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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年5月28日 No.3454 新型肺炎(コロナウイルス)問題とアメリカ政治<3> コロナ禍と米国の医療保険・病気休業制度 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(杏林大学講師)松井孝太

松井研究委員

甚大な被害状況をもたらしている米国のコロナ禍は、同国の公的なセーフティーネットの脆弱性をあらためて露呈させている。本稿では特に、医療保険制度や病気休業制度との関連についてみてみたい。

まず医療保険に関しては、民主党大統領候補者指名争いで再び主要争点となったように、国民皆保険制度の欠如が米国の顕著な特徴である。高齢者や低所得者など限られた部分のみ公的な医療保障が提供され、現役世代に関しては基本的に民間医療保険が中心的役割を果たしている。米国民の約6割が雇用を通して提供される民間医療保険に加入しており、失業は所得喪失のみならず医療へのアクセスにも影響を与え得る。2019年末現在、約2900万人が無保険状態であった。

さらに、医療サービスの価格や自己負担額も医療機関や加入保険によって異なる。高額の自己負担への懸念による検査や受診の抑制は、新型コロナの感染拡大を加速するおそれがあるため、3月18日に成立した「家族第一コロナウイルス対策法」(FFCRA)では、一定の検査に関して自己負担なしとする措置が講じられた。しかし、高度な検査や治療、入院、合併症対応の費用に関してまでFFCRAがカバーしているわけではない。いくつかの州(マサチューセッツやミシガンなど)や一部の保険提供者は新型コロナ治療費の患者負担を免除する対応を行っているが、何ら対応が講じられていない州も少なくない。

病気休業制度に関しても、米国は病気休業中の労働者の所得保障制度が存在しない、先進国としては極めて例外的な国である(日本の場合は健康保険から傷病手当金が給付される)。病気休業制度に関する連邦法としては、1993年家族・医療休業法(FMLA)が存在する。しかしFMLAによって労働者に保障されているのは、あくまで無給の休業である。大企業を中心に企業独自で有給病気休暇制度を設けている場合や、州レベルで制度が導入されている場合(2020年現在は12州およびDC)もあるが、労働統計局によれば、19年現在、民間労働者の27%が所得保障を伴う病気休業へのアクセスを有していない。

3月成立のFFCRAでは、有給病気休業に関する措置も盛り込まれた。対象となるのは、新型コロナに感染ないし隔離対象となったり、家族の世話が必要となった労働者である。ただし、共和党が超党派による成立の条件として適用範囲の制限を要求したため、下院民主党の原案に比べて極めて限定的な内容となっている。従業員数500人以上の企業は適用除外であり、従業員数50人未満の企業も休業付与が企業存続を脅かす可能性が認められれば適用除外が受けられる。またFFCRAの病気休業制度は新型コロナに対象が限定され、来年1月に失効する時限的措置とされた。

医療保険と有給病気休業に共通しているのは、職業や所得階層が、それらの制度へのアクセスおよび制度の質と密接に結びついている点である。有給病気休業に関しては、賃金所得で上位4分の1に属する労働者の92%が利用可能であるのに対して、下位4分の1では51%にとどまる。休業が利用可能な場合も、具体的な内容は企業ごとにさまざまである。黒人など人種的マイノリティーに感染被害が偏る背景についてはさまざまな要因が指摘されているが、所得格差を背景とした私的福祉の充実度の違いも有力視されている要因のひとつである。

1929年の世界恐慌とそれに続くニューディール諸政策は、連邦政府の役割を急拡大させ、全国的な老齢年金制度の導入など今日の米国の社会保障制度の基盤を築いた。同様にコロナ禍も、連邦政府がセーフティーネットの提供において果たすべき役割を再認識させる契機となっており、米国の社会保障制度に今後何かしら恒久的な変化をもたらす可能性はある。とはいえ、大きな政府に対する怒りがティーパーティー運動を引き起こしたように、コロナ禍後に巨大な揺り戻しが生じる可能性も、否定はできないであろう。

【21世紀政策研究所】

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