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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年6月18日 No.3457 コロナウイルスに立ち向かう州知事 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/新型肺炎(コロナウイルス)問題とアメリカ政治<5>
/21世紀政策研究所研究委員(駒澤大学准教授) 梅川葉菜

梅川研究委員

現在、新型コロナウイルスに立ち向かうリーダーとして、日本では都道府県知事が、アメリカでは州知事が注目を集めている。しかしながら、日米では全く異なる政治体制を採用しているので、大統領と州知事の争いを日本の首相と知事の争いのアナロジーで理解することは困難であり、しばしば混乱をもたらす。本稿では、アメリカの連邦制という観点から、州知事率いる州政府が新型コロナウイルス問題について連邦政府の指揮下にはない自由なアクターであることを確認する。

2020年3月28日、トランプ大統領は、急速に広がりつつある新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるべく、ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネティカット州の一部の都市での強制的な移動制限措置を検討していることを明らかにした。ところが、各州が独自に新型コロナウイルスの感染拡大防止のための自宅待機命令を発令しだすと、今度は、経済の停滞を招いているとして不満を示したのちに、4月13日には、自らが、そうした命令を無効にして全米の経済活動を再開させる絶対的な権限を有していると主張した。

新型コロナウイルスの感染拡大とそれへの対策は、全米規模で社会・経済に大きな混乱と打撃を与えているので、一見すると、合衆国大統領であるトランプ氏がリーダーシップを発揮し、下位政府(州政府)を従わせることは自然なようにも思える。実際、日本の文脈で考えると、そのような認識は強まる。周知のとおり、日本の新型コロナウイルス対策は、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいている。同法に基づいて中央政府が緊急事態宣言を発令してようやく、対象地域の知事には、外出自粛や休業要請といった緊急事態措置を講ずる権限が付与される。しかも、知事たちは中央政府の示した基本的対処方針を踏まえる必要がある。これらのことから、中央政府が下位政府(都道府県)を指揮下に置いているといえよう。

しかしながら、上記のいずれのトランプ大統領の主張についても、合衆国憲法に反しているとして、州知事のみならず憲法学者からも非難され、実行に移されることはなかった。なぜだろうか。実は、新型コロナウイルスなどの公衆衛生上の問題に対処するための権限は、州政府固有のものと考えられており、合衆国憲法には、連邦政府の権限として示されていない。「ポリス・パワー」と呼ばれるこの権限は、具体的には、人々の健康、安全、道徳、その他一般の福祉の保護や向上のために各種の立法を制定・執行する権限を指す。

したがって、州知事率いる州政府こそが新型コロナウイルス対策の第一義的な担い手であり、上述したようなトランプ大統領の主張とは相容れない。他方で、有効性の観点から再び疑問が生じ得る。新型コロナウイルスは州境とは無関係に広がるので、各州が単独で対策を講じることには限界があるから、やはり連邦政府が主導的な役割を果たすのではないか。

ところが、州境を越えた対策においても、やはりポリス・パワーを有する州政府が主体となって州間連携を強化している様子がうかがえる。例えば、20年4月、経済の再開計画の立案と実施、情報共有、医療物資の融通などのために、3つの地域協定が結ばれた。これらは東海岸地域7州(コネティカット、デラウェア、マサチューセッツ、ニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルベニア、ロードアイランド)、西部地域5州(カリフォルニア、コロラド、ネバダ、オレゴン、ワシントン)、中西部地域7州(イリノイ、インディアナ、ケンタッキー、ミシガン、ミネソタ、オハイオ、ウィスコンシン)でそれぞれ結ばれた地域協定である。上記19州(民主党州知事16名、共和党州知事3名)だけでアメリカの総人口の半数以上を占めていることから、アメリカにおいてこれらの地域協定がいかに重要かがよくわかる。ちなみに、上述した20年4月13日のトランプ大統領の主張は、直接的には、こうした地域協定の締結に対する反発であった。

以上のように、アメリカでは新型コロナウイルス対策の主体は州政府ないしそれを主導する州知事であり、連邦政府や大統領は後景に退いている。もちろん、新型コロナウイルス対策に関連する連邦政府が果たすと期待されている役割や合衆国憲法上の権限も相当程度はあるものの、州政府と比較すれば補完的な役割にすぎないことには注意が必要である。

【21世紀政策研究所】

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