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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年9月5日 No.3421 EUの今後と国際秩序~G7の振り返りとWTO改革への影響 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(関西国際大学国際コミュニケーション学部教授・慶應義塾大学名誉教授) 渡邊頼純

渡邊研究委員

■ G7ビアリッツ・サミットの成果

フランス南西部のビーチリゾート、ビアリッツで開催されていた先進7か国首脳会議(G7サミット)は8月26日、たった1ページの宣言文書を発表して閉幕した。直前にマクロン仏大統領がG7恒例の首脳による「共同宣言」は見送るとしていただけに、1ページの宣言文書でも出ただけまし、ということかもしれない。

この宣言文書は、①貿易②イラン③ウクライナ④リビア⑤香港――の5項目から成り立っており、貿易以外は具体的な国・地域への言及である点がこれまでのG7サミットの宣言と異なっている。フランスが力点を置いていたはずの環境やアフリカの開発の問題なども宣言文書では取り上げられていない。

貿易についても「保護主義に対抗」といった従来必ず踏襲されていたキャッチフレーズが今回の宣言文書からは落ちている。保護主義への言及はトランプ政権になってからも昨年のG7サミットの共同宣言までは入っており、米中貿易摩擦の常態化がG7全体に重くのしかかったことを示唆している。

通常G7サミットの首脳宣言は「シェルパ」と呼ばれる各国の高級官僚が首脳の個人代表として文案を作成する。ところが今回はいったんその最終プロセスを停止したうえで、首脳会議開始後に急遽、議長国フランスのマクロン大統領が各国首脳の意見をまとめるというかたちになった。そのためか宣言文書にはある種の詰めの甘さが散見される。

■ 「公正」な貿易

貿易の項目では「G7は世界に開かれた公正な貿易、および世界経済の安定を強く望んでいる」とあるが、「公正」な貿易という主張はトランプ政権が米国の貿易相手国に常々要求していることで、これは米国の考え方を忖度したものといえる。6月末に大阪で開催されたG20の首脳宣言では「自由で、公正、無差別、透明性があり、予見可能かつ安定的な貿易を実現」となっており、「公正」以外の自由貿易の諸要素が書き込まれていた。G20のそれと比べるとG7の貿易についての文言は極めて弱体化している。

さらに今回の宣言文書には「WTO(世界貿易機関)に根本的な変化を施す」ことで、「知的財産の保護をより効果的に実施し、紛争を迅速に解決し、不正な商業活動を根絶したい」としている。ここで言われている「根本的な変化」とはいったい何を意味するのか。また、「不正な商業活動」とはいったいどのような商行為を指すのか、一切説明されていない。

■ WTO改革の重要性

これまでのWTOでの議論を踏まえると、「根本的な変化」のひとつとして考えられることに「途上国ステータス」の見直しがある。WTOの前身であるGATT(関税貿易一般協定)の時代から、発展途上国には「特別にして区別された待遇」(Special and Differential Treatment=S&D)が認められており、先進国より緩やかなルールが適用されたり、長い過渡期間が設定されたりしている。しかも途上国かどうかの認定はその国の判断に委ねられていることから、恣意的な判断になりがちでそれが永続する傾向がある。

このような慣行のため、中国のように世界で第2位の経済大国になった加盟国でも途上国としてS&D待遇を享受している。農業交渉においては韓国も自らは途上国と位置づけているし、シンガポールや香港も途上国扱いになっている。米国はこのような状態を問題視している。これに対し、中国、インド、南アフリカなどは強く反論しており、他の途上国をも巻き込んで反対のための多数派工作を行っている。他方、台湾はWTOの場で「将来のいかなる交渉においてもS&D待遇を求めない」と宣言、中国の動きに対抗している。また、ブラジルも今年3月の米国との首脳会談後の共同声明において「将来の交渉においてS&Dを求めない」としている。

今回のG7サミット宣言文書では「迅速な紛争解決」にも言及されている。WTOの貿易紛争解決はパネル(小委員会)と上級委員会(控訴審に相当)の二審制になっているが、後者は本来7名の上級委員(判事に相当)がいるはずであるが、現在は3名になっており、そのうち2名は今年の12月で任期が切れる。これは米国が上級委員会のあり方に反発してコンセンサス・ベースで行われる上級委員の選任をブロックしているからである。いまのままでは上級委員会は事実上機能停止に陥り、WTOの紛争解決メカニズム自体が危機に瀕する。ひいてはWTO体制そのものにとっても大きな欠陥となる。ライトハイザー米国通商代表(USTR)は、上級委員選出プロセスをブロックしているのはWTO改革のためのレバレッジであると発言しており、WTO改革は米国がWTOにとどまるための必要条件と考えられている。

■ 2020年のG7サミットは米国で開催

来年のG7首脳会議は米国が主催国である。大統領選のさなか、どこまでトランプ政権が本腰を入れてこれに取り組むか未知数である。そもそも今回のサミットについても自ら出席の必要があるのかとためらった人である。G7そのものの存在意義が問われるサミットになることだけは間違いない。日本としてはEUやBrexit後の英国、TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)関係国との協調を強化しつつ、トランプの米国を孤立させないよう外交上の努力をする必要がある。

【21世紀政策研究所】

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