ウクライナ危機は、これからの中国経済にどのようなインパクトを与えるのか。これまで主に懸念されてきたのは、どちらかというと、ウクライナからの穀物輸入の動向や、ロシアへの中国からの経済支援の可能性に関する短期的な影響であった。しかし今回の危機は、より長期的には、一帯一路政策に代表されるような、中国の対外投資や資金援助政策のあり方を大きく変える可能性がある。
もともと、一帯一路に象徴される資本輸出型の経済発展戦略は、元高期待を背景に拡大してきた外貨準備や国内の過剰な資本を海外に「逃がし」、供給能力の過剰を緩和するという意味を持っていた。中国政府による対外援助や直接投資などを通じて海外の新興国が経済成長すれば、中国国内の過剰な生産能力に対する市場が拡大することにもつながるからだ。
しかしその前提は、トランプ政権の成立以降、元安傾向が続くことによりすでに大きく揺らいできている。また中国政府は、今後の経済発展戦略として新産業への積極的な投資を主体とした「国内大循環」を柱とする方針を明らかにしている。このことは、明らかに一帯一路に代表される、積極的な海外資本輸出を成長のエンジンとする路線がトーンダウンすることを意味している。さらに、今後急速に進むと考えられる高齢化による生産年齢人口の減少と貯蓄率の低下は、過剰資本の解消を一層加速させ、資本がむしろ希少化するため、余剰資金を海外に振り向ける余裕はますます無くなっていくだろう。
これらは一帯一路を取り巻く国内環境であるが、国際金融の専門家は、ウクライナ危機後の国際情勢も、今後の中国による対外資本輸出への厳しい向かい風になると分析している。
セバスチャン・ホーン、カーメン・ラインハート、クリストフ・トレベシュは、Centre for Economic Policy Researchのオピニオンサイト、VoxEU.orgに寄稿した論考で、一帯一路に代表される中国の海外投資ブームが、ロシアとウクライナの戦争により深刻な障害にぶつかるだろうと述べている。
その根拠となるのは、中国の政府系金融機関がロシアとウクライナ、およびベラルーシに対して行っている融資額の大きさだ。ホーンらによれば、中国の国有銀行は2000年以降、ロシアに対しエネルギー関連の国有企業を中心に累積1250億ドル以上、融資してきた。中国はまた、ウクライナに対しても主に農業とインフラストラクチャー分野のプロジェクトを中心に70億ドル程度、さらに、ベラルーシに対しても80億ドル程度、融資してきた。この3カ国を合わせると、過去20年間の中国の海外向け融資の20%近くを占めるという。
もともと、近年急激に増加しつつある中国の対新興国への資金貸付は、どのような基準に基づいて行われているのかが明確ではなく、債務不履行などのリスクを生じやすいものであることが指摘されてきた。ホーンらは、中国の対外貸付のうち、債務危機にある借入国に対する比率は10年の約5%から現在では60%にまで増加したと指摘している。
世界銀行のデータによれば、中国から新興国の政府部門への資金の純移転は、16年をピークに減少し、19年と20年にはマイナスに転じている。ホーンらはこのデータをもって、中国の国有銀行はすでに成長のための資金提供者から債務の回収者へと転じている可能性があるとしている。ウクライナ危機およびその後の経済制裁によってロシアおよびその同盟国の経済が直面することになったリスクは、その傾向をさらに増幅させることになるだろう。
中国の政府系金融機関は、今後ロシアなどに対する融資が不良債権化するリスクを、よりリスクの高い債務国への新規融資の停止あるいは債権回収によって埋め合わせるかもしれない。このことが持つインパクトは、おそらくこれまで西側諸国によって喧伝されてきた「一帯一路が『債務の罠』をもたらす」という問題よりもはるかに大きなものになると考えられる。
中国が新興国に対する気前のよい資金供給者の役割から撤退するならば、そのあとにどのようにしてそれらの国々の持続的な経済成長を支えていけばよいのか。長期化が懸念されるウクライナ危機は、国際社会に対してこのような問いを突き付けていることを忘れてはならない。
【21世紀政策研究所】