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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年5月8日 ~ 短期集中連載 コロナ危機が試す欧州の連帯(2)求められる協調的な財政政策 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/緊急レポート
 ニッセイ基礎研究所研究理事 伊藤さゆり

伊藤研究理事

1.EUのコロナ危機対応の経済対策

欧州委員会の集計によれば、EUのコロナ危機の経済対策の規模は合計3兆3900億ユーロに達している(注1)。EU27カ国のGDPの24.4%、ユーロ圏のGDPの28.5%相当と十分な規模に見える。

ただ、この金額のおよそ8割は、加盟各国による流動性支援措置と財政措置であり、各国の財政余地の制約を受ける。

加盟国間の政策対応力の格差を埋める効果が期待されるのは残りの2割だ。ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)が、3日間合計で16時間半という記録的な長時間のテレビ会議を経て、4月9日に合意した総額5400億ユーロの政策パッケージが大部分を占める。

2.5400億ユーロの危機対応パッケージ

5400億ユーロ政策パッケージは、国、雇用、企業のそれぞれに対応した3つの安全網から成る。感染拡大抑制のための各種の制限措置が、国や企業の流動性危機、雇用の喪失に発展することを阻止することに狙いがある。

3つのうち、規模が最も大きいのは、国に対する安全網である欧州安定メカニズム(ESM)の2400億ユーロの特別与信枠「パンデミック危機支援」だ。この枠組みは、ESMの拡大信用枠(ECCL)を基礎とするが、新型コロナに関わる医療、治療、予防の直接、間接のコストに使途を限定し、政策監視は条件としない。導入に先立って、欧州委員会が、各国の金融システムの健全性、銀行の支払い能力、政府債務の持続可能性の審査を行い、5月15日のESM理事会の承認を経て、すべてのユーロ加盟国が、22年末までの間、19年のGDPの2%まで、一律の条件で、融資枠を設定し、引き出すことができるようになっている。

雇用への安全網「失業リスク軽減の緊急枠組み(SURE)」は、EUが加盟各国の国民総所得(GNI)に応じた保証を裏付けとして市場で資金調達を行い、支援を希望した国に最大1000億ユーロの長期低利の融資を行う。自然災害やその他の例外的な事態による深刻な困難に直面する場合の財政支援を認める救済禁止条項の例外条項(EU機能条約第122条)に基づいて、コロナ危機対応に限定した時限的な融資の枠組みとして創設される。SUREは、企業が、時短勤務を行った場合の収入の減少の補填や、個人事業主への所得補償制度の拡張や新設を支援する雇用維持のための制度だ。経済的なショックが発生した場合に、時短勤務給付制度で雇用を維持することで、短期間での大量の解雇の発生、長期失業としての定着を防ぎ、回復局面への移行を円滑にする。企業の側から見れば、解雇と採用に伴うコストを節減し、技能等を維持する効果がある。「パンデミック危機支援」同様に、時短給付など雇用維持の目的に活用する使途の制限はあるが、それ以外に条件はない。

企業に対する安全網は、EUの政策金融機関である欧州投資銀行(EIB)グループが加盟国からの出資比率に応じた保証により250億ユーロの「汎欧州保証基金」を新設する。中堅・中小企業向けに流動性支援を行う。金融機関への保証の提供、出資、資産担保証券の買い入れなどを通じた流動性供給の規模は最大2000億ユーロとなる。6月1日までの利用開始を目指し、準備が進められている。

3.安全網は見た目ほど大きくなく、効果も未知数

3つの安全網での合意は「EUの連帯」を示すものとしては評価できるが、実際の利用額は5400億ユーロよりも遙かに小さく、期待通りの効果が上がらない可能性もある。

ESMの「パンデミック危機支援」が2400億ユーロに達するのは、すべてのユーロ参加国がGDPの2%の上限まで融資枠を利用した場合だ。融資は期間10年で、金利はESMの調達金利プラス10bpと常設のESMの予備的融資枠よりも加盟国にとって有利に設定されている。しかし、十分な信用力がある国の場合は、自力調達の方が有利になる。現在、10年国債利回りがマイナス圏にあるドイツ、フランス、オランダが融資枠を利用しない場合、「パンデミック危機支援」の規模は1000億ユーロに縮む。

信用力の低い国には、資金調達コストの削減や資金調達源の多様化というベネフィットの反面、利用に伴うリスクもある。条件は課されないといっても、「スティグマ(汚名問題)」への懸念はあり、債務の増大にもつながる。足もとでは、ECBのパンデミック緊急購入プログラムの買い支えもあり、コロナ危機の打撃が大きいイタリアやスペインも、自力での資金繰りの困難が目前に迫っている状況にはない。しかし、今後、市場が過剰債務国の財政の持続可能性や、ECBの意思と能力を疑い始めれば、GDPの2%の与信枠では不十分といった事態も起こり得る。

SUREも、加盟国からの要請に基づく融資の枠組みであるため、スティグマや債務の増大と切り離せず、効果が各国の政策実行力や制度の効率性に依存する問題がある。ドイツには、時短勤務給付制度によって、リーマン・ショック後の景気後退期に失業を抑えた成功体験があり、同制度はコロナ危機でも有効に機能している。時短勤務給付制度は、ドイツの他、フランスや、イタリア、ベルギーなどで確立されており、類似の目的の制度を備える加盟国は多い。しかし、対象範囲や所得補償のレベルや手続き面などのばらつきは大きく、ギリシャやキプロスのように該当する制度が存在しない国もある。コロナ危機の打撃の大きい国が、雇用維持のために、SUREを十分な規模、速度で活用できるのか不透明だ。

「汎欧州保証基金」を通じた企業向けの流動性支援の2000億ユーロという規模は、ドイツが国内企業向けに用意した流動性支援の4分の1以下。政策対応力の格差を埋める安全網としては力不足と言わざるを得ない。

4.焦点は復興基金に

今後の焦点は、これから本格的な議論が始まる「復興基金」とEU予算の21年~27年の多年次財政枠組みに移る。本稿執筆時点で、欧州委員会は、復興支援のためのEUの財源をGNIの1.2%から2%に拡張し、総額2兆ユーロの資金を確保する方針と伝えられる。「復興基金」は、加盟各国の保証によりEUが資本市場で資金を調達して創設する。5月15日には、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領が5000億ユーロ規模で合意したことを明らかにし、独仏主導での議論の決着への意欲を示した。全体の規模とともに、制度設計、資金の配分、とりわけ3つの安全網では満たされていない各国の政策余地の格差の是正や債務増大を抑制する効果が、どの程度組み込まれる形に着地するのか注目したい。

EUは、コロナ危機で急ブレーキが掛かった経済の再起動のために大規模な公的資金を投じるにあたり、グリーン化、デジタル化というEUの優先課題の実現に結びつけることを目指す。果たしてEUは、コロナ危機を機会に変えて、持続可能な成長への転換に弾みをつけることができるのだろうか。今後の動向を見守りたい。

(注1)European Commission, "Jobs and economy during the coronavirus pandemic"
(https://ec.europa.eu/info/live-work-travel-eu/health/coronavirus-response/jobs-and-economy-during-coronavirus-pandemic_en)

【21世紀政策研究所】

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