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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年8月9日 No.3373 イタリア新政権とEUとの摩擦 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/東京大学大学院総合文化研究科准教授 伊藤武

伊藤准教授

■ イタリア総選挙と反EU国への転換

イタリアでは2018年3月4日に総選挙が実施され、五つ星運動・中道右派・中道左派の三つどもえ状況のために、新政権の成立は遅れた。ようやく6月初頭、五つ星運動と同盟2党を軸としたコンテ政権が成立した。同政権の成立は、世界のメディアで、ヨーロッパ初の本格的ポピュリスト主導政権として、とりわけ難民問題や経済問題を介したEUへの批判的姿勢が危険視されている。

いまや反EU国の代表のように扱われるイタリアであるが、元々ヨーロッパ屈指の親EU国であったことはすっかり忘却の彼方である。EUは好ましいものであると回答したのは、EUを創設するマーストリヒト条約が締結された1991年には79%に上り、EU平均を大きく上回った。フランスやオランダが同条約の批准に苦しんだのに対して、イタリアは速やかに承認を果たしたのも当然といえよう。

これに対して、17年には、わずか36%のみが好ましいと回答し、EU平均を21ポイントも下回った。さらに深刻なのは、加盟国全体としては16年以降ギリシャ危機が落ち着きEUへの信頼が回復基調にあるなか、唯一EUへの批判が増大していることである。EU批判が元々強いギリシャや、EUとの関係が近年ぎくしゃくしているハンガリーやポーランドでさえ回復に転じているのに、イタリアは信頼が低下しているのだ。

■ EU批判の源泉

イタリアにおける特徴的なEU批判の源泉は、どこにあるのだろうか。確かに経済問題は全般的な信頼の低下に影響を与えている。イタリア経済は今世紀に入り屈指の低成長に長年あえいで「失われた10年」を超えている。とりわけギリシャ危機に伴う国債デフォルトの危機と極度の緊縮財政以降は、厳しい経済状況を経験した。ただし、それだけならばギリシャなど南欧諸国も同様であるはずだ。

むしろイタリアに特有なのは、移民、難民流入の集中である。15年11月にEU・トルコ共同行動計画が合意して以降、東南欧を窓口とした難民流入は減少した。しかし、地中海を通じたイタリアへの流入は続いた。イタリアの世論からみると、EUは最初の受け入れ国が難民認定を行うことを定めたダブリン規則の修正やイタリアに集中した難民の再配分、難民収容政策への金銭的支援などの約束をまともに果たしていないようにみえる。それゆえ、近年の急速にEU批判が悪化していることも道理である。強硬な難民政策を掲げるサルヴィーニ内相率いる同盟が総選挙後の世論の支持を集め、現在では世論調査で支持率が3割を超えて、五つ星を追い越す場合も珍しくなくなっている。

■ ヨーロッパへの波及と課題

難民問題を契機としたEU批判の高まりは、イタリアに限った問題ではない。7月に入り、独墺伊の3国で反不法移民の枢軸結成が公然と宣言された事件は、難民問題が政治的競争の道具として利用され、主要政党が伝統的なタブーを破るまで追い込まれていることを象徴しているのだ。7月末にはナイジェリア移民の黒人女性陸上選手への殴打事件がヘイトクライムとして話題になるなど、社会不安にもつながっている。

もしこれ以上事態を悪化させたくないならば、EUは負担共有で合意するだけでなく、実際にコミットする必要がある。もしそれができなければ、イタリアに起きたような反EU論の高まりとEU批判勢力の急伸が他国にも及ばないとは限らないだろう。

【21世紀政策研究所】

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