カーボンプライシングに関する議論が再浮上し、関係各方面で検討が行われていることから、7回にわたり論点を解説している。今号ではカーボンプライシングとグリーン成長について解説する。
■ カーボンプライシングと炭素生産性
カーボンプライシングが経済、国際競争力に与える悪影響への懸念を考慮してか、最近の環境省の資料では「実効炭素価格の高い国は炭素生産性(GDP/CO2排出量)が高い」というグラフをしばしば目にする。確かに横軸に平均実効炭素価格、縦軸に炭素生産性をプロットすると、右上(平均実効炭素価格が高く、炭素生産性も高い)にはスイス、ノルウェー、スウェーデン、フランス等が名を連ねる。
しかし、炭素生産性はマクロ経済、産業・エネルギー構造、資源賦存状況、電源構成等、多くの要因に影響を受けるものである。例えば上記4カ国の電源構成をみると、水力あるいは原子力のシェアが非常に高く、実効炭素価格の効果ではない。
かつて日本よりも炭素生産性が低かった英国、ドイツにおいて過去20年で炭素生産性を大幅に改善したとの議論があるが、英国の場合、製造業のシェアが過去20年で半減したこと、北海ガス田の発見により、石炭から天然ガスへの転換が進んだこと、ドイツの場合、FIT(固定価格買取制度)によって再生可能エネルギーのシェアを強制的に拡大してきたことが主因であり、いずれも実効炭素価格の効果ではない。そもそも実効炭素価格が先進国中で最低に近い米国も、シェールガス革命により炭素生産性を改善させている。さらに英国、ドイツ、米国いずれも過去20年間のGDPの伸びが日本よりも大きかったことも炭素生産性改善に寄与している。
また、スイス、ノルウェー、スウェーデン、フランスをみると、国内の生産消費活動に伴うCO2排出量(生産ベースのCO2排出量)に輸入品に体化されたCO2を加えた消費ベースのCO2排出量が、生産ベースのCO2排出量を大きく上回っている。これは、炭素を海外依存することで国内CO2排出を削減している度合いが大きいことを意味する。
■ 炭素生産性を政策目的とすることの適否
そもそも炭素生産性を高めることを政策目的とした場合、わが国のようにエネルギー・炭素集約度の高い産業のウエートが高く、これら産業の財の輸出の多い国は「劣等生」で、英国のように金融・サービス業のウエートが高く、エネルギー・炭素集約度の高い産業の財を輸入している国が「優等生」ということになる。これを敷衍(ふえん)すると、高い実効炭素価格を課してエネルギー多消費産業が海外移転すれば炭素生産性が向上して「めでたし」ということになる。
しかし日本の鉄鋼産業が中国、インドにシェアを奪われれば、これら諸国の鉄鋼業のエネルギー効率は日本よりも低いため、地球温暖化防止に逆行することになる。これでは何をやっているのかわからない。
こうした考え方の根底にあるのは、自国の生産ベースのCO2削減のみに着目するという京都議定書型のマインドセットである。サプライチェーンがグローバル化した経済実態のなかで、ひたすら国内排出量だけに着目したアプローチには明らかに限界がある。
■ いいことずくめの施策はない、トレードオフの直視を
「カーボンプライシングを引き上げれば、イノベーションが促進され、経済成長にプラスとなる」との議論もあるが、グリーンイノベーション関連技術の特許公開件数をみると、欧州に比して実効炭素価格の低い日本、米国、中国のウエートが高く、妥当性に大きな疑問がある。
カーボンプライシングを通じてCO2排出にコストをかける以上、経済に追加的負担をもたらすことは明らかである。他方、長期の温暖化防止のためには、コストをかけてでも温室効果ガスを削減する必要があるのも当然である。重要なことは3つのE(経済効率、エネルギー安全保障、環境保全)のバランス、国際的な負担の公平性にも配慮しつつ、どこまでのコスト負担を許容するかというトレードオフを直視することであり、「カーボンプライシングは温暖化防止を効率よく実現し、新たな技術、産業、雇用を生み出し、経済にもプラスとなる」という、いいことずくめの議論ではない。
次号では、日本におけるカーボンプライシング導入の妥当性を検討する。
【21世紀政策研究所】