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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年3月31日 No.3539 新型コロナとウクライナ危機に揺れるV4諸国の自動車産業とEU支援 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(アジア・パシフィック・イニシアティブ客員研究員兼CPTPPプロジェクト・スタッフディレクター) 鈴木均

2019年2月に発効した日EU経済連携協定(EPA)の恩恵により、同年の欧州連合(EU)の日本向け輸出額は前年同期比で6.6%増加し、日本のEU向け輸出額も6.3%増加した。EUの域内平均を上回る成長率を達成するヴィシェグラード4カ国(V4=チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア)、なかでもポーランドとハンガリーは、日系自動車メーカーの工場に加え、ドイツ、フランス、イタリア勢をはじめとする部品サプライヤーも軒を連ねる自動車産業の拠点である。人材獲得競争が起きているポーランドでは、コロナ禍以前の19年時点ですでに200万人近いウクライナ人の出稼ぎ労働者が働いていたといわれている。

EUのなかでは成長著しいV4諸国だが、ポーランドとハンガリーはEUとの関係で問題を抱えている。シリア難民の流入などを受け、右派政権はEU加盟国が共有する価値の一つ、法の支配に背を向けている。ポーランドは憲法裁判所の権限を制限するとともに、政府に批判的な裁判所判事を政治的に罷免し、同国憲法がEU法に優越するとの判決を出した。ハンガリーは海外NGOに対して差別的情報開示を要求しており、移民・難民に対する処遇の悪化が懸念される。

ポーランドとハンガリーは日系自動車産業にとってEU単一市場への輸出拠点であり、両国の「挑戦」は輸出環境の悪化につながりかねない。新型コロナウイルスの流行を受け、EUは加盟国を支援する復興基金を立ち上げたが、欧州司法裁判所は22年2月にポーランドとハンガリーの異議申し立てを退け、法の支配に反する両国へのEU支援の停止措置を合法とする判決を下した。

対照的に、ドイツ系メーカーが拠点を抱えるチェコの企業城下町ウルフラビでは、工場に再生可能エネルギーを大規模に導入し、CO2排出を10分の1以下に削減した。さらにEU支援によって水質改善にも取り組み、リゾート地のステータスを取り戻している。プロジェクト総額の半額以上がEUの構造基金で賄われており、支援内容は地域格差是正のためのインフラ整備と環境保護、都市再生の合わせ技となっている。ここに新型コロナ復興支援が上乗せされる。このようなEU支援からポーランドとハンガリーが外される影響は大きい。

EUによる次世代バッテリー開発支援も注目を要する。航空機大手エアバスにちなみ、エアバス・バッテリー構想と通称される欧州バッテリー同盟(EBA)は、R&D支援に加え、原料の調達も含むサプライチェーン構築支援をも包括する。目的は、技術開発、資源調達、生産における域外依存度の低下と自給である。35年以降の化石燃料車の実質販売禁止を打ち出したEUは、電動車(EV)へのシフトを急いでいる。日本でも現在主流のリチウムイオン電池に代わる全固体電池の開発が進められているが、中国と韓国はハンガリーにおける電池生産への投資を積極化している。ハンガリーは冷戦期からコメコン(経済相互援助会議)のもとでバス製造に特化しており、中国からの投資を受け、中国メーカーのハンガリー製EVバスがEU市場に流通することになる。

こうしたEU支援は、ウクライナ危機によりどのように変化するのか。ロシア産天然ガス供給のリスク顕在化を受け、欧州委員会は3月8日、「(ロシア大統領)プーチンの仕掛けた戦争が、クリーンエネルギーへの転換を加速させる緊急性を際立たせた」とツイートした。エネルギー輸入先の多様化と再生可能エネルギーを拡大する決定の正しさが証明されたとの主張である。両国では短期的には、シリア難民と異なり、いわばキリスト教徒の同胞であるウクライナ人をかくまうため、当面は外国人に対する嫌悪感は噴出しない可能性がある。しかし事態が長期化して負担が増すと、不満の受け皿として右派政権の支持率が微増することも考えられる。受け入れに伴うコストを支援するため、両国の法の支配への「挑戦」が続いているにもかかわらず、EUはむしろ支援を積み増さざるを得ない状況も想定される。それは価値の共有のうえに成り立つEUにとり、今以上に深刻なジレンマとなろう。

【21世紀政策研究所】

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