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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年5月 短期集中連載 ドイツのコロナウィルス対応とEU(ドイツからの報告) -21世紀政策研究所 解説シリーズ/緊急レポート
 一橋大学大学院法学研究科教授 中西優美子

中西教授

1.ドイツにおける現状

筆者は、現在、ノルドライン=ヴェストファーレン(NRW)州のミュンスターに住んでいる。同州の州都はデュッセルドルフである。デュッセルドルフ日本国領事館より迅速かつ正確なNRW州におけるコロナ対策情報がメールで随時送られてくる。ドイツは、16の州から構成される連邦国家である。特に警察及び文化・教育の分野は州に権限が付与されており、それぞれの州が自ら決定することができる。そのため、今回のコロナ対応も連邦レベルで調整するように協力がなされているが、州により違いはある。

ドイツでは4月16日から自宅待機措置が敷かれていた。ただ、ルクセンブルクとは異なり、建築・工事作業は引き続き行われていた。また、ドイツの自宅待機措置がフランスと違うのは、生活必需品の買物や散歩は自由にできたことである(フランスでは、外出するために外出理由書を持参しなければならないとされた)。自宅待機措置は5週間続き、その後、徐々に緩和措置がとられている。現在、店舗(規模を問わず)、スポーツジム等の営業も可能になっている。もっとも8月末までは大きなイベントは禁止となっている。ミュンヘンで行われるオクトーバーフェストも今年は開催されないことが決定された。また、公共交通機関の利用と買物の際にはマスクの着用が義務づけられることになった。

2.ドイツにおけるコロナ対応決定の2つの基礎

ドイツの対応で注目されることが2つある。1つは、ロバート・コッホ研究所(RKI)の存在である。ロバート・コッホは、感染病の研究に大きな貢献をした医師である。彼の名前を冠した同研究所はドイツ連邦厚生省の管轄下にある生物医学のための政府の研究機関である。メルケル首相が自宅待機措置を発表するときに、この研究所に言及し、ドイツにはすばらしい研究所があり、その判断に基づいて、措置をとると述べていた。2つめは、措置を緩和するにあたっては、どのように緩和していけばいいかについて、専門家による報告書を踏まえながら決定している点である。コロナ対処措置に対する国民の満足・信頼度は高く、メルケル首相及び与党であるキリスト教民主同盟等の支持率が伸びている。

3.健康・生命の保護と基本的人権

ドイツ連邦憲法裁判所にコロナ関係で憲法異議が提訴された。その中からいくつか紹介したい。1つは、コロナ措置により友人に会うこと、両親を訪問すること等が禁止されていることが、憲法が保障する基本的人権に違反すると主張された。同裁判所は、個人の自由より身体や生命に対する危険からの保護の方がより重要であり、また、当該措置の期間が限定されているとして、訴えを認めなかった。また、教会における礼拝への参加禁止が問題とされた事件もある。憲法裁判所は、復活祭などキリスト教徒にとって非常に重要な時期であることを認識し、当該措置が信教の自由に対する重大な介入に当たるとしつつも、身体及び生命に対する保護が信教の自由に対し優先されるとした。同裁判所は、上述したロバート・コッホ研究所のリスク評価に依拠しつつ、礼拝開催の際の危険性を考慮した。このようにコロナ対応は、健康・生命の問題と自由権及び信教の自由などの基本的人権が対立する。

4.経済救済措置

また、コロナ対応は、健康・生命の問題と経済のそれに密接にかかわる。ドイツは、自宅待機措置を断行するに当たって、同時に2つの柱となる経済救済措置をとった。1つは、フリーランサー、自営業者、小規模事業者企業及び農業事業者に対するコロナ緊急援助措置(Corona-Soforthilfen)である。インターネットで申請すれば、5人以下の事業者に対しては、最大で9000ユーロ、10人以下の事業者に対しては最大で15000ユーロが支給される(申請があまりにも容易で詐欺事件も発生した)。もう1つは、それを支えるものでもある、経済的防盾(Milliardenschutzschild)である。これは、緊急予算措置の枠は総額3533億ユーロ、保証枠は総額8197億ユーロという、かつてない規模の経済救済措置である。また、新規国債の1560億ユーロが承認された。まず、税制上の措置として、コロナの影響を受けた自営業者及び企業は、2020年にでると予想される損失を勘定にいれることにより、既に支払われた税及び2019年度分の税に対して、税の還付を受けることができる。所得税、法人税及び売上税の支払い猶予を2020年末まで受けることができる。税務署は税執行措置を行わず、滞納追徴金を徴収しない。また、ドイツ復興金融公庫(KfW)が銀行の貸付リスクを引き受けることで、企業が銀行から即座に融資を受けることができるようにした。さらに、経済安定基金が創設された。

このような措置がとられているが、コロナ対応措置がさらに長期化すれば、多くの企業が倒産の可能性があるとしている。また、行政裁判所関係でも、コロナ対応措置に対し各地で訴訟が提起されている。たとえば、4月20日に、800平方メール以下の店の営業が許可された。この基準を満たさず、営業を再開できていない、カールホーフというデパートはこの措置に対して行政裁判所に異議申し立てを行った(現在は、営業可能である)。

5.ドイツの対応とEU

EU政策の根幹を占めているのが域内市場である。1992年に市場統合を掛け声にして達成された域内市場は、物品、人、サービス及び資本の自由移動が確保される、国境のない領域を意味する。今回のコロナ危機を受け、ドイツを含め複数のEU構成国が国境コントロールを再導入したために、人の自由移動が大幅に制限され、また、物品の自由移動も滞っている。EUは、域内市場分野においては共有権限を有し、EUが採択した措置は構成国の法に優位する。欧州委員会は、コロナ危機を受け、構成国が国境コントロールを再導入することを認容している。もっとも、EUは域内市場の機能維持の重要性を強調し、国境コントロールの際には、国境を越えて働きに行く、越境労働者に対して便宜をはかり、不可欠な物品やサービスの流通のために優先ゾーンをつくるように構成国に求めている。EUは、原則的にコロナ対応のような公衆衛生や健康保護の分野では、単に構成国の権限を尊重しつつ、支援、調整または補足的な措置をとる権限という、構成国の措置の調整をする権限しか付与されていない。換言すれば、構成国がこの分野で措置をとる権限を維持している。健康保護を含む公序や国内安全は構成国に留保された事項である。コロナ危機でEUの影響力がなくなったわけではなく、コロナ対応は構成国の権限事項であるためにそれぞれの国家による措置が目立っているだけである。EUができることとして、5月4日に欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、日本も参加した、コロナウィルスの治療薬及びワクチン等の開発を促進することを目的とする国際会議を主催し、そこで総額74億ユーロの資金が集められた。今回のコロナ対応は、上述したように健康保護及び生命と基本的人権、また、前者と経済という2つの重要なものに大きく関係する。ドイツは、健康保護及び生命を優先させることを決定し、実行に移した。欧州首脳理事会はテレビ会議で行われているが、4月23日に「リカバリー・ファンド(復興基金)」を創設することが合意された。ドイツのニュースでは、このファンドをめぐって、コロナ危機当初からアルトマイヤー経済大臣が、常にEUにおける連帯が必要であると述べ、国民に理解を求めつつ、ドイツの財政状況に鑑みて、他のEU構成国と交渉し、妥協できる点を探ってきた。ドイツ基本法(憲法)の前文に定められた、ヨーロッパのためのドイツである点にはコロナ対応でも常に留意がなされている。また、ドイツは7月よりEUの議長国になる。メルケル首相はすでにそれに向けて気候変動及び財政に対する取り組みを含め、欧州統合に深化をもたらす意欲と意思を発信している。英国がEUを離脱した今、EUにおけるドイツの役割がより重要なものであることを自覚していることが発言から読み取れる。

もっとも、5月5日にドイツ連邦憲法裁判所は、欧州中央銀行(ECB)のユーロ危機打破のための流通市場における公共部門の資産購入プログラム(PSPP)がEUの権限を逸脱するものであるとの判決を下した。ユーロの安定とドイツの民主主義に基づく財政監視という2つの対立事項が存在する。ショルツ財務大臣は、本判決はコロナ危機に対する連帯の象徴としてのEUの財政的援助措置には影響を与えないとするが、同判決がEU法の優位原則を揺るがし、また、ポーランドなど他のEU構成国にEU法不遵守の口実を与えるものとならないことを願う。

【21世紀政策研究所】

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