は43~45%にとどまり、旗下集結効果はみられなかった。すなわち、コロナ禍を「戦争」と見なすトランプ大統領のレトリックを、アメリカ国民は受け入れなかった。

「戦時大統領」というトランプ大統領自身の位置づけと、彼が用いた権限の間にもギャップがある。3月13日の国家緊急事態宣言を見てみよう。言葉の響きからは、この宣言によってアメリカは平時から緊急事態へと切り替わり、大統領によってさまざまな命令が可能になったかのような印象を受けるかもしれない。確かに、緊急事態において大統領が発動可能になる権限は多数存在している。アメリカ合衆国憲法は平時と戦時についての規定はあるものの、その中間点である緊急事態についての規定を置いておらず、議会立法によって緊急事態法制が整備されてきた。現在では、大統領は緊急事態を宣言する際に、具体的にどの法律の、どの条項の権限を発動するかを明言することが国家緊急事態法によって義務づけられている。

3月13日の緊急事態宣言では社会保障法1135条に言及があった。この条項は、メディケア、メディケイドおよび州児童医療保険事業についての要件の緩和を認めるもので、これによって医療機関は通常の手続きを省略して患者に対応できるようになる。トランプ大統領が緊急事態で発動するとした権限はこれのみであり、「戦時」を戦う大統領としては心もとない。

トランプ大統領は「国防生産法」を用いるとも述べ、これも戦時の雰囲気を醸し出すのに一役を買った。同法は大統領に、国防を推進するために必要な物資とサービスの調達のための契約を民間企業と結ぶことを認めるとともに、その契約を他の契約より優先するよう民間企業に要求することも認める。ただし、国内産業を統制するとはいえ、基本的には政府と企業の間の契約という形態をとる。緊急時にのみ用いられるわけでもなく、国防生産法に基づく発注は、例えば国防総省が年間に30万件ほど行っており常態化している。それゆえに、国防生産法の適用は「戦時」を意味するわけではない。

トランプ大統領は国防生産法に基づいて、3月27日にゼネラル・モーターズ社に人工呼吸器を発注し、4月2日にはゼネラル・エレクトリック社など6社にも人工呼吸器を、3M社にはN95マスクを発注したが、州知事たちから決断の遅さを批判された。新型コロナウイルス対策において、「戦時大統領」を自称したトランプ大統領の指導力は十分には発揮されていない。

その後、5月25日ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイド氏が警察官に頸部を圧迫され殺害される事件が起き、アメリカの状況は一変した。全米の街頭で、“Black Lives Matter”を掲げるデモが起きた。このデモにはあらゆる人種、年齢、性別の人々が参加し、6月中旬現在も終わりはみえない。デモに参加する人々は、その行為がウイルス感染の危険性を伴うものだということを理解しながら、参加することにより大きな意義を見いだしている。例えば、医療従事者たちもパンデミックの最中であることを理解しつつ、「人種差別は公衆衛生上の問題だ」としてデモに参加している。

トランプ大統領はデモを鎮圧すべきだといい、「法と秩序」という言葉を使った。この言葉はリチャード・ニクソンが1968年大統領選挙で用いたもので、南部の人種差別的構造の維持を望む人々からの支持を集めることを目的としていた。ニクソンのスローガンを掘り起こしてきたトランプ大統領は、デモと対立する側に自らを置いたことになる。新型コロナウイルスと大規模デモ、どちらに対してもトランプ大統領の指導力は発揮されそうにない。

【21世紀政策研究所】

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