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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2025年12月11日 No.3709 ゲノムデータ 個人識別性と利活用の課題 -イノベーション委員会ヘルステック戦略検討会

石川氏

政府は医療等情報の利活用を推進する観点から、2027年の通常国会に新法を提出することを視野に、制度の検討を進めている。

医療情報のなかでもゲノムデータは、個人を特定し得る極めて慎重に扱う必要がある情報であり、個人情報保護法に基づく厳格な取り扱いが求められる。一方、個々の患者に最適な医療を提供し、新薬・治療法の開発を加速させる基盤情報としての価値は高く、国内外で利活用の重要性が指摘されている。

そこで経団連は11月12日、東京・大手町の経団連会館でイノベーション委員会ヘルステック戦略検討会を開催し、東京大学大学院医学系研究科の石川俊平教授から、ゲノムデータの持つ個人識別性と利活用に向けた課題について説明を聴くとともに意見交換を行った。説明の概要は次のとおり。

■ ゲノムデータの個人識別性とその該当範囲

ゲノムデータは、人が生まれながらに持つ身体的特徴を規定する設計図といえるが、その種類により性質が異なる。

体細胞変異は、がん等により後天的に生じる遺伝子の変化であり、遺伝性を持たない。このため、同一個人由来のサンプルであることが判別できても、そのデータのみから特定の個人に結び付く可能性は低い。体細胞変異はがんの進展や治療によっても変化し得るため、個人識別にもつながりにくい。

こうした性質から、厚生労働科学研究費補助金による研究班の報告書でも「体細胞変異は個人識別符号とは考えられない」と整理されてきた。

一方、生殖細胞系列の配列の個人差(バリアント)は遺伝性を持つが、そのうち遺伝性疾患に通常みられる単一遺伝子のバリアントは、現行の解釈では「個人識別符号には該当しない」と解釈できる。

しかし、現行の個人情報保護法制では、体細胞変異や単一遺伝子疾患のバリアントの扱いが明確でなく、データベース化や共有に支障が生じている。今後、両者の性質の違いを踏まえ、法制度やガイドラインでの位置付けの明確化が求められる。

■ ゲノムデータの匿名・仮名加工の難しさ

全ゲノムデータは、一部をマスク(隠蔽)すると研究・医療に必要な情報が欠落するため、匿名化が極めて難しい。将来的に個人識別や疾患リスクの判断に関わる新たな領域が特定される可能性もあるため、どこをマスクすべきかを現時点で確定することも困難だ。

このため、EUの一般データ保護規則(GDPR)でも、ゲノムデータの匿名化に関する具体的な手続きの指針は示されていない。

これを踏まえると、全ゲノムデータについては一定の個人識別性が残ることを前提に、データの匿名加工ではなく、「安全な利用環境(アクセス制御・監視体制等)」の整備により機密性を確保するアプローチが現実的だ。

■ ゲノムデータを取り扱う特別法の必要性

ゲノム情報は「人類全体の共有財産」との観点から、公衆衛生全体の向上に資する形で活用されるべきとの考え方が国際的に議論され、ユネスコの宣言に示されている。

わが国でも、ゲノム研究やデータ共有を国際的に促進するとともに、適切なルールのもとで利活用を可能とする仕組みづくりが求められる。医療・創薬イノベーションを促進しつつ、個人の権利・利益保護を両立するため、ゲノムデータの特性に即した特別法を含めた新たな法規制の検討が必要だ。

【産業技術本部】

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