林氏
吉田氏
伊藤特任研究主幹
経団連総合政策研究所(筒井義信会長)の欧州研究プロジェクト(特任研究主幹=伊藤さゆりニッセイ基礎研究所経済研究部専務理事)は7月21日、東京・大手町の経団連会館でシンポジウム「欧州の競争力低下と日本への示唆~試されるブリュッセル効果とデジタル・AI戦略」を開催した。
日本経済新聞社の林英樹編集局ビジネス報道ユニット次長、日立総合計画研究所の吉田健一郎グローバル情報調査室主管研究員を招いた。
林氏、吉田氏による講演の後、伊藤特任研究主幹がモデレーターとなり鼎談した。概要は次のとおり。
■ 変容するブリュッセル効果~日本企業が取るべきLとR(林氏)
EUの厳格な規制が世界の企業行動や各国の制度に波及する、いわゆる「ブリュッセル効果」は転機を迎えている。
EUはこれまで、巨大市場や欧州委員会の専門家集団に支えられた高い規制能力を背景に、一般データ保護規則(GDPR)や化学物質規制(REACH)など国際標準となる制度を生み出してきた。
一方でEU経済の相対的な地位低下やドイツ製造業の競争力低下を受け、従来の「厳格な規制によって競争力を高める」という発想は見直されつつある。
マリオ・ドラギ元欧州中央銀行(ECB)総裁の報告書を踏まえ、欧州委員会は「競争力コンパス」を策定した。環境政策を維持しながらも規制の「簡素化」を進め、域内企業への支援や「メードインEU」を重視する産業政策へと軸足を移している。
その背景には米トランプ政権による規制や関税による圧力や、安全保障を巡る米国依存への問題意識もある。
もっとも、化学物質規制、製品安全、人権・サステナビリティの分野では、ブリュッセル効果はなお健在だ。
企業には、法案の審議過程で修正などを働きかけるロビー活動(L)に加え、制度設計の段階からルール形成に関与するルールメーキング(R)が重要となる。公共利益や大義を示し、幅広い連携を通じてEUの政策形成に関与することが、今後の対応のカギになる。
■ EUとデジタル・AI~EUのデジタル・AI政策の概要と競争力強化に向けた課題(吉田氏)
EUは2021年に「デジタルコンパス2030」を打ち出し、その後「デジタルの10年政策プログラム2030」のもと、デジタルスキル、インフラ、企業のデジタル化、行政サービスの4分野で重要業績評価指標(KPI)を掲げ、デジタル政策を推進してきた。
インフラ整備では一定の成果が見られる一方、半導体、ICT人材、企業によるAI活用では目標達成が難しく、加盟国間の格差も大きい。
第2次フォン・デア・ライエン委員会では、競争力コンパスのもと、コロナ禍、ウクライナ侵攻、第2次トランプ政権の発足、中国との競争激化を背景に、規制や倫理を重視する姿勢を維持しつつも、政策の軸足を競争力強化へ移している。
AI分野では計算基盤やデータの整備、産業へのAI実装を進めている。一方で、欧州はAI投資、資金流入、デジタル赤字などの面で米国に後れを取っており、データセンターの電力不足も競争力を制約する要因となっている。
欧州が競争力を高めるには、米中との差別化を図り、信頼性、ガバナンス、データ連携などに力点を置いた取り組みが求められる。あわせて、製造業、医療、エネルギー、防衛などの産業分野でAI活用を進める「バーティカルAI」の展開が重要だ。
AIの開発にとどまらず、産業全体への普及や中小企業での活用を進めることが競争力向上のカギであり、こうした課題は日本にも共通している。
■ 鼎談
EUのデジタル・AI政策を巡り、ブリュッセル効果の限界、中国の台頭、日本企業への影響について議論された。
林氏はAIについて、技術革新の速さや安全保障との結び付きからブリュッセル効果を発揮しにくい一方、オープンウェイトモデルではEU独自のエコシステムやルール形成の可能性があると指摘した。
メードインEUを重視する産業促進法案(IAA)を巡っては、日本企業が欧州で生産した製品も対象となるよう、官民でEUへの働きかけを強める必要があると述べた。
吉田氏は、米国との計算資源格差は当面続くとの見方を示し、日本や欧州は蓄積してきた産業データの活用などを通じて競争力を高める必要があると指摘した。中国との競争については、開発や供給力拡大のスピードも課題に挙げた。
