経団連自然保護協議会(西澤敬二会長)は9月8日、ネイチャーポジティブ(NP)経営推進のための懇談会をオンラインで開催した。農林中金総合研究所の安藤範親主任研究員が、「生物多様性クレジットにおける国内外の動きと今後の動向」と題して講演した。概要は次のとおり。
■ 自然関連リスクの情報開示とNP
昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)において、2030年ミッションであるNP達成に向けた行動目標の一つに、ビジネスによる情報開示が挙げられている。
企業には、自社ビジネスと自然の関係を整理し、関連するリスクと機会を把握することが求められている。自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に準拠した情報開示はいずれ義務化の可能性がある。
これまでの自然環境保全はCSR活動として、過去の活動内容を報告することが中心だった。しかし今後は、活動の効果や成果の定量化、さらに事業との関連性を示すことが必要になる。
企業はTNFDへの対応を経営課題と位置付け、投資家などを主な対象とした「未来志向」の情報開示に取り組むことが求められている。
■ 生物多様性クレジットの状況
世界経済フォーラムは、生物多様性クレジットを、「生物多様性の純利益をもたらす活動に資金を提供するために使用される経済的手段」と定義している。これは、自然にプラスとなる企業活動を支え、長期的な自然保護と回復への資金提供を可能にする新たな市場と位置付けられる。
現在、生物多様性クレジット制度は国際的に導入の初期段階にある。制度整備は過渡期であり、共通の国際基準はまだなく、地域ごとに多様なアプローチが併存している状況である。
各国・地域でも動きが進んでいる。EUは、25年7月に自然クレジットのロードマップを発表した。そこでは、自然クレジットが生物多様性に対する公的資金を補完し、自然共生活動の追加的な資金源になると説明されている。
EUは、26年から27年までに予算の10%を生物多様性に割り当てるとしているほか、生物多様性への投資には年間650億ユーロが必要と推計しており、官民の資金を融合させることが不可欠としている。
オーストラリアはネイチャー・リペア・マーケット(自然修復市場)制度を開始し、ニュージーランドは自主的な自然クレジット市場の活動拡大に取り組んでいる。
■ 各種制度と測定指標
英国は、「生物多様性オフセット」の考え方に基づき、24年に生物多様性ネットゲイン政策を導入した。これは、開発事業などで失われる生態系を、開発地または他の場所で再生・復元することによって、生態系へのマイナスの影響を相殺する損失補償の仕組みである。
オーストラリアは、生物多様性オフセット制度を早期に導入し、市場規模は年間100億円を超えるまでに成長している。
同国のクレジットには、生態系クレジットと種クレジットの2種類がある。前者は広範囲な土地保全・再生が必要となるためコストがかさみ、クレジット価格も高くなる傾向がある。後者は希少・絶滅危惧種の保全を対象とし、比較的小規模な保全で済むため安価な傾向がある。
■ 課題と将来展望
生物多様性クレジットには課題もある。具体的には、(1)情報の透明性・信頼性の確保(2)国際的に比較可能な開示基準の策定(3)開示の正確性を担保する規制(4)制度設計における地域社会や先住民参加の欠如――などが挙げられる。
現在は制度導入の初期段階にある。今後、制度整備と信頼の確保が進めば、将来の市場規模はカーボンクレジットに次ぐ環境金融市場へ成長する可能性があり、発展が期待される分野である。