2021年11月、バイデン政権は「インフラ投資・雇用法」を成立させ、立法上の大きな成果を挙げた。同法は、道路・橋梁の再建の1100億ドルを筆頭に、鉄道や公共交通、空港、港湾等の交通、ブロードバンド、水インフラ等に投資し、老朽化設備の更新とともに将来の気象災害に対する耐久力向上を図るとしている。気候変動関連では、電気自動車(EV)充電設備の整備、再生可能エネルギーの大量導入と気象災害に備えた電力網の強靱化、原子力や水素、炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)等の先進的技術の研究開発などが含まれた。しかし、バイデン政権が当初提案した2.3兆ドルから大幅に縮小され、党派対立の激しい気候変動対策の部分は、議会で膠着中のビルドバックベター(BBB)法案(気候変動のほか、子育て支援、教育無償化等)に回された。
BBB法案も、当初は3.5兆ドルの支出規模が見込まれたが、民主党内から歳出規模や財源について懸念の声が上がったため、10月末の法案公表時には1.75兆ドルと半減された。しかも、昨年4月以降進行してきたインフレに歯止めがかからないなか、BBB法案に含まれる社会的支出がインフレを高進させるおそれがあるとして、民主党のマンチン上院議員(ウェストバージニア州)が反対姿勢を曲げていない。このため、民主・共和両党が上院で50-50と議席を分け合う状況下で、法案可決は絶望的となった。中間選挙を控え、バイデン政権は最優先課題の一つと位置付ける気候変動対策を前進させる必要がある。本稿執筆時点では、BBB法案に含まれた10年間で総額5550億ドルの気候変動対策を別法案として成立を目指す案が浮上している。
バイデン政権の主要公約の実現を脅かしているインフレの一因として、世界的なエネルギー危機がある。米国を含む世界各国、そして各国の自治体・企業が野心的な脱炭素目標を表明したことが、化石燃料の需給関係、あるいは代替エネルギー供給に必要な重要物資の需給関係を混乱させたことは、確実である。従来は発電部門における脱石炭と自動車部門における脱石油・EVシフトが主要な取り組みであったが、21年5月、バイデン政権は、これまで比較的クリーンな燃料とされた天然ガスについても、その使用を大幅削減することを提唱し、国際エネルギー機関(IEA)もこれを推奨した。この天然ガス利用禁止の動きは、過去2年間で米国南部、西部の州に広がっている。こうした化石燃料に対する忌避が、探鉱開発投資を抑制し、20年にコロナ禍で落ち込んだ燃料需要の急回復に加え、各地域の寒波、水力発電の出力低下、直近ではウクライナ情勢などの地政学リスクと相まって、世界的な石油・ガス価格高騰を招いた。その帰結として、皮肉なことに、油田開発投資と原油生産量が拡大し、また世界の石炭消費量が大幅に増大し、温室効果ガス排出抑制の取り組みを後退させている。脱炭素経済への移行をある程度の期間をかけて慎重に管理することの必要性が、如実に現れたといえよう。
ところで、バイデン政権は気候変動対策として、金融規制を通じた化石燃料の開発・生産・利用活動への資金流入抑制を重視している。イエレン財務長官やパウエルFRB議長、金融監督諸機関の長の合議体である金融安定監督評議会は、気候変動に関するリスクが金融システムの安定上の重大懸念であると表明している。すでに財務省の通貨監督庁は大手銀行に対し、気候変動リスクの適切な管理を指示したほか、連邦保険庁は保険業における気候変動リスクに関する情報収集を進めている。さらに、証券取引委員会(SEC)は公開企業に対して気候変動リスクの開示義務を強化しており、FRBは金融機関のストレステストに気候リスクを含める準備を進めている。ただし、民主党内の進歩派は、金融規制を通じて化石燃料事業の資金調達を阻止することまで期待するのに対し、財務省やFRBの考えは、現在のところ、あくまで金融システムに対するリスクの評価にとどまっている。また、SECによる気候変動リスク開示義務についても、義務の導入自体がSECの権限を逸脱する、あるいは、SECは規制の導入に際して費用便益分析を行い、規制による社会的純便益を示すべき、等の批判が起き、すでに訴訟事例も存在する。金融監督諸機関の根拠法に「気候変動への対処」が含まれないが故の論争だが、21年6月には下院で公開企業にESGの指標開示を義務付ける法案が可決された。今後は、議会における金融規制を通じた気候変動の法的根拠の整備と、その是非を問う司法闘争が活発化することも予想される。
【21世紀政策研究所】