Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年6月2日 No.3546  ウクライナ危機が中国の「一帯一路」構想に与える影響 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(法政大学准教授) 熊倉潤

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、旧ソ連・ユーラシア世界に巨大な変化が起ころうとしている。中国の掲げる「一帯一路」構想も、この変化から無縁ではいられない。特に、中国と欧州を結ぶ国際定期貨物列車「中欧班列」は、大部分がロシアを通過することもあり、影響が及ぶことは避けられないだろう。

■ 中欧班列への影響

中欧班列は、現在ウクライナを目的地、経由地とする便が運行を停止しているものの、それ以外はロシアを経由して中国と欧州を結ぶ便も含め、運行が継続されている。しかしロシアのウクライナ軍事侵攻以降、欧州の主だった貨物輸送大手企業が、次々に中欧班列の業務を停止した。運行が続いていても、利用が控えられれば、中欧班列の貨物量は著しく減少するとの見方がある(JETROビジネス短信「ロシアとウクライナの衝突、国際貨物列車の中欧班列にも影響」2022年4月18日)。

もちろんすべての地域において、全面的にネガティブな影響が出ているとまではいえない。細かくみれば、瀋陽など一部地域を発着地とする中欧班列が前年同期に比べ増加したとされる。また中国と一帯一路沿線諸国の今年1~4月の輸出入は、前年同期比15.4%増の3兆9700億元に上ったという情報もある(新華社、5月9日)。中欧班列への影響の全体像を見極めるには、なお時間を要するとみられる。

■ 中国の経済的影響力の拡大

他方、ロシアが長期にわたって国際的孤立と経済制裁にあえぐことになれば、中国の一帯一路構想が、旧ソ連・ユーラシア世界において、一層発展する可能性が考えられる。まずロシアは、今後ますます中国との経済的結び付きを強めようとするだろう。ロシアの中国重視の姿勢は、ウクライナ侵攻以降、ますます顕著になりつつある。4月27日には、中国東北部、黒竜江省同江市とロシア極東のニジュネレニンスコエ市を結ぶ、中露間で初となる鉄道橋の完成式がロシア側で開かれ、トルトネフ副首相が出席している。ロシア、とりわけ極東の経済は、これまでも中国への依存を深めてきたが、今後もしばらくその傾向が続くことは確実と考えられる。

ロシアだけではなく、ウクライナも中国と経済関係を強める可能性がある。中国とウクライナとの関係は、従来概して良好であった。ロシアのウクライナ軍事侵攻に対し、中国はロシア寄りの姿勢をとっているとはいえ、ウクライナに対し敵対的ではない。それどころか、中国は早くも3月からウクライナに対し人道支援を表明するなど、友好的な態度を示してもいる。こうした経緯からみると、将来、ウクライナの戦後復興の過程で、中国の経済的影響力が、一帯一路構想を通じて同地に拡大する可能性は否定できない。

さらにロシア、ウクライナ以外の旧ソ連・ユーラシア世界、とりわけ中国と国境を接する中央アジア諸国において、中国の一帯一路構想が今後一層、求心力を得ることが考えられる。今回の軍事侵攻によりロシアが経済的に疲弊すれば、ロシアの中央アジア諸国に対する影響力が低下し、中国の進出が加速する可能性が指摘できよう。とりわけ中国と国境を接するキルギス、タジキスタンへの進出は、純粋に経済的なものに限られないかもしれない。ロシアが難色を示していたとされるマナス空軍基地(キルギス)の使用など、安全保障面での進出につながることも考えられる。中国のポテンシャルと今後見込まれるロシアの国力の後退を踏まえれば、旧ソ連・ユーラシア世界において、よりドラスティックな変化が起こることも想定しなければならないだろう。

【21世紀政策研究所】

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