地球温暖化は、単に気温の上昇のみならず、異常気象(洪水、山火事等)の頻発化というかたちで現れる。欧州では、渇水、洪水等の気候変動事象が顕在化していることもあり、デモが行われ、選挙においても環境保護政党の支持拡大の動きがみられる。そのようななか、国内訴訟法よりも、NGOの原告適格が認められやすくなっていることもあって、市民や環境NGOが、気候変動対策が不十分であるとして、国家さらには企業に対する責任を求め、構成国の裁判所、EU司法裁判所および欧州人権裁判所に、気候変動訴訟を提起してきている。
こうした気候変動訴訟の提起に対し、最近、裁判所も、画期的な判決を出してきている。
オランダでは、環境NGOのウルゲンダが国家を相手取りハーグ地方裁判所に訴訟を起こした。2015年、原告は勝訴判決を得た。国側は控訴、さらに上告したが、最高裁判所は、19年12月19日、生きる権利を定める欧州人権条約2条と私的生活の権利を定める8条を基礎として国家の注意義務違反を認定した。
フランスでは、20年11月19日に最高行政裁判所にあたる国務院(コンセイユ・デタ)が国連気候変動枠組条約とパリ協定から国家の義務を導き出した(グランドシント事件)。加えて、パリ行政裁判所は、21年10月14日、複数のNGOが起こした国家賠償責任訴訟に関し、国家に、温室効果ガス削減は不十分であるとして、環境損害を修復し、気候変動の悪化を防止するように義務付ける判決を出した(シエクル事件)。
ドイツでは、連邦憲法裁判所に若者が憲法異議を起こした。ドイツ基本法(憲法)20a条には、将来世代に対する責任が規定されている。判決では、その条文を考慮しつつ、2条2項1文の生命の権利から国家の義務を導き出した。世代間の衡平を顧慮しつつ、厳格な温室効果ガスの義務付けを先送りしている立法機関に気候変動法の改正を命じた。
これら3つの事件は、国家を被告としているが、気候変動を引き起こしてきた企業を被告として、その責任を問う訴訟も提起されている。
まず、オランダのシェル事件である。複数のNGOと市民が原告として、石油大手のシェルを相手に、前述したウルゲンダ事件と同じくハーグ地方裁判所に訴訟を提起した。同裁判所は、原告の主張を認め、シェルに対し、30年末までに少なくともネットで19年比45%の二酸化炭素の排出削減を義務付ける判決を出した。この事件は、気候変動訴訟で企業の責任を認めた最初のケースである。判決では、(1)民法上の注意義務(2)欧州人権条約2条および8条(3)国連の指導原則――を法的な根拠としたうえで、すべての企業は、人権を尊重しなければならず、企業活動から生じる人権の実際または潜在的にネガティブな影響を勘案しなければならないとした。
また、フランスでは、20年1月28日、複数の公共団体とNGOが石油会社のトタルを被告として訴訟をナンテール裁判所に提訴した。トタルは訴訟の許容性(適法性)を争ったが、21年2月11日に訴訟の許容性を認める判決が下され、現在係属中である。
シェルやトタルに対する訴訟は、企業に対する訴訟の始まりであり、今後、ますます増加していくこととなろう。しかし、シェルが「たとえ二酸化炭素の排出を削減したとしても消費者が別のガソリンスタンドで購入するだけであり、エネルギーシステム自体の変更が必要」と主張するように、一企業に対する判決では気候変動措置に大きな変化をもたらすことはできない。企業自体が環境および将来世代への責任を自覚し、変革するのと同時に、国家が、企業の活動する市場自体の構造を変え、企業間競争自体を環境フレンドリーに誘導していくことが必要である。
【21世紀政策研究所】