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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年7月11日 No.3415 G20と地球温暖化問題 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学公共政策大学院教授) 有馬純

有馬研究主幹

■ パリ協定をめぐる対立

今回のG20サミットにおいて大きな対立軸の一つになったのが地球温暖化問題、なかんずくパリ協定に関する表現ぶりであった。2017年6月にトランプ大統領がパリ協定離脱を表明して以来、この問題はG20サミット、G7サミットで常に対立の種となってきた。過去2回のG20サミット(17年ハンブルク、18年ブエノスアイレス)ではパリ協定の完全実施にコミットする19カ国と米国との折り合いがつかず、別々のパラグラフでそれぞれの立場を書き分けるという形式をとってきた。G20の結束を示すサミットの共同声明は「われわれは」で始めるのが常である。主語を書き分けるのはいかにも格好が悪く、特に議長国日本としては最も重要な同盟国である米国を仲間はずれにするような表現はできるだけ避けたいところである。

サミットの前哨戦となったのが今年6月15~16日のG20持続可能な発展のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合(G20エネルギー環境大臣会合)である。筆者はこの会合に参加する機会を得たが、やはり最大の対立点はパリ協定をめぐる共同声明の表現ぶりであった。実は18年にアルゼンチンのバリローチェで開催されたG20エネルギー環境大臣会合では、「われわれは、排出削減を実現するうえで、また、パリ協定を実施する決意のある国にとって、エネルギー転換が重要であることを認識する」という文章で米国を含めた合意が得られたのだが、欧州各国の首脳はこの表現に満足せず、ブエノスアイレスの首脳声明では再び19対1になってしまったのである。

■ エネルギー環境大臣会合での合意

今次大臣会合で日本がサブスタンス面で重視していたのは、長期戦略に盛り込まれた「環境と経済の好循環」というコンセプトとそれを実現するためのイノベーション、資金循環、市場環境の整備、さらには日本が重視する水素、カーボンリサイクル等を含むイノベーション・アクションプランの合意であった。大臣会合最終日までにこれらについては合意ができていたのだが、唯一最後に残ったのがパリ協定問題であった。日本は書き分けなしの「バリローチェ方式」を追求したのであろうが、欧州諸国は「パリ協定について強いメッセージが不可欠。米国との溝は埋まらないのだから、ブエノスアイレスと同様19対1で書き分けるべきだ。そうでなければ共同声明には参加できない」と迫ったという。

最後は会場で米国とEUの大臣同士が膝詰め談判で文言を調整し、ようやく「われわれは、パリ協定を実施することをブエノスアイレスにおいて選択した国々による、同協定の完全な実施に向けてブエノスアイレスにおいてなされたコミットメントの再確認に留意する」という表現に合意した。「パリ協定の完全実施」「コミットメント」という言葉が入った分、バリローチェよりも前進しており、しかも米国は「パリ協定を実施することをブエノスアイレスにおいて選択した国々」には入っていない。苦心の作文といえるだろう。

せっかくエネルギー環境大臣会合で「われわれは」で統一された共同声明ができ上がったのに、首脳会合で再び19対1に戻ってしまったのは残念である。安倍首相自身、軽井沢で合意された表現をベースにトランプ大統領、メルケル首相、マクロン大統領と会合閉幕直前まで精力的に調整にあたったという。しかし「パリ協定の不可逆性」にこだわる欧州首脳とトランプ大統領の溝は埋まらず、「ブエノスアイレスにおいてパリ協定の不可逆性を確認し、それを実施することを決定した同協定の署名国は……完全な実行へのコミットメントを再確認する」というパラグラフと「米国は米国の労働者および納税者を不利にするとの理由で、パリ協定から脱退するとの決定を再確認する」というパラグラフに分かれることとなった。

■ 理想主義対現実主義

パリ協定をめぐる19対1の構図はエネルギー温暖化問題をめぐる対立軸の一部にすぎない。大臣会合では「再エネ、省エネがエネルギー転換の王道」として化石燃料のクリーン利用、CCS(CO2回収・貯留)、化石燃料由来の水素に消極的な欧州の理想主義と「各国の実情に応じて化石燃料のクリーン利用、原子力、再エネ、CCS、水素等、あらゆるエネルギー転換・技術オプションを追求すべきだ」とする米国、ロシア、南アフリカ、トルコ、サウジアラビア等の現実主義の対立が目立った。日本はパリ協定については米国と立場を異にしつつも、エネルギー転換に関する考え方については米国との共通点は多い。しかし、米国で政権交代が生ずれば、この構図も変わってくる。

サミット共同声明にもあるように脱炭素化を目指すエネルギー転換の道筋は国情によって異なる。割高なエネルギーコストに直面する日本なればこそ、経済と環境の両立を軸とした現実的な取り組みが必要とされている。

【21世紀政策研究所】

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