Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年8月31日 No.3328  ロシアゲート疑惑で揺れるアメリカ政治<下>「弾劾」の可能性 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究副主幹(上智大学教授) 前嶋和弘

アメリカ政治を大きく揺るがしているロシアゲート疑惑とは一体何なのか、何が問題となっているのか。そして、疑惑解明を含め、今後のアメリカ政治はどう展開していくのか――。

前号に掲載した「疑惑とは何か」に迫った<上>に続き、今号では、大統領の弾劾までの流れを確認したうえで、疑惑解明についての今後を展望する。

■ 弾劾までの流れ

弾劾に至るまでにはいくつかの段階がある。まず、疑惑解明が議会とモラー特別検察官の2つのルートで行われる。そして、その結果を判断して、下院(435人)の過半数が同意すると弾劾訴追となる。

訴追された後の弾劾裁判は上院が担当し、上院(100人)の3分の2が弾劾を支持した場合、大統領は罷免される。上院での審理では、通常アメリカの政治ではなかなか見られないようなオールスターキャストのドラマが展開される。裁判長は最高裁長官であり、上院議員は陪審員、下院調査担当者が検事役、ホワイトハウス法律顧問が弁護士役となる。

現実問題として、上院(100人)の3分の2という数字はかなり難しい。実際にアメリカの歴史のなかで、弾劾裁判にかけられたのは1868年のアンドリュー・ジョンソン大統領(南部再建問題での議会との対立)と1998年のクリントン大統領(不倫偽証をめぐる司法妨害)の2人だけであり、いずれも有罪は成立せず、罷免されなかった。1970年代のウォーターゲート事件に関与したニクソン大統領の場合、下院司法委員会が下院に弾劾を勧告した段階で辞任している。

弾劾については、国家的な危機であるため、そもそもハードルは高くなっているのがこの少ない例を見ても明らかである。今回のロシアゲート疑惑についても、トランプ大統領が罷免される確率は大きくない。しかし、今後の疑惑解明次第で「ない」とは断言できない。

■ 2つの疑惑解明ルート

疑惑解明ルートの2つのうち、議会ルートの方は、上下両院の関係する複数の委員会での公聴会を通じて行われていく。6月のコミー前FBI長官の召喚は、今回の疑惑がロシアをめぐる諜報や情報セキュリティー問題であるため、上院情報特別委員会が担当した。今後、法に触れる可能性が高くなれば、司法委員会も公聴会を開く。さらに、ニクソン大統領のウォーターゲート事件の時のように、場合によっては調査のための特別委員会も設置されて連日の追及となる可能性もある。

それらの委員会と連携をとって疑惑解明を進めるのがモラー特別検察官である。特別検察官とは、今回の捜査のために文字どおり特別に設けられた役職であり、その分だけ、必要な時間や予算が十分に与えられる。モラー特別検察官による捜査において、大きなポイントとなるのが、2017年8月上旬に設置が明らかになった大陪審の存在である。

大陪審はアメリカに特徴的な司法制度であり、一般市民から選ばれた陪審員で構成される。必要に応じて資料提出などを求める召喚状を発送できるほか、ロシアゲート疑惑に関係した人物に証言を要請できる。

疑惑を起訴すべきかを決める大陪審にトランプ大統領が召喚され、そこで偽証すれば一発で罪に問われかねない。過去には、大陪審の前でクリントン大統領が不倫問題の偽証を行ったことが決め手となり、議会による弾劾訴追となった。

つまり、大陪審が招集されたことで、モラー特別検察官の権限が強まり、捜査の本格度が高まったといえる。今後の動き次第では「まさか」と思われるような事態に至る可能性も出てくるかもしれない。

■ カギを握るトランプ支持層

もし、大陪審での偽証などが明らかになり、ロシアゲート疑惑のなかの1つ、もしくはいくつかが「クロ」と見える段階となった場合、上述のように次は下院に判断が任される。下院のなかでも特に多数派を占める共和党議員にとっては、大きな決断をしなければならない。

これまで下院の共和党議員にとっては、ロシアゲート疑惑で弾劾に動くような動きはほとんどない。それには非常にわかりやすい理由がある。トランプ大統領がそれぞれの議員の支持層である保守派から極めて高い支援を集めているためだ。

就任して200日(8月7日)前後の各種世論調査では、トランプ大統領の支持率は全体では4割を切ってしまうほど非常に低いが、共和党支持者内のトランプ大統領への支持はなんと7割を超えており、その数字は就任直後からほとんど落ちていない。政治的分極化(2つのアメリカ化)を象徴するように、リベラル派からは嫌われ、保守層からは極めて高い人気を集めているのがトランプ政権である。来年11月には下院は全員改選となる中間選挙がある。自分の支持層に人気が高いトランプ大統領を裏切って弾劾に走れば、自分の議席が危うくなる。

支持層が強固なため、共和党の下院議員のトランプ離れもこれまではまったく表面化していない。しかし、8月上旬に起こった白人至上主義者のデモをめぐるトランプ大統領の対応のまずさから、もしかしたら少しずつ支持層が離れていく可能性もある。支持者の動きを感じて、共和党下院議員の離反も増えていったら、一気に弾劾の動きも加速していく可能性がある。

現在、下院での共和党と民主党の議席数の差は40以上ある。もし民主党側が全員弾劾訴追に賛成したと仮定すれば、20強の共和党議員が弾劾の成否を決めることになるだろう。どんな流れになるのかはまだわからないが、まずは奇妙なまでに頑丈なトランプ大統領の支持が崩れていくかどうかに注目したい。

【21世紀政策研究所】

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