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月刊 経団連  巻頭言 木を植える

奥 正之 (おく まさゆき) 経団連副会長/三井住友フィナンシャルグループ会長

今年6月、社会保障・税の一体改革関連法案が与野党の修正協議を経て、衆議院で可決された。年金制度をはじめとする社会保障制度の抜本改革など積み残された課題は多く、本稿執筆時点では参議院での審議結果も不明ながら、持続可能な社会保障の確立と財政健全化という、わが国の重要課題の克服に向けた、大きな一歩と評価できる。

財政健全化や循環型社会の構築などの諸課題には、一つの共通点がある。それは、現在を生きるわれわれ「現在世代」がこれらの課題解決に向けた対応を先送りすればするほど、今の若者を含む「将来世代」にそのツケを回すことになる、という点である。人間誰しも子や孫に負の遺産を残したくはない。その意味で、「現在世代は将来世代に対してこれらの課題解決に取り組む責任を負っている」ということに異論を唱える人はいないと思う。

しかし、ひとたびわが国が直面する個々の課題にいかに対処するか、という各論に入ると、意見がなかなかまとまらず、結果的に改革が先送りされてきたことは否めない。その背景には、現状認識や将来予測が人によって異なるという事情もあるのだろうが、厳しい経済情勢が続くなか、当面の痛みをできるだけ小さくしようと、自らが掲げる将来ビジョンに安易に目をつぶることはなかったか。

欧米では今、若者の失業者が急増し、世代間対立が大きな社会問題となっている。わが国がその轍を踏まないようにするには、若者の政治参加を促すとともに、いま一度わが国の将来ビジョンを明確にしたうえで、決断と実行による日本の再生を着実に進めていく必要がある。

古代ローマの政治家であり哲学者のキケロは、ある詩人の「次の世代に役立つように木を植える」という言葉を紹介したうえで、「同じ理由から、偉大な政治家は法や制度や政策を植えるのではないだろうか」と述べている。われわれに残された時間は間違いなく限られている。役に立つ「木」を一本、そしてまた一本という具合に、切れ目なく丁寧に「植える」という具体的行動を起こすときである。

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