1.コロナ危機で一変した経済情勢
新型コロナウィルスの感染の拡大で世界経済の様相は一変したが、とりわけ欧州の変化は速く、影響は大きかった。
EUの欧州委員会は5月6日公表の「春季経済見通し」で2020年の実質GDPをEU全体で前年比マイナス7.4%、ユーロ圏で同マイナス7.7%と予測した。わずか3カ月前にまとめた「冬季経済見通し」の予測は同1.2%、同1.4%だった。2月までの緩やかな回復持続の予測は、短期間で前例のない幅の下方修正を迫られた。
さいわい、足もとでは、欧州における感染拡大の「第一波」はピークアウトしつつあり、多くの国が、経済活動に急ブレーキを掛けた外出規制の緩和に動き出している。この先は、経済活動の持ち直しが確認できる統計も出てくるだろう。
しかし、各国ともに、感染の「第二波」のリスクを睨みながら、段階的、条件付きで緩和を進めており、規制の再強化で景気回復が早期に途切れるリスクがある。
コロナ危機では、感染拡大抑制のための危機対応の局面から、経済の復興に取り組む段階まで、大胆であると同時に慎重な政策の舵取りが必要になる。ユーロ圏の場合、政策の舵取りを誤れば、財政や産業の基盤が脆弱な国が、景気の悪化と金融システムの不安定化、財政の信認低下の悪循環に陥り、ユーロやEUの存続を脅かすリスクがある。
2.「第一波」の衝撃と財政措置のギャップ
財政・金融政策面では、これまでのところ、異例の規模と速度で、コロナ危機に対応している。
これまでの財政措置は、医療体制の拡充と共に、制限解除後の経済活動の再開を見据え、所得と雇用への影響を緩和し、資金繰りによる破綻を阻止することに重点が置かれている。
財政措置で特筆すべきはドイツの動きだ。コロナ以前、景気減速下でも均衡財政の方針を堅持してきたが、コロナ危機への対応は大胆で素早かった(第2回「ドイツのコロナウィルス対応とEU(ドイツからの報告)」参照)。
気掛かりな点は、ユーロ参加国の間で、財政措置の規模とコロナ危機の深刻さにギャップが見られることだ。「第一波」の衝撃を、人口に占める死亡者数や、感染拡大抑制のための活動制限の期間や強度(注1)で測るならば、ドイツはEU主要国の中で影響が最も小さい。イタリア、スペイン、フランスなど「第一波」の衝撃はドイツよりも遙かに大きかったが、これらの国々の財政措置の規模はドイツに及ばない。
財政措置の性格にも違いがある。各国政府の対応は、財政への影響の違いから、大きく3つに分けることができる。(1)企業や家計への補助金、免税措置など速やかな効果が期待できると同時に財政赤字と政府債務残高の拡大に直結する措置、(2)税・社会保険料の支払い猶予など、企業や家計の手元流動性の改善に資するものの、財政赤字と政府債務残高への影響は一時的に留まる措置、(3)出資や、融資枠設定、政府保証の提供など流動性支援で、財政赤字拡大に直結しないが、対象企業の破綻などの場合には財政負担が発生する措置だ。
4月16日までの財政措置に関するブリュッセルのシンクタンク「ブリューゲル」の集計では、(1)~(3)の合計ではドイツの財政措置は2019年のGDP比51.9%に達し、イタリア(同43.9%)、フランス(同25.8%)、スペイン(同11.7%)を上回る。イタリアの財政措置は、危機の大きさに見合うものに見えるが、大部分を(3)の流動性支援が占めており、(1)の財政措置は同0.9%とドイツの同10.1%はもちろんのこと、フランスの同2.4%、スペインの同1.1%を下回る(注2)。
3.信用力の格差という制約
EU加盟国、特にユーロ導入国の財政政策は、平時には、財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以下に抑えるなどの財政ルールに縛られる。
しかし、コロナ危機での対応では、3月23日に加盟国の財務相が、必要な財政措置を妨げないよう、一時適用を停止することで合意している。企業支援に関わる国家補助のルールも柔軟化された。
ルールの制約はなくなっても、信用力の格差は財政政策の余地を縛る。本稿執筆時点で、ドイツの10年国債利回りはマイナス0.55%で、コロナ対策で1560億ユーロ(GDP比4.5%相当)の赤字国債の発行を決めた後も、深いマイナス圏にある。ドイツの国債に対する利回り格差(スプレッド)は、圏内の信用力格差を見ると、フランス国債が50bp(ベーシスポイント、1%の1/100)、スペイン国債が129bp、イタリア国債が236bp。いずれも、コロナ危機前の5年間の平均の26bp、110bp、170bpよりも広がっている。特にイタリア国債のスプレッドの拡大が目立つ。
4.コロナ危機でも前線に立つECB
コロナ危機でも、世界金融危機、ギリシャ発の債務危機と同じく、欧州中央銀行(ECB)は大きな役割を果たしている。
イタリア国債の対独スプレッドは、一時、300bp超えを伺うような動きとなっていたが、ECBが3月18日の緊急会合で、既存のプログラムよりも柔軟に国債等を買い入れるパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の創設を決めたことで落ち着いた。PEPPは、20年末までに総額7500億ユーロの買い入れを行う。5月8日時点での買入れ残高はすでに1529億ユーロに達している。
PEPPの新設の他、既存の資産買入れプログラム(APP)も、20年末までの買い入れ額を1200億ユーロ積み増し、買入れ対象資産を拡大して、企業の資金繰りを支えている。
金融機関を通じた資金供給体制も強化している。適用金利の引き下げ、適格担保要件の緩和などを実施、資金供給残高は、欧州における新型コロナの本格的な感染拡大前の2月末時点の6172億ユーロから3500億ユーロ近く増えている。
企業の資金繰りを幅広く支援する信用緩和と、大規模な財政措置を支える財政ファイナンスは、コロナ危機に立ち向かう中央銀行の金融政策の新常態となりつつある。資産買入れと資金供給の拡大で、ECBの資産規模は2月末の4.7兆ユーロから5.5兆ユーロに拡大した。増加分の7500億ユーロは19年のユーロ圏のGDPの6.3%に相当する。同じ期間に、米連邦準備理事会(FRB)の資産規模は、4.2兆ドルから6.7兆ドルへと1.6倍に膨らんでいる。FRBの場合、基軸通貨ドルの最後の貸し手として行った4428億ドルのドル供給が押し上げ効果が働いていることもあるのだが、企業の資金繰り支援と財政ファイナンスの両面で、ECB以上に大胆に行動している。
ECBは、新型コロナの感染拡大の初期の段階で、ユーロ圏内での政策対応力の格差を埋める重要な役割を果たした。今後も、ECBに期待される役割は大きいが、ECBが前線に立つよりも、ユーロ圏あるいはEUのレベルでの財政協調の大胆な取り組みを支える構図が望ましい。
次回のコラムでは、コロナ危機対応の政策協調の第一歩となった5400億ユーロの政策パッケージの評価とともに、経済復興の段階を見据えた財源確保を巡る議論について紹介したい。
(注1)世界各国の活動制限の厳格化の度合いについてオックスフォード大学の研究者らによってThe Oxford COVID-19 Government Response Tracker (OxCGRT) として指数化が試みられており、時系列の変化も把握できる(https://covidtracker.bsg.ox.ac.uk/)
(注2)Bruegel Datasets "The fiscal response to the economic fallout from the coronavirus"
(https://www.bruegel.org/publications/datasets/covid-national-dataset/)
なおイタリア政府は、5月13日に550億ユーロ規模の追加の財政措置を決めている。
【21世紀政策研究所】