1.悪化するユーロ圏経済
先日発表された春季経済見通しでは、2020年のEUの実質GDPが前年比▲7.4%、ユーロ圏が同▲7.7%と大幅に下方修正されたが、景況感指数(確報値および季節調整値、以下同)はさらにショッキングな落ち込みを記録している(図表1)。2020年2月は対象6カ国全てで100超を示していたが、3月に入りギリシャ以外は100以下(イタリアは83.7まで低下)、4月に入り全ての国が大幅に低下した。これはリーマン危機下で記録した戦後最大の落ち込みに次ぐ水準である(ポルトガルは当時の水準を下回る)。製造業やサービスなどの景況感指数がほとんどの国で2桁落ち込んでいる。さらに、消費者信頼感指数は落ち込みが最も軽度なドイツでも▲16.3であり、他の5カ国はそれぞれギリシャ▲32.6、スペイン▲29.2、フランス▲19.0、イタリア▲21.2、ポルトガル▲36.3と著しい悪化となっており、景気見通しは非常に悲観的である。
2.国ごとに異なる影響レベル
EUにおける新型コロナ危機は、従来その固定化が指摘される域内、特にユーロ圏諸国間の「格差」をより増大させる可能性がある。なぜなら今回の危機による加盟各国経済への影響は非対称的であり、その程度はロックダウン(都市封鎖)の規模と期間、そして産業構造に大きく左右されるからである。
イタリアでは、GDPの約30%を生み出す北イタリアのロンバルディア州とヴェネト州という経済の中心地域で最初に感染爆発が発生した。ミラノやヴェネツィアといった都市を含むこれら地域でロックダウン(都市封鎖)が実施されたことで、まず観光業が壊滅的状態となり、その後に製造業や農業も生産活動が一定程度制限されることとなった。その後、スペインやフランス、ドイツなども全土にわたるロックダウンを開始した。5月に入り感染拡大の抑制が確認できている国は段階的な解除の方針を示しているが、経済活動の全面的再開には時間がかかる見通しである。
長引くロックダウンで最も打撃を受けたのは観光業である。前回の寄稿記事(5月25日 「コロナ危機下での人の移動制限とEUの産業」)で述べたとおり、EUはそれ自体が巨大な観光立国(地域)であり、この部門のGDP寄与額(ドル建)世界上位10カ国に5カ国が入っている。早期の観光業再開が重要だが、観光業への依存度が高い南ヨーロッパ諸国こそが感染拡大の著しかった国々である(図表2)。雇用への寄与度も大きい。さらに、EurostatのデータによればEU市民が1年間に旅行する合計日数のうち34%が春シーズン、24%が夏シーズンの旅行とのことだが、2020年はこの春シーズン分が大きく喪失された。加えて、スペインやイタリアは夏シーズンの始まりである6月中旬に完全な経済活動の再開が間に合わない可能性があり、国外からの旅行客の取り込みに後れを取れば、力強い景気回復はさらに困難になるだろう。
3.コロナ危機以前からの加盟国間の格差は解消せず
スペインやイタリアを含む南ヨーロッパの国々は、元々が対外債務国である。EUは単一市場と単一通貨を創設したが、それは結果として南北の構造的格差を生み出した。単一市場の誕生により域内分業ネットワークの構築が促進された結果、ドイツを中心とする北ヨーロッパ諸国経済への従属型の経済発展を南ヨーロッパと中・東欧の諸国に定着させた。単一通貨の流通は域内の為替安定をもたらしたが、それと引き換えに外国為替レートと通じた競争力の回復という手段を失った。「北」諸国は高い1人あたりGDPを達成し対外純債権国となっている一方、「南」の危機国はEU平均を下回って中・東欧諸国グループに吸収され巨額の対外債務を抱えることとなった。これらの国が財政措置を出動させて経済回復への道筋をつけたとしても、その後に借入コストの増大に直面する可能性がある。
加えて、ユーロ危機後にドイツを中心とする北ヨーロッパの加盟国に過度の緊縮財政策を実質的に強制され、それが負担となって経済成長に転じることが妨げられている。さらに、緊縮のために医療関連予算が削減され病床数が減少していたところを今回の新型コロナが襲い深刻な医療崩壊が発生したことで、十分な医療サービスを受けられないまま高齢者を中心とする多くの犠牲者を出すことになったことは繰り返し報道された。年金等社会保障費の削減や増税を強いられてきた国の有権者は、今回のコロナ危機への対応を通じてさらに「北」諸国への不信と不満が募れば、極右・極左へのさらなる支持やポピュリズム政治の拡大を招くだろう。
4.EUレベルの踏み込んだ政策協調の必要性
これ以上の南北分裂を回避するためには、今次の危機対応において南ヨーロッパ諸国へのある程度の財政的連帯を打ち出すことが求められよう。すでに合意された(1)欧州安定メカニズム(ESM)の特別与信枠からの資金引き出し、(2)「失業リスク軽減の緊急枠組み(SURE)」、(3)「汎欧州保証基金」による流動性支援からなる政策パッケージでは十分とは言い難い。これまで財政の安定性と健全性に偏っていた政策から需要拡大を重視する方向へ重心を向けられるかが問われるとも言える。その意味でドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領の間で復興基金の規模について合意が成され、加盟国間の連隊が呼びかけられたことは重要な意味を持つが、オランダやオーストリアは反発する姿勢を見せており注視していく必要がある。
【21世紀政策研究所】