1. トップ
  2. Action(活動)
  3. 週刊 経団連タイムス
  4. 2022年2月10日 No.3532
  5. 米国分断のカギとしての「宗教」

Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年2月10日 No.3532 米国分断のカギとしての「宗教」 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(帝京大学准教授) 藤本龍児

今年の中間選挙にあって、深いところで大きなカギとなるのは「宗教」である。

新型コロナウイルス対策、インフレ対策、ビルド・バック・ベター法案、あるいはトランプ前大統領の動向など、実際に注目されている争点に比べれば、宗教の問題はみえにくい。

しかし、2024年の大統領選挙を見据え、さらに米国の「分断」の行方を見通そうとすれば、「宗教」の要素は決定的といえるほど重要である。

理由は、端的にいえば二つある。

一つは、トランプ政権の岩盤支持層といわれたのが「宗教保守」だったからである。宗教保守は、プロテスタントの福音派を中心に、カトリックやユダヤ、モルモンなどにも広がっている。分断緩和の要となる中間層を中心にして、人口の3~4割を占める。

もう一つの理由は、分断の主な要因が「文化戦争」にあり、それが宗教的価値観に深く関わっているからである。文化戦争とは、妊娠中絶や同性婚、地球温暖化、移民、銃規制などをめぐる価値観やアイデンティティの対立であり、元は宗教社会学者が唱え始めたものであった。内戦(civil war)に擬えられるほど深刻化している米国の分断は、深層に宗教の問題があるのである。

■ 20年大統領選挙以降の「宗教」

しかし困ったことに、米国の報道を追っているだけでは、その点を認識しにくい。むしろ、宗教を軽視してしまうエビデンスや言説がやたらと目に入ってくる。

例えば「トランプ敗北」以降、宗教保守は分裂している、と報じられている。調査によれば、米国民の多くが、宗教の影響力は衰えるだろう、と考えてもいる。ただ、衰退を表すデータであれば、宗教保守が形成された1970年代から現在まで何度も示されてきた。にもかかわらず、その度に復活を遂げてきたのである。

2016年の大統領選の際にも、世俗的なトランプ氏と共闘できるはずはない、と軽視されていたが、結果的には当選に大きく貢献した。20年には分裂や支持率の低下が喧伝されたものの、結局はトランプ支持でまとまった。

もともと宗教保守は一枚岩ではないし、トピックによって是々非々で応じる。トランプ氏を積極的に支持している人ばかりでもない。故に、個別の短期的なデータだけを追っていても、その動向はつかめないのである。

今後も、宗教保守の代表者であるペンス前副大統領のような存在が出てくれば、まとまりを取り戻す可能性は高い。

■ 「世俗化」論の留意点

宗教が軽視されてしまうのは、「世俗化」が進んでいる、という言説のせいでもある。

例えば、ギャラップの調査によると、「無宗教」に分類される成人は、00年には30%ほどであったが、20年には53%まで増加した。原因は、教会が過度に政治化したことへの反発だといわれている。こうしたエビデンスをもとに唱えられる世俗化論は、これまで宗教保守が復活を繰り返してきた過去も忘れさせてしまう。

しかし、一般的に「無宗教」と訳されている「unaffiliated」は、正確には「無所属」であり、信仰を捨てたことを意味しない。政治への関心を失ったわけでもないし、信条を変えたわけでもない。故に宗教保守は、今世紀に入ってますます共和党支持を強固にしているのである。

そもそも、神を信じない「無神論者(atheist)」は現在でも4%ほどで、しかもその内の5人に1人は、神に類する「より高い力」を信じている。「世俗化」については多角的に考えなければ、宗教保守の動向だけでなく、「宗教大国アメリカ」の行方を見誤ってしまう。

■ 「ポスト世俗化」論の拡大

データを参照しつつも思想的に考える社会哲学にあっては、逆に「ポスト世俗化」論が有力になっている。

例えば、近年、格差是正のための理論として「正義論」が参照されることが増えているが、著者であるジョン・ロールズは、晩年に宗教を再評価しようとしていた。その試みを今世紀に入って引き継いでいるものこそ「ポスト世俗化」論にほかならない。

現代でも宗教は、かたちを変えて影響力をもっており、それを軽視できない時代になった、という見方である。しかも、宗教は「分断の要因」ではなく「連帯」や「変革」のための契機やエネルギーにもなる、と考えられている。具体的には、南北戦争(the Civil War)や公民権運動における宗教、あるいは民主主義やボランティアを支える「社会関係資本」としての宗教などが想定されている。

中間選挙についても、そうした視点をもって見なければ、宗教は時代遅れなものとして軽視されるか、妄信として敵視され、分断をますます深刻化してしまうだろう。

【21世紀政策研究所】

「21世紀政策研究所 解説シリーズ」はこちら

「2022年2月10日 No.3532」一覧はこちら