農業を成長産業にするには、農業をあらゆる意味で社会に開かれたものにする必要がある。その突破口となるのが情報化の推進である。農業のICT化が農業の成長を促すのは、それによって技術開発が進むからだが、それ以上に重要なのは、「農業が社会に開かれる」ということである。
Industry 4.0(Society 5.0)では、すべてのものがインターネットにつながり、データが共有され、産業の垣根は低くなり、社会の諸産業が融合しあうとされている。農業でもSociety 5.0が実現すれば、もっと他の産業と連携し、社会に開かれた存在になると期待される。
世界にはさまざまな農業があるが、わが国農業が参考にできるのは、EUの一部にみられる「成熟先進国型農業」である。これは、付加価値も生産性も高く、食品産業や資材企業、さらには金融や研究開発機関との連携でつくり上げる成長力の高い農業である。いわば社会に開かれることによって初めて実現できる農業である。
翻ってわが国では、農業者以外の参入を制限する制度が続いており、農業は閉鎖的な状況に置かれている。そうしたなかにあって、近年、開かれた農業を行っているのが、私たちが「フードチェーン農業」と呼んでいる農業だ。販売額1億円以上の「フードチェーン農業」がICTにも関心を示している。
彼らは、流通業者や外食・中食事業者などとの契約によってマーケットインの体制を築いており、「契約相手」からの要望に随時応じるために経営内部の「見える化」を必要としている。そうした事情がICTを積極的に導入しようとする背景にある。
わが国農業のICT化は政策的には「スマート農業」と銘打って進められている。
スマート農業では、防除や肥料散布などの「適期作業」が可能になり、土壌に合った作物を見つけるなどの「適地適産」が図られている。また、圃場データと連動した作業機による「自動作業」も可能になりつつある。圃場間の収量格差やコストの違いも明確になり「経営の改善」にもつながっていく。これらデータを社内で「共有」することによって、ミスの削減や農業教育への応用、さらには流通と連動した出荷時期の確定などへの応用が進んでいる。
だが、生産データを利用し、技術革新や経営内部の改善を中心とするスマート農業は、どうも技術開発の域を出ておらず、社会データを利用するSociety 5.0の描く世界とは異なるようにみえる。これが、Society 5.0の世界へどう推移し、どう農業を社会に開かれたものにするのか見極める必要がある。
その点、フードチェーン農業を実現している経営者のもとでのICT化は、マーケットデータに依拠して「経営システムの改革」を目指そうとするところに目標を置いている。現状では「契約相手」からの情報をベースに、それに対応するための仕組みを考えているが、なかには、ビッグデータとはいかないまでも、消費サイドに存在する比較的多量のデータを取得し、分析し、意思決定や事業計画に役立てようとする経営が出現し始めている。データで、フードチェーン全体の最適化を進め、それに適合的な「経営システム」をつくり上げようとする動きとなっている。
利用するデータも、栽培などの生産にかかわるデータから、マーケットなどの他者データに広がっており、今後は農業以外の他領域のデータへと広がることになるだろう。そうなってくると、社会データから農業を動かすことも可能になり、農業は社会にオープンにならざるを得なくなる。
つまり、ICT化が、農業を社会的に開かれた存在にするという命題は、それが技術開発にとどまっているうちはなかなか実現するものではなく、「経営システムの改善」を目指す動きのなかで初めて進んでいくものであり、農業の情報政策はその点に留意しておくべきだと思う。
【21世紀政策研究所】