Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年7月14日 No.3552  ロシア―ウクライナ戦争と黒海における民間船舶の航行 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(防衛大学校准教授) 石井由梨佳

ロシア―ウクライナ戦争では、ロシアが黒海における民間船舶の航行を妨げる措置を取っている。具体的には、ウクライナの港を閉鎖して船舶の出入国を禁止し、黒海北西部へのアクセスを制限し、アゾフ海につながるケルチ海峡の通行を止めている。ウクライナは穀物の主要輸出国であるところ、小麦などが足止めされているために中東やアフリカの貧困層が飢餓に瀕している。また、両当事国の双方が、黒海沿岸部に機雷を敷設していることも船舶の航行を脅かしている。2022年3月27日にはエストニア籍船舶が係留から外れた機雷に当たり、沈没した。

もっとも、ロシアもウクライナも武力紛争当事国であるので、海域において一定の航行制限措置を取ることができる。例えば、封鎖や機雷敷設は、それ自体は適法である。これらを規律する海上武力紛争法は、当事国の軍事的必要性、人道的要請、海洋利用の自由、中立通商の利益との均衡を図りながら発展してきた経緯がある。これらの措置の法的評価を行わずして、双方当事国が協力できる方向性を見いだすことはできないと思われる。

一例を検討したい。2月25日、ロシアは黒海北西部指定海域の航行を禁止する海域を宣言したが、この措置は適法だろうか。

まず、この措置は海上武力紛争法における「封鎖」に該当するか。封鎖とは、紛争当事国が敵国あるいは占領地の沿岸部への海域の交通を遮断することである。許可を得ずに封鎖線を突破する船舶は捕獲の対象になり、船舶と積貨は審検(捕獲の効力を確定すること)を経て没収の対象になる。もっとも、封鎖が有効に認められるためには、封鎖海域を実効的に支配することに加え、宣言と通知を行うことが必要である。ロシアがそのような支配を確立したか、評価は分かれている。

仮に封鎖を確立できていなくても、ロシアが「排除水域」を設定することは妨げられない。排除水域とは、民間船舶や航空機に航行を避けるように勧告し、中立船舶を軍事目標と誤認して攻撃する可能性を減らすために当事国が一方的に設定するものである。そこでは、船舶の攻撃や捕獲に関する規則が、排除水域の内外にかかわらず妥当することになる。また、交戦国は「海上行動区域」を設定し、海軍部隊のすぐ近くにいる中立の船舶および航空機の活動を制限し、軍事的必要性があれば、その区域への進入を禁止することができる。

このように、当事国は軍事的必要性に応じて一定の範囲で中立国の海洋利用を制限することができる。ただし今回の戦争では、複数の中立商船が、敵国への支援といった攻撃を正当化する行為をしていないのにもかかわらず、ロシアのミサイルに被弾している。またそれらの攻撃は警告なしに行われたと報じられている。これは、軍事目標とそれ以外を区別して攻撃しなくてはならないとする区別原則や、攻撃する際の注意義務に違反する。

黒海が利用できなくなっている状況を打破するために、22年3月11日、国際海事機関(IMO)は紛争当事国に対し、黒海とアゾフ海の高リスク地域から中立船舶とその乗組員を安全に避難させるための「海上回廊」の設置を提案した。ロシアはこの提案に同意し、ウクライナの主要な港からの商船が安全に航行できるよう、3月27日に人道的回廊を設置するとIMOに通告した。しかし、その後も中立船舶の被害は生じていることから、その実施は十分になされていないようである。ウクライナ側も、回廊を設けるために沿岸部の機雷を除去すると、ロシアの港湾都市への攻撃を許しかねないことから協力に慎重になっている面がある。国連やIMOなどの国際機関の関与を通じてこれらの当事国の要請を調整し、中立民間船舶の安全な航行を確保することが望まれる。

【21世紀政策研究所】

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