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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年7月25日 No.3417 欧州議会選挙後のEU情勢 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(早稲田大学政治経済学術院教授) 福田耕治

福田研究委員

5月23~26日、5年に一度の欧州議会選挙が実施され、全28カ国4億3千万有権者の民意が表明された。1979年以来、回を重ねるたびに低下し続けてきた投票率が反転、今回の選挙では平均で51%に回復し、欧州議会の民主的正統性が高まった。その背景には、ブレグジットや移民・難民、格差問題など、欧州市民のEU諸問題への関心の高まりがあろう。

英国の大ブリテン島を除く多くの加盟国では大選挙区制をとり、比例代表制を採用している。しかし欧州議会の選挙制度は統一化されておらず、各国の国政選挙制度が援用され、選挙区定数、投票方式、選挙公式に違いがある。選挙権は16歳以上のオーストリア以外は18歳以上、被選挙権も国により異なるが21~25歳以上の欧州市民に付与されている。今回の議員定数は、751議席であった。英国が離脱すれば、27議席が一定の割合で各国に割り振られ、総議席数は705議席となる。

■ 欧州議会選挙結果の概要

投票結果は、欧州人民党(EPP・中道右派)が182議席(24%)、社会民主進歩同盟(S&D・中道左派)が154議席(21%)となり、親EU勢力として欧州統合を牽引してきた2大政党の総議席数が過半数を割ったが、マクロン大統領の与党共和国前進などが属するリベラル派リニュー・ヨーロッパが108議席(14%)に、また緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)も74議席(9.9%)へと議席を伸ばし、親EU勢力全体としては513議席(69%)を占めた。

一方、各国の極右政党が所属するアイデンティティー・デモクラシー(ID) が73議席(9.7%)、欧州保守改革グループ(ECR)が62議席(8.2%)に再編され、欧州統一左派・北欧緑左派(GUE/NGL)が41議席(5.4%)など、欧州懐疑派政党が総議席数の23.3%を獲得した。英国ではファラージ氏率いるブレグジット党が29議席(31.69%)を獲得し第1党になり、フランスの国民連合(RN)、イタリアの同盟、ポーランドの「法と正義」などの欧州懐疑派政党がそれぞれ各国第1党となった。

■ 選挙結果によるEU首脳人事~欧州委員長の選出と今後

リスボン条約(EU運営条約第17条7項)では、欧州理事会が欧州議会の選挙結果を考慮し、欧州議会と協議の後、EU首脳人事を行うことになっている。2014年欧州議会選挙では、その結果を踏まえて各会派の筆頭候補者(Spitzenkandidaten)のなかから欧州委員会委員長を選出する「筆頭候補制」が導入された。メルケル首相はこの筆頭候補制を支持していたが、マクロン大統領は欧州議会議員しか選ばれないこの選定方法に当初から批判的であった。

選挙結果を受けて7月2日、特別欧州理事会は欧州委員会ユンケル委員長の後任として、ドイツのキリスト教民主同盟(CSU)のリベラル派のウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相を指名し、欧州議会へ提案した。欧州議会第2党の社会民主進歩同盟は、民主的意思決定の観点から筆頭候補制を適用すべきだとし、密室選考に不満を表明した。第4党となった緑の党・欧州自由同盟も同様の批判を行い、委員長人事は最後まで難航した。欧州議会の親EU派政党間でも意見が一致せず、第2党と第4党の議員の4分の1が反対票を投じた。結局、欧州懐疑派議員の協力も得て、マクロン大統領が強く支持したフォン・デア・ライエン氏が16日、欧州議会で僅差(9票差)であったが過半数の賛成を得て女性初の委員長選出にこぎ着けた。

親EU派・リベラル勢力の第3党リニュー・ヨーロッパは、欧州理事会が常任議長候補にシャルル・ミシェル現ベルギー首相を提案したことに賛意を表明した。欧州理事会トゥスク常任議長は、今回の選挙で第4党に躍進した緑の党・欧州自由同盟がEU運営に参画することの重要性を訴え、欧州産業界もこれに理解を示した。欧州議会新議長には、失業、移民、気候変動問題を重視するマリア・サソーリ議員(イタリア)が圧倒的多数票を得て選出された。また欧州中央銀行(ECB)総裁は、クリスティーヌ・ラガルド現IMF専務理事(フランス)、外交安全保障上級代表は、ボレル・フォンテジェス現外相(スペイン)が選出された。

結論として、次の3点を指摘できる。第1に、欧州議会内で親EU派政党が、総議席数の3分の2を占めたことから、欧州統合の方向性に大きな変化はないと考えられる。第2に、欧州懐疑派政党が予想されたほどには議席が伸びず、EU情勢への影響力は限定的である。とはいえ離脱予定の英国は別にしても、フランス、イタリア、ポーランドなど大国で極右政党が第1党となった事実は重く、EU理事会など政府間ルートを通じて欧州懐疑派が今後巻き返しを図る可能性も否定できない。第3に、欧州議会内多数派の親EU派政党の複数連立によって調整に時間を要し、欧州委員会の委員長承認で浮かび上がったように、親EU派政党間で今後調整が困難になる場合も考えられる。

ブレグジット以降、欧州においてEUの存在感は増したが、欧州議会選挙後のEU情勢には多くの不安定要素もあり、そのかじ取りは難しく、EU改革の課題も少なくないといえよう。

【21世紀政策研究所】

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