國分氏
中島研究主幹
経団連総合政策研究所(筒井義信会長)の資本主義・民主主義研究プロジェクト(研究主幹=中島隆博東京大学東洋文化研究所所長)は1月19日、東京大学大学院総合文化研究科の國分功一郎教授を招き、セミナー「民主主義を問い直す」をオンラインで開催した。國分氏の説明の概要は次のとおり。
行政は数多くの物事を決定しているが、国民は原則として行政に関わる人を直接選ぶことはできない。国民ができるのは、選挙によって立法権に関わることだけだ。それなのに、なぜ現在の社会は民主主義だといわれているのか。歴史をさかのぼって考えたい。
■ 封建国家の崩壊と主権の誕生
中世欧州は封建社会だった。封建国家の国王は、権力者というより権威であり、その支配に実効性はなかった。国内に存在する多数の独立権力に徴税権や官職、それらの保護などを約束する代わりに、彼らから軍事的奉仕などを受けるという、ある種の対等な双務契約を結んでいた。
その後、宗教改革を経て封建国家は崩れ去り、代わって絶対主義国家が誕生した。
しかし、それまで地方分権型だった社会が、突然に国王による統治を受け入れられるはずがなく、国王を具体的にバックアップする概念として、絶対的で永続的な権力である「主権」が誕生した。国王が主権を持っていると設定することで国王の政治をやりやすくするという試みがされたのだ。
主権とは、対外的な機能である戦争をする権利と、対内的な機能である立法をする権利(立法権)から成る。封建社会は契約と慣習法で決まっていたため、この時初めて、立法することで支配するという発想が生まれた。すなわち主権とは、ルールを作り、かつそれを押し付けることのできる権力のことだ。
■ 立法権としての主権
多くの国では、主権者は国王から国民へと移り変わっていった。日本でも、戦後、主権者は天皇から国民へと変わった。政治体制も変わり、民主主義の理論や哲学もできていった。
しかし、この間に主権という概念そのものは一度も疑われていない。問題となっていたのは、主権者は誰かということだけだった。ここに、国民が行政に関われない社会であるにもかかわらず民主主義だといわれていることの理由がある。われわれは主権者で、主権というのは立法権のことだからだ。立法権にさえ関われば、主権者が物事を決めているといえるのだ。
■ 立法権の限界、強大な行政権
近代主権国家の根本には、立法によってルールを決めて国内を統治するという考えがあり、行政はルールに従って執行するだけの存在であるはずだった。
しかし、法律には明確な限界があり、適用対象をあらかじめ予想し尽くすことはできない。そのため、行政は法律を執行するに当たって、法律を解釈しなければならない。その解釈によって、行政はさまざまなことを決めることができる。
とはいえ、そのような決定権限を持っている行政に、主権者である国民が関われないのであれば、それを民主主義と呼ぶのはおかしいのではないか。
そもそも行政というのは、放っておくと法律や議会の監視から逃れて暴走してしまう。よって、行政に民主的な規制をかけるべきだ。具体的には、政府の諮問機関のメンバーを民主的に選ぶことや、パブリックコメントによって国民の意見を証拠として残すことなど、さまざまなルートで国民が自分たちの意見を行政に届けることが必要だ。
なぜなら、民主的でオープンであること、自分たちが決定に関わっていると感じられることが、社会が活力を持つことにつながるからだ。皆がやる気を持って社会を回すうえで、民主主義は大切であり、そのためにどのような制度改革ができるかを考えていくべきだ。
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セミナー後半では、國分氏と中島研究主幹が対談し、地方公共団体の政治などの議論を深めた。参加者からも積極的に質問があった。
