
北野氏
経団連は2024年12月に公表した中長期ビジョン「FUTURE DESIGN 2040」(FD2040)において、わが国が目指すべき国家像として「科学技術立国」「貿易・投資立国」の二輪を掲げた。現在は、25年5月に設置した科学技術立国戦略特別委員会(澤田純委員長)で、わが国が目指すべき科学技術立国の姿、そこに至るロードマップを検討している。
9月9日、同委員会の第2回会合を東京・大手町の経団連会館で開催した。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の教授であり、ソニーグループチーフテクノロジーフェローの北野宏明氏を招き、「日本の研究開発体制再構築への戦略的ブループリント~ランドスケープ・デザインからエコシステムの実装まで」と題して、わが国の研究開発体制の再構築のあり方について説明を聴くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。
■ 多様性の重視
日本の科学研究・技術開発の最大の弱点は多様性の欠如である。研究組織、人材、研究資金、研究テーマの全てで多様性が根本的に欠けている。
ノーベル賞受賞者をはじめ世界の優秀な研究者は、学部、大学院、ポスドク、ファカルティ、企業など異なる場所で研究経験を積み、知識や人脈を広げて成果を上げてきた。世界では民間科学財団と研究機関が大きな役割を担っており、国の財源に依拠する日本とは様相が異なる。
企業経営における「選択と集中」を学術機関での基礎研究に適用したことも多様性欠如の一因である。「戦略と創発」のバランスを取ることが不可欠である。
CRISPR-Cas9やiPS細胞など、大きな飛躍を遂げるテクノロジーは、想定外のところから生み出されることが多い。今後も研究テーマとしてマイナーかつ複雑な領域(テイルサイド)が飛躍を生む可能性があり、「AI as a Scientist」を最大限活用すべきである。
■ 科学研究と技術開発
科学研究と技術開発は似て非なるものである。科学研究は研究者個人の好奇心に基づく探索が中心であり予見可能性が低い。他方、技術開発は具体的応用を想定して重要領域に投資し、価値を生み出すことを目的としている。
これをさらに推し進めたのがヒトゲノム計画などのムーンショットである。野心的だが明確な目標に対して資源を集中投下するため予見可能性は高いことが必然であり、本質的にはエンジニアリングプロジェクトである。
日本では、科学研究と技術開発の両者がしばしば混同されており、基礎研究を阻害すると同時に、応用面では研究成果を十分に社会実装に結び付けていくことができていない。
アカデミアとビジネスの間の橋渡しをしていくために、手法の違いを理解したトランスレーショナル・リサーチに特化した組織を民間主導で構築することも有効であろう。
■ 日本の勝ち筋
「戦略と創発」のもと、日本にとって優位性がある領域に戦略的に取り組んでいく必要がある。勝ち筋のある領域としては大きく3領域が挙げられる。海洋、食と健康、ヒューマノイド――である。
日本は海洋国であり、マリンゲノム、海洋科学、気候変動、海底資源、探査技術から造船まで幅広い。フルスタックで取り組めば世界トップになれる数少ない領域である。
ヒューマノイドは、世界をリードする自動車産業のサプライチェーンをオーバーラップできる可能性があり、期待が大きい。
日本の強みである伝統(Tradition)と土着性(Terroir)にテクノロジー(Technology)を加えることで魅力的な物語を紡ぎ上げ、日本ならではの戦略を立てることもできるのではないか。
【産業技術本部】