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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年8月6日 No.3464 パンデミックは脱化石燃料へと向かう引き金になるのか -21世紀政策研究所 解説シリーズ/新型肺炎(コロナウイルス)問題とアメリカ政治<8>
/21世紀政策研究所研究委員(日本エネルギー経済研究所研究主幹) 杉野綾子

4月20日、ニューヨーク商品取引所で取引されるアメリカの指標原油WTIの価格が史上初めてマイナスの値をつけ、世界に衝撃が走った。2019年を通じて概ね60ドル/バレル近傍にあったWTI価格は、20年1月、新型コロナウイルス感染拡大による武漢封鎖が宣言されると下落し始め、3月、アメリカ国内で感染拡大に対応して人々の移動制限がとられ、石油需要および製油所の原油引取が減少し、原油在庫が積み上がると下落ペースが加速した。その後、OPEC等産油国の減産や、中国を含むアジアの一部地域で感染収束が報じられたこともあり、原油価格は回復に向かったが、世界的には感染拡大に歯止めがかからず、したがって世界経済にも明るい展望を持つことは難しく、6月以降、40ドル近傍にとどまっている。

油価急落と石油需要減は、アメリカの石油企業を直撃した。同国内で稼働中の油・ガス田掘削リグの数は3月中旬の790基から急減し、7月24日時点で251基となっている。これに呼応して原油生産量も4月以降は減少に転じた。掘削活動の停滞と生産減少は、特に、相対的に高コストで、生産量維持のために坑井を掘り続ける必要のあるシェールオイルについて顕著である。足元での操業停止に加えて、探鉱開発投資の削減や資産売却、評価損を発表した企業も多いが、こうした防衛策では足らず、20年1~6月に少なくとも41の石油開発企業が連邦破産法の適用を申請した(※)

もっとも、アメリカの石油産業において破産法適用申請は珍しい現象ではない。特に小規模事業者の多いシェール開発事業では、09年のリーマン危機と、14年の世界的石油供給過剰に伴う油価下落の際に多数の企業が倒産した。しかしその多くは日々の操業を続けながら債務整理と資産売却を経て復活し、あるいは、買収されるかたちで生き残り、企業は淘汰されるが需要と価格が回復するにつれ国内原油生産は盛り返す、というパターンをたどってきた。

では、今回もコロナ禍が去れば需要と価格が回復し、石油産業が復活するのか、といえば、そこには大きく3つの不安要因がある。第一は、コロナ以前から存在した、いずれ電気自動車が普及し、アメリカ石油需要の過半を占めるガソリン需要が激減する、という不安である。第二は、コロナ禍による移動制限が長期化し、「人が移動しない」新たな生活様式が定着、電気自動車の普及を待たずして石油需要が減少する、という不安である。そして第三が、秋の大統領選で民主党政権が成立し、化石燃料の生産・消費抑制と自動車の電化および再生可能エネルギー拡大の、いわゆる「グリーン・ニューディール(GND)」が力強く推進される不安である。

ただし、今回のコロナ禍では再生可能エネルギー業界も打撃を受けた。Stay homeに伴い家庭の電力消費は増えたが、より大量に電力を消費するオフィスビル等の活動が停滞したため電力需要が減少した。また、再エネ発電の機材のサプライチェーンが寸断され多くの発電所建設計画が遅延した。仮に民主党政権が誕生しGNDを推進した場合でも、感染収束の暁には人々の自然な欲求として移動の需要が回復し、現状で最も一般的な移動手段であるガソリン車の利用回復が予想される。電気自動車の普及を急ぎ、再エネ発電を拡大するには大規模な政府支援が不可欠だが、コロナ対応で連邦政府・州政府とも財政赤字が拡大している。

4月のサンダース候補撤退以降、バイデン陣営のエネルギー・環境公約は左寄りにシフトしつつある。しかし政策が実効性を持つためには、財政的な裏付けに加えて、コロナ後の経済・社会活動回復のペースとStay homeで押さえつけられた人々の消費欲、および技術的実現可能性を考慮した、現実的な時間軸が求められる。この観点から、候補者討論会などを経て政策案の検討が具体化していく過程を観察していく必要があるだろう。

※ "Chesapeake joins more than 200 other bankrupt U.S.shale producers", World Oil, June 29, 2020,
"North American Oil And Gas Companies Continue To Go Bankrupt At $40 Oil", Oil Price.com., July 9, 2020.

(新型コロナ問題とアメリカ政治についての分析は本号で終了です)

【21世紀政策研究所】

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