遠隔手術の社会実装に向けて
経団連のイノベーション委員会ヘルステック戦略検討会は10月25日、オンラインで会合を開催し、弘前大学大学院医学研究科消化器外科学講座の袴田健一教授から、遠隔手術の社会実装について説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
遠隔手術とは、手術ロボットを通信回線で接続し、情報処理技術を活用して遠隔操作で手術を行うものである。従来の遠隔から口頭・図示で指導する「遠隔手術指導」に加えて、遠隔医師が術者として手術ロボットを操作し現地医師を支援する「遠隔手術支援」も可能な時代を迎えつつある。高速大容量通信ネットワークや高圧縮・低遅延伝送技術の発達により、通信遅延の問題が解消されたことが大きい。オンライン診療の適切な実施に関する指針が改訂され、遠隔手術の実施に向けた法的整備も進められている。コロナ禍に対応したデジタル化の推進も追い風となっている。各国で新たな遠隔手術対応ロボットの開発が進められている。
遠隔手術は、現在、わが国が抱える医療の地域格差や外科医不足などの社会的課題の解決に資するものとして期待されている。地域住民にとっては、居住医療圏で受けられる医療の選択肢が増えるとともに、長距離移動に伴う肉体的・精神的・経済的負担が軽減される。地方に勤務する外科医にとっては、熟練した医師から手術支援を受けることができ、地域病院に勤務しながら継続して手術指導を受けることができる。このことは若手外科医の地方勤務のモチベーション向上にもなる。指導医にとっても、手術指導に伴う長距離移動の負担が軽減され、働き方改革につながる。地域医療の維持に好循環が生まれ、質の高い外科医療の均てん化、新しい技術の速やかな社会浸透が可能となる。遠隔手術システムの輸出による国際貢献も期待される。
日本外科学会は、関連省庁・企業と連携して遠隔手術推進プロジェクトを立ち上げ、日本医療研究開発機構(AMED)が公募・採択した事業として、遠隔手術の社会実装に向けた実証研究とガイドライン策定作業を進めている。新しい技術である遠隔手術を広く社会に受け入れてもらうためには、単に技術的な課題だけでなく、社会的・経済的合理性も含めて検証していくことが求められる。遠隔手術のメリットを社会に理解してもらうことが必要である。診療報酬については、従来の手術と同等の水準で評価されることを期待する。また、遠隔手術によって発生する通信費用負担をどのように扱うかも重要な点である。
オンラインヘルスケアに不可欠なラストワンマイル
経団連のイノベーション委員会ヘルステック戦略検討会は11月4日、オンラインで会合を開催し、ANAホールディングスの信田光寿ドローンプロジェクトディレクターと、ヤマト運輸の中村弘貴アカウントビジネスマネージャーから、オンラインヘルスケアに不可欠なラストワンマイルについて、それぞれ説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ ANAホールディングス・信田氏
ドローンによる輸送は、将来的には無人配送を可能とし、社会課題となっている物流の労働力不足解消に寄与する。加えて、小口配送を得意とすることによる即時発送や、時速100キロメートル以上の高速配送が可能となるため、新たな物流の価値創出も期待される。まずは、物流課題の多い離島山間地域において、社会インフラとしてのポジションの確立を目指す。医療分野においても、離島の診療所には医薬品の緊急配送ができない、あるいは、離島の住民は医療を受けるために船舶で移動しなければならず負担が大きいといった問題が存在する。離島の住民が居住地にいながらにして、オンライン診療・服薬指導、その後のドローンを活用した医薬品の配送までを一気通貫で享受できる意義は大きい。ドローン配送を社会実装するためには、規制など環境を整備して運航コストを削減し、医薬品に限らず日用品・産業利用など多様な用途に対応した多頻度運航を実現する必要がある。技術的には、多様な条件下での運航に対応できるように機材の種類を広げることや、自動化・無人化のシステム開発を進めることが求められる。また、ドローンの活用が検討されている離島山間地域は、事業の対象となる人口が少ないため、事業化の初期段階においては国や自治体による継続的なサポートも欠かせない。
■ ヤマト運輸・中村氏
全国に張り巡らされた配送ネットワークや倉庫などの経営資源を活用し、医薬品流通のサプライチェーン全体の最適化を目指す。医薬品は、適切な温度管理など「医薬品の適正流通(GDP)」に準拠して輸送しなければならない。資材設計やオペレーションの確立など、医薬品を適切に運ぶためにさまざまな事例を積み上げてきた。新型コロナウイルス感染症のワクチン輸送に関する愛知県豊田市との取り組みでは、超低温冷凍庫の代わりとして活用できるドライアイスを使用しない専用保冷箱を開発し、ワクチンの配送拠点から集団接種会場まで、安全かつ効率的な輸送・保管支援を行っている。マイナス70度以下の超低温管理が必要な遺伝子検査用試薬を混載輸送する実験も開始した。適切な温度管理が必要な医療用医薬品を医療機関から患者宅へ直接輸送することも計画している。
さらに、ドローンを活用した持続的な医薬品輸送ネットワークの構築を検討している。これにより地域医療体制の維持や地域間格差の解消、個別化医療へのさらなる進展に貢献する可能性がある。ドローンの社会実装に向けて、安全性の確保・コストの面など解決しなければならない課題も残されている。まずは、山岳部における輸送など、ドローンの特徴を活かせる地域から開始したい。
【産業技術本部】