経団連自然保護協議会(西澤敬二会長)は7月16日、有識者を招いてのネイチャーポジティブ(NP)経営推進のための懇談会をオンラインで開催した。慶應義塾大学経済学部の森田香菜子准教授から、「NbS(Nature-based Solutions=自然を基盤とした解決策)に関する国際・国内の最新動向」について説明を聴いた。概要は次のとおり。
■ 国際的背景
NbSは、生態系に基づく気候変動への適応策、防災、沿岸・水資源管理や、グリーンインフラなど幅広いアプローチを含む概念であり、費用対効果が高い対策として期待されている。パリ協定やSDGsの採択以降は、持続可能な社会実現のための社会システム変革の観点からのNbSの議論が増えている。
■ 近年の政策的・科学的課題
NbSの取り組みを促進するうえでは、気候変動と生物多様性の双方の政策的議論とその裏付けとなる科学的知見が必要になるが、これまでは生物多様性分野からの影響は限定的だった。
「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学~政策プラットフォーム」(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services, IPBES)の報告書によれば、現在の経済・金融システムは、自然を支援するための資金の35倍もの資金を、生物多様性に直接ダメージを与える経済活動に割り当てている。NP経済の実現に向けては、気候変動と生物多様性の二つの国際環境条約の垣根を越えた議論が期待される。
■ 各国の取り組み
欧州では、NbSの政策的・学術的な議論が活発に行われてきた。
2019年の欧州グリーンディールに盛り込まれた「生態系および生物多様性の保全と回復」「農場から食卓へ戦略(公平で健康的な環境に優しい食品システム)」「EU2030年生物多様性戦略」「EU気候変動適応戦略」――の達成においてNbSの実施が重視されており、NbS関連の研究・プロジェクトも実施されてきた。
ファイナンスや都市の変革などの切り口でもNbSの推進のための研究が行われている。
米国では、バイデン・ハリス政権が22年にNbSのロードマップを発表した。このロードマップでは連邦政府が注力すべき五つの戦略的分野((1)政策のアップデート(2)資金の確保(3)連邦施設・資産によるリード(4)人材育成(5)研究、イノベーション、知識、適応的学習の優先)が示されている。
米国陸軍工兵隊は、「Engineering with Nature」として、沿岸部の嵐の対策、洪水リスク管理、生態系回復などのミッションを達成するためのインフラソリューションを推進している。
日本では、NbSの実施は、環境省の「第6次環境基本計画」、国土交通省の「グリーンインフラ推進戦略」、農林水産省の「みどりの食料システム戦略」などのもとで推進されていく。幅広いNbSを効果的に進めるためには、各省が連携して取り組む必要がある。
■ NbSと社会変革(Transformative Change)
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)の第6次評価報告書では、地球温暖化を1.5℃までに抑える、持続可能な未来を実現するための機会の窓が急速に閉じてきていると報告されている。変革的な気候行動などを通じて持続可能な社会システムに移行するための議論や研究が精力的に行われている。
25年に公表されたIPBESの社会変革評価報告書(Transformative Change Assessment Report)でも、生物多様性を含めた持続可能な社会を実現するための社会変革における課題や方法などが示されている。
例えば、化石燃料の採掘、過剰な漁業、森林伐採など自然環境に有害な活動から自然を法的に保護する仕組みをベースとする「変革的な道筋の具体例」も示しており、「有害な活動の減少」「収奪的な経済モデルからより包括的なポスト資本主義モデルへの移行」「NPな企業の増加」――を実現するための経路例なども挙げている。
NbSと社会変革に関する研究や論文も少しずつ増えてきている。自然科学分野だけでなく人文社会科学分野の研究者が加わり、環境悪化や貧困、極端な気象現象・災害といった社会的課題に対し、NbSがどのように介入し、生物多様性保全やQOL(Quality of Life)向上のみならず、いかなる社会変革につながるか、といったことが議論されている。