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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年10月5日 No.3333 (地球温暖化対策)カーボンプライシングに関する諸論点<2> -カーボンバジェット論の疑問/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学教授) 有馬純

カーボンプライシングに関する議論が再浮上し、関係各方面で検討が行われていることから、本稿では7回にわたり論点を解説している。
2回目の今号ではコスト評価の重要性の観点から、カーボンバジェット論への疑問を解説する。

■ 3つのEのバランス

カーボンプライシングに関する基本的視座について話を続けよう。

「温暖化防止の便益はグローバル、コストはローカル」という温暖化問題の性格に鑑みれば、温暖化対策を講ずるにあたって3つのE(経済効率、エネルギー安全保障、環境保全)のバランスを追求することが極めて重要だ。わが国の2030年目標(2030年度に13年度比26%削減)も3つのEのバランスに配慮したエネルギーミックスを踏まえたものである。「カーボンプライシングは与えられた削減目標を達成するために最も効率的」という議論があるが、その前にその削減目標が3つのEのバランスを満たしたものであることが重要だ。

■ カーボンバジェットに関する合意はない

「与えられた目標達成へのコスト効率性」という議論と密接につながっているのがカーボンバジェット導入論である。2030年目標、2050年目標(2050年までに80%削減)を固定し、そこから今後排出できる総量を特定するというものだが、これは3つのEのバランスではなく、環境保全の側面のみに立脚する考え方である。「パリ協定のもとで1.5~2℃目標が合意され、世界全体で今後排出できるカーボンバジェットは1兆トン」という言説があるが、パリ協定では温度目標は合意されたもののカーボンバジェットの考え方は合意されていない。自分たちにもキャップが及ぶことを恐れた途上国が強く反対したからである。

カーボンバジェットの考え方を30年目標に適用するのは大きな問題がある。現在の26%目標は、原子力発電所再稼働や再生エネルギーコスト負担の上限等の前提条件のもとで策定されたエネルギーミックスに基づくものだが、カーボンバジェットを適用した場合、前提条件等の変化に関わらず、削減目標を無条件で実現しなければならない。例えば原子力発電所の再稼働が進まなければ、再エネを大幅に上積みしてでも26%を達成することになる。これは大幅な電力料金上昇をもたらすため、エネルギーミックス策定時の3つのEのバランスが崩れることになる。

経済情勢、エネルギー価格、技術開発・コスト動向等、不確実性を伴う長期目標にカーボンバジェットの考え方を適用することはさらに問題が大きい。必然的に50年目標からの非現実的なバックキャストと硬直的管理を招くことになるからだ。そもそも50年目標は、設定経緯や気候感度等の科学的知見の面からみても大きな疑問がある。加えて米国のパリ協定離脱表明は「主要国が参加する公平で実効ある枠組み」と「主要排出国の能力に応じた削減努力」という長期目標の前提条件の大きな事情変更となる。

■ 経済影響の精査が不可欠

産業界がカーボンプライシングに神経をとがらせる理由は、国際競争力、経済への悪影響である。またカーボンリーケージ(CO2排出源の移転)が発生すれば地球温暖化防止にも逆行する。各国の国際競争力に影響を与える要素は多岐にわたるが、政府の人為的な介入によってカーボンプライシングを導入する場合、他国との負担度合いの比較、自国の国際競争力や経済に与える影響を十分に検討することは政府の当然の責務である。「EU―ETS(EU域内排出量取引制度)ではカーボンリーケージの影響は軽微」との議論があるが、クレジット価格が低迷して機能不全に陥っているEU―ETSを引用するのは無意味である。

カーボンプライシングが各国で不均一に導入された場合の国際競争力への影響を中立化する方法として、炭素関税等の国境調整措置がある。これは教科書の上では可能でも、WTOとの整合性、偽装された保護主義や報復措置の連鎖による貿易戦争の可能性、炭素含有量の計算の技術的困難性等の問題があり、現実的な解ではない。EU―ETSがカーボンリーケージ対策として排出枠の無償配賦を行っているのはそれが背景だが、無償枠の割当をめぐっては巨大なロビイング、調整コストをもたらす。各業界が無償枠割当を求めて環境省詣でをするなど、想像したくない絵姿である。

次号では、経済的な観点からのカーボンプライシングとグリーン成長を解説する。

【21世紀政策研究所】

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