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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年11月19日 No.3476 EUの炭素国境調整措置<下> -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学公共政策大学院教授) 有馬純

■ 炭素国境調整措置の問題点

炭素国境調整措置には多くの課題がある。まずWTOルールとの整合性だ。GATT 20条の一般例外では「有限天然資源の保護」を認めているが、仮に温暖化問題がこれに該当するとしても、「恣意的もしくは正当と認められない差別待遇や国際貿易の偽装された制限」にならないことが条件であり、気候変動枠組条約でも同様の規定がある。炭素国境調整措置の適用対象となった国はこの点を突くだろう。環境保全に名を借りた保護主義や報復措置の連鎖を招く可能性も十分ある。

輸入品に体化されたCO2に基づき、調整額を計算することの技術的困難性も課題だ。グローバル・サプライチェーンを有する組み立て製品の場合、各段階、各地における投入エネルギーのCO2原単位を計算することが必要となるが、これは事実上、不可能である。

生産プロセスが単純な鉄鋼、セメント、電力が候補になっているのはそれが理由だが、それでも問題山積である。EU-ETS(EU排出量取引制度)の炭素価格と輸出国の炭素価格の差分を課金する場合、輸出国の炭素価格を誰がどう計算するのかという問題がある。EUが一方的に計算すれば貿易紛争に直結しよう。また、EU-ETSで設定されたセクター別ベンチマークを超過した輸入品にEU-ETS価格を乗じて課金する場合、輸出国企業にEU-ETSのベンチマーク算定と同じ煩雑な計算を強いることになり、一種の非関税障壁となる。

EUの産業界は既存のリーケージ防止措置の継続を求めており、そのうえ炭素国境調整措置を導入すれば「二重の保護」となり、WTO違反の可能性が高い。さりとて無償配布を廃止しようとすればEU産業界が強く反発するだろう。

炭素国境調整措置は炭素含有量に応じ、内外無差別、最恵国待遇で運用されるべきだが、貿易相手国の野心レベルに応じて恣意的に運用される可能性もある。9月のEU・中国サミットでEU側は中国に対し、炭素国境調整措置を材料に2060年炭素中立化目標を迫ったという。9月の国連総会で習近平国家主席が60年炭素中立化目標を出した背景の一つは炭素国境調整措置の適用除外をねらったものとの見方もある。長期目標を掲げただけで適用除外にするのであれば、制度の趣旨にもとるであろう。

■ わが国も頭の体操が必要

米国でバイデン政権が誕生した場合、国境調整措置が検討される可能性がある。エコノミーワイドの排出量取引や炭素税が導入される可能性は低く、導入されるとしてもEUの制度とは異なるものになるであろうが、炭素国境調整という大きな考え方で米欧連携ができることのインパクトは大きい。わが国の政府、産業界も炭素国境調整措置の検討状況をフォローすると同時に、対象セクターとなる可能性の高い鉄鋼、セメント等の炭素排出データや炭素含有量の計算方法、わが国の暗示的炭素価格(エネルギー税、FIT、省エネ規制等を含む)についての試算等、頭の体操が必要であろう。

【21世紀政策研究所】

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