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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2023年11月30日 No.3615 ウクライナ・中東問題と米国エネルギー政策 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/バイデン政権「前半戦」の分析と今後の展望<6>
/21世紀政策研究所研究委員(武蔵野大学法学部政治学科准教授) 杉野綾子

2020年の大統領選勝利でスタートしたバイデン政権は22年11月の中間選挙を経て「後半戦」に入った。本解説シリーズでは、21世紀政策研究所(十倉雅和会長)米国研究プロジェクトメンバーが、バイデン政権の「前半戦」における主要政策の動向や米国民主主義の現状に関する分析に加え、来たる24年大統領選の展望について8回にわたり連載する。

杉野研究委員

ロシア・ウクライナ紛争に加えて、23年10月にはハマス・イスラエル間で軍事衝突が起き、国際エネルギー市場は複合危機に直面している。原油価格の面では、ウクライナ侵攻時には指標原油価格が約33ドル上昇したのに対し、パレスチナ情勢の影響は、世界的な景気減速懸念のなかで起きたこともあり、約3ドルの上昇と限定的であった。しかし天然ガス市場に目を転じると、影響はより深刻である。

EUはこれまで天然ガス調達におけるロシア依存度が高く、過去にもロシア・ウクライナ関係が要因となって、ガス供給停止を経験してきた。供給国分散化の努力もなされたが、依然としてロシアが欧州のガス供給の過半を占めている。22年2月のウクライナ侵攻を受けて、EUは、ロシア産の化石燃料の利用を段階的に止める方針を決定した。天然ガスについては禁輸措置で合意できていないが、各国のガス消費節減努力に加え、ロシア側が経済制裁に対する報復措置としてガス供給を削減した。

このようにガス供給危機の再来が懸念されるなかで、EUは代替供給源の一つとして、22年6月にイスラエルとエジプトとの間で、天然ガス供給に関する覚書を交わした。しかし、ガザ衝突の激化によりイスラエルのガス生産が停止し、欧州の天然ガス調達への影響が必至である。

こうした情勢下で、米国の天然ガス産業は活況を呈している。16年から本土48州からの液化天然ガス(LNG)輸出が開始され、以降輸出は年々拡大している。米国では現在、複数のLNG基地が建設中であり、今後も輸出拡大が見込まれる。急ピッチでLNG基地建設が進む背後には、言うまでもなく、政策的な支援がある。バイデン大統領は22年3月、欧州の対露依存脱却を助けるため、LNG供給の倍増を発表した。他方、LNG輸出はほぼ確実にガス田開発の加速を伴うことから、環境団体および進歩派議員を大いに落胆させた。

この国内石油・ガス開発をめぐるバイデン政権の政策は、二転三転している。就任後、直ちに連邦領における開発停止を命令したが、石油産業による訴訟の結果、鉱区入札を実施した。しかし別の訴訟により入札結果が破棄されるなど混乱が生じた。またバイデン政権は、国内の油田掘削停止を約束しながらトランプ政権を上回るペースで掘削許可を出してきた。

政策が漂流するなかで22年8月成立のインフレ抑制法には、連邦領での石油・ガス鉱区入札実施義務や、鉱区リース料の引き上げ、メタン抽出に対する課徴金導入、環境アセスメントの厳格化等が盛り込まれた。石油産業はこの内容を一応は歓迎したが、化石燃料開発投資を忌避するESG投資の浸透や、経済条件の悪化も加わって、実際に開発促進に寄与するかは疑問が残る。むしろ、政策が二転三転している間も、原油価格の高止まりを背景にシェールガス開発が進み、原油・ガス生産は増加を続けている。

この状況を踏まえると、米国のエネルギー市場を見るうえで、連邦政府の政策はどの程度の重要性をもつのだろうか。こと石油・ガス開発に関しては、探鉱開発の中心が連邦領から私有地へと移ったため、連邦政府の影響力は低下している。さらに、政権から脱炭素に向けた強力なメッセージが発せられ、企業や金融機関の行動も、ESGや脱化石燃料へと向かうようにみえたが、気づけば欧州での大きな収益機会に動かされて、国内生産が大幅に増大している。

従来どおり、連邦政府の政策が重大な影響を及ぼす分野が残り続けることは間違いない。しかし、選挙公約や政策パッケージの内容の吟味を始める前に、自分が向き合おうとしている政策分野が、今日でも政府の政策が効果を発揮し得る市場環境なのか、それとも政策への感応度が低下しているのか、慎重に検討することがより重要になっているといえよう。

※ 論考全文はウェブサイトを参照
時事解説「バイデン政権『前半戦』の分析と今後の展望」<第6回>
http://www.21ppi.org/theme/usa/index.html

【21世紀政策研究所】

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