Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年10月20日 No.3563  感染症分野における危機管理 -危機管理・社会基盤強化委員会企画部会

永田氏

経団連は9月30日、東京・大手町の経団連会館で危機管理・社会基盤強化委員会企画部会(工藤成生部会長)を開催した。自衛隊中央病院の永田高志救急科室長から、感染症危機管理分野の現状や課題、感染症対策等に関する政府の司令塔機能強化に関する考え等について説明を聴くとともに意見交換した。概要は次のとおり。

■ 日本の感染症分野における対応

新型コロナウイルスの感染者が増えるたびに医療崩壊が騒がれるが、日本では本当の意味での医療崩壊は起きていない。国によっては新型コロナ患者のみで集中治療室(ICU)の病床が埋まってしまったり、体外式膜型人工肺(ECMO)や人工呼吸器等の医療機器の優先的活用(トリアージ)が実施され、一定の高齢者には使用されなかったりしたが、日本はそこまで追い詰められることはなかった。データ管理がアナログで混乱していたこと等により病床のミスマッチは起こっていたものの、日本の対応は比較的良かったと思う。

■ ICSの導入

インシデント・コマンド・システム(ICS、緊急時指揮システム)は、1970年代に米国カリフォルニア州で相次いだ大規模森林火災の現場で、複数組織間での連携や統制が円滑に進まなかったことに対する反省から、連邦政府や州政府等が協力して構築した「危機対応システム」である。その後、2001年同時多発テロ等を経て採用する組織が増え、今では米国の危機管理の標準となっている。災害発生時のみならずイベント開催時等においても、ICSに沿った対応計画が策定されている。また、世界保健機構(WHO)やASEAN諸国等でも導入が広がっている。

ICSは軍の指揮命令系統にならい、危機対応活動を五つの機能(Command, Operation, Plan, Logistics, Finance)の集合体としてとらえる。ICSはあくまでも機能を定義するだけなので、危機に応じて体制を柔軟に変化させることで、あらゆる危機に対応した組織運営が可能となる。また、ICSでは指揮統制のあり方、大規模災害時の体系的な対応の基本原則、現場の危機管理センター(EOC=Emergency Operation Center)のあり方や事前の不安に応えるリスクコミュニケーション、恐怖を克服するため事後に行うクライシスコミュニケーションのあり方等、危機管理に関するあらゆる対応の方向性も提示している。ICSの概念に基づく体制を構築することで、活動目標や各組織・人が持つ権限の明確化、多・異種機関間での連携促進等につながり、災害対応・危機管理をより円滑に進められよう。

■ 政府の司令塔機能強化

日本版CDC(疾病予防管理センター)や内閣感染症危機管理統括庁の設置は必要である。ただし、米国のCDCは01年の同時多発テロを経て、ICSを導入して危機管理体制を大幅に強化した。加えて感染症対策だけでなく、暴力、麻薬、放射線災害等さまざまな公衆衛生分野も扱っていることに留意すべきである。日本においても感染症対策のみならず、幅広い公衆衛生を包括した組織を設立し、時間と予算を投入して、平時から緊急対応のための人員を育成、訓練すべきである。

米国のCDCに代表されるすべての政府機関はICSに基づいて危機管理体制を構築している。日本版CDCや内閣感染症危機管理統括庁の組織設計に際してもICSを導入し、来る健康危機に備えてはどうかと思う。

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講演後、CDCが備えるべき役割と権限、ICSの社会への実装に向けたプロセスなどについて、活発に議論した。

【ソーシャル・コミュニケーション本部】